役目を

「スクナ、好物だ」

「うん、ユティー豚の角煮好きだもんね。お給料が出たら一緒に電気圧力鍋買い行こうね」

「ああ」


 両手でユティーの左手を包みながら一緒に行こうね、と約束する様子はまるで指切りを知らない幼い子どものようだった。

 ほのぼのとした光景に見えるが、やっているのは少年と青年、どっちも細身だが男だ。

 スズカは頬を引きつらせ、見慣れ過ぎて毒されたチナミは紅茶の準備はいったん置いておいて、うんうんと微笑ましそうに腕を組みながら頷いていた。


「と、とりあえず少年はこっちに来なくていいわ。結構よ」

「え?」

「とっとと私とスクナの前から失せるがいい。発情期の雌猫が」

「なんですって!?」


 二人の距離の近さに引いたスズカは、スクナを引く抜こうとするのをやめて半歩後ずさる。そのとき、デスクの上に置かれるように乗せられていた胸がずるりと一緒に下がり、音を立てる。

 それを冷ややかに見ながら、ユティーは唾棄するように吐き捨てた。スクナにぴったりと寄り添ったまま、愉悦を宿す瞳が嫌悪に変わる。


「おや、言い出しておいたくせに。相変わらず途中で投げ出すのかね、スズカ」


 一方チナミはスクナを渡す気などさらさらにないが、愉快な場面を前に人形じみた美貌をにやにやといやらしく歪めながらスズカを煽っていた。上司とその同僚というスクナには叱ることも出来ない上の立場の人たちの小競り合いにおろおろとして、スクナはユティーの服の裾をひいた。

 ユティーがスクナを見る。嫌悪をにじませる金色の瞳は、泣きそうな蜜色と出会った。それに若干金色を揺らすと、ユティーはスクナの頭を優しくなでた。

 まるで慰めるかのようなそれに、スクナの顔が嬉しげに崩れる。庇護欲をそそる独特の笑みを浮かべたスクナに満足そうに目を細めると、ユティーは盆を持ち近づいてきたチナミに目を向ける。


「ほら、君たちの分だ」


 盆には薔薇の意匠がなされた美しいティーカップが3つ置いてあった。芳醇としたオレンジの香りが漂うそれは、毎日変わる紅茶の中でも、スクナが特に好きだと言ったものだった。

 そのうち2つをスクナのデスクに置くと、チナミは踵を返し自分のデスクへと残りの1つを持ったまま帰っていった。そして優雅に席に着くと、ティーカップを傾ける。


「え……?」


 きょとんとスクナがチナミを振り返ると、涼し気に紅茶を飲むチナミの白い喉がこくりとひそやかに鳴ったところだった。

 スクナのデスクの上にはティーカップの中に揺れる紅茶が2つ。そしてここにいるのはスクナ、ユティー、そしてスズカだ。どう考えても1つ足りない。

 「期待しててくれ」と言ったからに1つはスクナの分で間違いはないだろう。もともと謎は飲食を必要としないためチナミがそれらを出す習慣はなかった。だが、スクナがユティーは「家族のようなもの」だと言い、出してくれた紅茶を兼用で飲んでいた時からユティーにも出してくれるようになったため、きっともう1つはユティーのものなのだろう。


 ということはだ。スズカの分は?

 きょとんとチナミを見つめるスクナに、紅茶で喉を潤したチナミが口を開いた。


「スズカ」

「な、何よ」

「始業はもう過ぎている。自分の役目を果たしたまえ」


 つまりはそういうことだった。

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