スカウト

「そう。ならあなたの事、スカウトしようじゃない」

「え?」

「班員本人の意思と、引き継ぎ先の班長の了解があればいつでも班の移動ができるのよ。……そうね、欲しいものを言ってみなさい。私がすべて揃えてあげるわ」


 これでも私、魔法省長の娘なのよ。盛り上がっている胸をさらに大きく張りながら、スズカが艶やかに微笑んで見せる。その眼はまるで獲物を前にした肉食獣のようであったが。

 それをきょとんと幼さ全開で見るスクナと、もので釣ろうとする短絡さに呆れたように目を閉じるチナミ。もうため息は全部吐き尽したらしかった。

 付き合ってられないとばかりにチナミは備え付けの簡易キッチンへと向かい、紅茶を淹れ始める。

 焦った様子なんてさらさらないことから、スクナがスズカの誘惑に乗ることなんて微塵も考えていないようだった。


「えっと……」

「……なに? もしかして私が欲しいのかしら? まだ早いわよ、少・年」

「いえ、それはいらないんですけど。何でも?」

「ちっ……ええ、言ってごらんなさい」


 スクナのデスクにたわわな胸を見せつけるように置き、迫ってきたスズカ。それをあっさり否定して、どうしようかなと思いながらスクナは欲しいものを必死に考える。別に班移動なんて欠片も考えていないが、言ってみるだけでもいいかな思って。


「その。電気圧力鍋が欲しいんです」


 し……ん。班室が一瞬静まり返る。いや、時計の針の動く音だけになる。先ほどまでかちゃかちゃと茶器をいじっていたチナミの動きもいつの間にか止まっていた。

みんなが固まる中、スクナはデスクに迫ったスズカから一歩離れながら、照れ笑った。

 いち早く衝撃から戻ってきたチナミが紅茶を淹れながら振り向きざまに呆れた目を見せながら言った。


「君……」

「だ、だって。セットしておけば帰るだけでとろとろのシチューとか豚の角煮とか出来てるんですよ! 美味しいじゃないですか!」

「それはまあ……いいな」


 こっくりとスクナに背を向けながらチナミが頷く。背後からその様子を見ていたスクナは便乗するように畳みかけた。


「でしょう!? 豚の角煮、ユティー好きなんです!」

「君たちは相変わらずぶれないな」

「褒め言葉だな」


 人知れずスクナの右手首を飾る、ボロボロのミサンガが光る。


 するりと黒い袖に包まれた片腕が背後からスクナの首にまわった。そのまま柔らかく抱きすくめられると同時に、スクナの右肩に軍帽を被った端整な顔が乗る。

 さらさらとした銀髪がわずかに耳に触れてくすぐったかった。底知れない金色の瞳の奥はほのかに愉悦がくすぶっている。目を細め、耳に吐息を吹き込むように、どこかかすれた色っぽい声でユティーの口から放たれた返答。


「ユティー?」

「……っち、何でもない。スクナ」

「そう?」

「何あの子たち、近い」

「彼が欲しいならば見慣れるべきだ、スズカ」


 いつもはもっと「ひゃあ!」とか悲鳴を上げてみたり、大きく反応を示すスクナ。それが平然と自分の名前を呼んだことにユティーは舌打ちした。この驚かせ方ではもう驚かないらしい。

 なかなか好みの反応を示してくれていたのに。

 

 だが気を取り直したかのように腕をほどき、顎をあげるとどこか不機嫌そうに何でもない、と返す。全然なんでもないことはなさそうなのに、それでもスクナがスルーしたのは経験的に面倒くさいことになると分かっていたからだ。

 チナミとスズカの方はというと、スズカがチナミの方に避難していた。私はもう慣れたがね、とチナミが半笑いしでスズカに諭す。その眼は若干虚ろだった。

 スズカはスクナとユティーの方を見る。普通、痩身長躯の青年が少年に絡んでいるのはどこか怪しい雰囲気があると思うが、そんなことよりもユティーの持つ氷柱を思わせる冷たく尖った空気がそんなことを感じさせなかった。

 何よりスズカの目を引いたのがユティーが動くたびに一緒に揺れる右袖。なぜ両腕で抱き着かないのかと思ったが、右腕がなかったのかと納得した。

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