嵐2

「班長、俺を置いていかないでくれ!」


 白いシャツに赤いネクタイ、黒いスラックスのどこにでもいそうな平凡な顔立ちの青年。

 特徴のある顔とは言えないのにどこかで見たことのある顔だな、と思ってまじまじと見ているとスクナは気づいた。昨日の出動で問詩を連発しては外していた青年だ。


 それが、ノックもせずに扉を開けた。本来であれば他の部屋、班室に入るときはきちんと班長に許可を取ってから、ノックや礼などの礼儀を最低限でも整えてからくるべきだ。

 なぜなら同じ魔法省でも、礼儀を考えない行為は全て班長の評価となって帰ってくるのだから。たとえそれがどんなに新人だとしても。

 だから、必要であると判断されれば班に所属となり、初めての講義はマナー教室である者も少なくはない。礼儀云々はユティーに仕込まれており、それを悠々パスしたスクナ。それが、この態度だ。

 班長と聞いて思わずチナミの方を向いたが、そのチナミの苦々しげな顔を見るにチナミの事ではないのだろう。

 何よりスクナは新しい班員が増えるなんて話は欠片も聞いていない。

 つまり班長というのは……


「あら、シュヴィー。班室に居なさいと言ったでしょ」

「だって、俺から謎を奪った奴のところに行くって聞いたから……!」

「何度も言うがね」


 美しい顔が能面に変わる瞬間を見た。酷く冷たく、無機質なまるでガラス玉のように変質した碧色が扉を開けた青年を射抜く。

 なまじ容姿が人形のように整っているだけあって、そのその恐ろしいまでの無機質さは、横から見ているスクナですら圧倒される何かがあった。息が苦しくなるような圧迫感を覚えながら、実際に向けられた青年をスクナは見た。

 気落とされたかのように青年が開け放った扉の向こうで一歩後ずさる。

 チナミの背後でぶわりとアイボリーのカーテンが風をはらんで膨らんだ。チナミの金糸めいた艶やかな髪と、甘ロリータなスカートの裾が大きく揺れる。ちっちっちと卓上時計の音がスクナにはやけに大きく聞こえた気がした。


「いたずらにこの世界のしがらみを大きくした。君を、私は魔法師とは認めんよ」

 

 普段でも低くかすれた壮年の男性の声がさらに低くなって、まるで呪いをかける魔女のように。その声は青年へと絡みついた。

 何度も言うということや、先ほどチナミから漏れた班長会議という言葉から、青年に何かあったのかもしれない。とスクナは改めて青年を見る。と、気落とされていたのにもかかわらずスクナを見ていたらしい青年と目が合い、ぎっと睨まれる。

 「奪った」と青年が言っていることから、あの獣人の少年の件で恨まれているらしいことをスクナは悟った。同時に少しだけ睨み返す。

 後悔はしていないが、こうも露骨に睨まれるのは嫌だった。何より、青年がなぜあそこまで問詩に応えられなかったかは知らないが、見せしめとして働いてくれている受付嬢たちの話を聞いてなかったのかと思って。

 彼女たちは仲間が少しでも増えないようにとそうしてくれているというのに、いたずらにそれを増やすような真似をした青年が嫌だった。

 スクナが睨み返したのが意外だったのか、青年はひるんだようにちょっと詰まったあと、大声で叫んだ。


「お……俺は間違ってない! お前なんて認めないからな!」


 スクナを人差し指でびしりと指した後、青年は扉を開け放ったまま走り去ってしまった。どこかで「廊下を走るな!」と怒鳴る声がした。

 嵐のようだった青年に、ぽかんと口を半開きにして固まるスクナ。チナミは小さくため息を吐くと、スズカの横をすり抜けて扉を閉める。ぱたんと軽い音がむなしく班室に響いた。


「班長の命令も聞けない。今年の新人はだめねぇ」

「君の育て方に問題があったのでは?」

「会って2~3日で育て方も何もないわよ。講義なんて初っ端から寝てるし。シュヴァル・ヒット、本当にだめな子」

「うちは豊作だったよ。礼儀正しい良い子だ。なあ?君」

「いえ……そんな。えっと……」


 目の前で褒められて、首まで赤くしてスクナはうつむいた。あちらこちらと視線を漂わせてはきゅうと小さくなる。可愛らしい反応にチナミが楽しそうに笑う。


 それを見ていたスズカが目を細める。

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