お仕事終了

 光の収まった世界で、やがてスクナは糸が切れたかのようにがくりと膝を落とした。下が芝生だったため痛くはなかったが、気が遠くなるような吐き気にも似た感覚にスクナは腹の底からため息を吐いた。

 隣に立っていたはずのシエルはいつの間にかいなくなっていた。媒介に戻ったらしい。


「お……おい! お前!」

「え……?」


 いきなり大声で呼びかけられてぼんやりと緩慢に振り向くと、先ほどかばった青年が仁王立ちで、座り込むスクナを見下ろし睨んでいた。

 鼻の穴を膨らませながら、顔を赤くしてどこか遠くにその光景を見ているスクナにまくしたてる。


「俺の獲物だったんだぞ。俺だって最後の奴くらいなら解けたんだ! 邪魔しやがって! その紐よこせ!」

「君には無理だったかと思うがね」


 冷え切った、低い壮年のかすれた声が会話に入ってくる。その声に2人が振り向くと、能面のように表情を無へと還したチナミが立っていた。無表情でもその美貌は美しかったが、本物のビスクドールじみた気落されるような美しさだった。

 青年は一瞬圧倒されたかのように息を飲んだが、さらに口を開こうとした瞬間。しゃらりと鳴いた柊の葉のブローチから垂れる4本の鎖に、目は釘付けとなった。


「なっ……」

「君にはこれから魔法省でゆっくり話を行かせてもらうことにしよう。連れて行ってくれ」

「はい、魔法師殿」

「待て、俺は」


 警備隊2人が青年の両側に立ち、腕を掴み、そのまま引きずって連れて行った。最後まで何かをしゃべっていたようだったが、緊張の糸の途切れたスクナにそれはよく聞こえなかった。

 ただ思うのは、よかったということだけ。あの少年が元の世界に帰れたことを喜ぶ気持ちだけだった。それしかなかった。そんなスクナの頭に温かいものが触れる。

 チナミがその繊細な小さな手でふわふわとしたスクナの蜜色の茶髪を撫でた。


「お疲れ」

「班、長」

「疲れただろう?」

「少し休んでから帰ろうか」

「は……い」


 そうしてスクナの意識はぷつりと切れ、闇に飲み込まれていった。

 心地よい春風に起こされてみると、一番最初に見えたのがビスクドールに顔をのぞき込まれている様子で、驚きから悲鳴を上げたのは申し訳なかったと思う。

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