第3問『おてんとうさまを見ると、冷や汗をかいて小さくなって、やがていなくなるのだあれ?』

嵐の前の静けさ

 晴ノ国の首都ヒイラギ、千路せんじとも呼ばれる魔法師たちの中心地。

 魔法省は、大統領の住まう城の下、四方を白い壁で覆われた堅固な結界の中にある。


 遠くで始業の鐘が鳴るのを、スクナは頭の片隅でぼんやりと聞いていた。

なぜなら意識は手元。その本の中に埋没していたからだ。

 さらさらと目は文面を滑らかになぞる。そうして文字の海を泳いでは、スクナの脳裏にその海水を知識として刻み付けていく。

 文字の大海にゆったりと漂う。

 先を急ぐように手がうずく感覚を覚えながら、スクナはたっぷりとした幸福感に目を細めた。

 魔法師たちの一般業務。知識を読み溜めては発想力を養う時間。魔法省のチナミ班、その班室で。

 スクナは本を抜き取った本棚に背を預け、ふかふかとした赤い絨毯の上にぺったりと腰を下ろしていた。


「君、デスクを使いたまえ」

「でも、こっちの方がすぐに本をとれるんです。だめですか? チナミ班長」

「いや、まあ君がいいならばいいのだがね」


 白く細い指がページをめくる。デスクにつき、自身も本をめくりながら呆れたようにチナミは苦笑した。魔法師にとって、知識は何よりもの糧だ。それを得ようとしているのに否やはない。

 ただデスクの方が体にかかる負担が少ないと思っただけだ。それと、格好がつく。それに加えて


「紅茶を淹れるつもりだったのだが……」

「席着きます!」


 スクナは素早く立ち上がると、本棚から数冊の本を取り出した。そして、小走り気味にデスクの前まで来ると椅子をひいて座った。ぎしりと木造りの椅子が鳴いた。

 ちょこんと座り、チナミを仰ぎ見るスクナ。面白いほどにわかりやすい態度にチナミはもう一度苦笑する。

 本を読みながらも紅茶を飲みたいらしい。

 そんなチナミにさすがに態度に出すぎたかと思ったのか、スクナの頬がほんのりと赤く染まる。


「えっと……チナミ班長の淹れてくれる紅茶、毎回味が違くて美味しいので……」

「わかった。期待して待っていてくれたまえ」


 嬉しそうに華やぐ満面の笑みを浮かべ、チナミはぱたんと本を閉じて椅子から立ち上がった。チナミの全身をすっぽりと包むほど大きなそれが鈍く音を立てる。

 赤い絨毯を踏み、備え付けの簡易キッチンに向かおうとしたところで。

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