帰ろう
「スクナ」
「あ……うん!」
周囲と同じように見とれていたスクナに、シエルから鈴を転がすような美しい声がかかる。
その声に、はっと本来の目的を思い出したスクナはシエルの横、遊子まで盛り上がった土に足を取られながらも進み、遊子の金色の瞳と目を合わせた。
『痛い』『苦しい』『帰りたい』
ばらばらな声がすすり泣くように告げる。叫ぶ。それを受け止めるように、一瞬ぎゅっと目を閉じてからスクナは目を開ける。覚悟は決まった。
「信じて、帰ろう。『汝の持ちたる謎を問う』」
陸にあげられた魚のように、びくんと遊子の3mはあろうかという大きな体がはねる。やがて、黒い毛でおおわれた全身がわなわなと震えだし、抑え込もうとして耐えきれなくなったように、迷うように小さな声が、金色の瞳を通してスクナの脳裏に語り掛ける。
『窓が閉まっているのに、ガラスを割らなくても部屋の中に入ってくるものは?』
声変わりのしていない、幼い子どもの声でスクナの脳裏越しに遊子は問うた。幼い声は必死にすがる響きを持って、スクナを呼んでいた。助けてほしいと。それに大きく頷いて、スクナは考えるために目を閉じた。
(うちの班室を思い出して。……そう、窓は開いてた。じゃなくて! 窓から入ってくるものは、風、虫とか?鳥も。でも割らないと中には入れない。考えて。他にもあるだろ!? ……待って、そうだよ。他にもある。部屋は明るかった、なんで? 日差しがあったからだ。日差し? そうか、日差しなら窓を割らなくても!)
悩んでいるスクナを、遊子は見ながらゆっくりと振り上げていた腕を下げる。金色の瞳は歪んでいて、そこには苦痛しか見られはしなかった。それが、謎を解くスクナ見下ろしていた。その大きな巨体を、自らを抱きしめるように腕をまわしながら。
(待った。夜は?蛍光灯は窓を過ぎる。そう、日差しだけじゃない。それ系統なら全部だ。だから、明るいのは)
ぶるぶると黒い体を震わせながら答えを待つ遊子を見る。まるで今にも暴れだしたいのを必死に抑え込んでいるかのようなしぐさに、スクナの胸がぐっとまる。苦しかっただろう、帰りたかっただろう。だから。
「光!」
『正解』
穏やかな子どもの声が聞こえた。それと同時に、今まで震えていた遊子の体からまばゆいばかりの白い光があふれ、弾ける。
視界を真っ白に染め上げるそれに警備隊が、チナミが、青年がみんなが目を焼かれないようにと目を覆う中で、スクナとシエルだけは。1人と1体の目を焼かない光の中、黒いしがらみがゆっくりとほどけるように光に解けては消えていくのをしっかりと見ていた。
しがらみが解けた後、遊子がいたところに立っていたのは小さな男の子だった。
ふわりと伽羅の香が鼻をかすめる。
妖しいまでの金色をその身に宿した少年。さらさらと風に流れる金髪は腰に届くほどに長く光り輝いていて、天使の輪を作る頭のてっぺんには2つの狐耳がかわいらしくぴょこぴょこ動いている。
山吹色の着流しに新緑の羽織、首には金色に光る1本の首紐。臀部からは9本の金色に輝く尾がのぞいている。それぞれをゆらゆらと揺らし方を変えながら揺れていて。
金毛九尾の獣人だった。
まばゆいばかりの光の中で、きらきらと光る小さな太陽と言ってもいいような生き物は、スクナと目が合うと嬉しそうにその金色の目を細め、手を振ってきた。
『ありがとう、お兄さん』
「こっちこそ、信じてくれてありがとう」
その言葉を最後に、少年は光の粒子となって宙に解けて消えていった。スクナの首に金色の首紐を残して。
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