微笑み
「シエル!」
昨日借りうけたばかりの謎を。異国の言葉で「空」を指す、その名前を。
立ち止まって肩を上下に揺らし荒い息を吐くスクナの、両耳を飾っている赤い石のピアスが光る。
スクナの前で光の粒子が集まり、凝縮し、それは一瞬のうちに人の形をとった。
さっと甘い花の香りが鼻をかすめる。
ふわふわとした肩までの亜麻色の髪、金色の瞳、つるりと白くたおやかな肌、薔薇色の唇、それらを内包する小さな顔、胸は控えめだが手足は長く、背は小さい。両耳には赤い石をはめ込んだ小さなピアスがきらりと太陽に反射する。
さらに、その背には半透明の2枚の柔らかい羽。ベールのように繊細に流れるそれは、春の日差しに7色に輝いていて、妖精・シエルの肩甲骨からふくらはぎまでを飾っていた。それは白いレースがちりばめられた空色のエプロンドレスによく映えていた。
「あら……なにかご用? スクナ」
「あの、遊子って止められる!?」
「できるわよ」
「お願い!」
「あら……ふふ。初解の君に怒られてしまうわ」
鈴を転がしたような可憐な声色。
どこかのんびりとした口調で朗らかに笑う。シエルは盛り返された土に足を取られることもなく、草花の上を浮かんでいるかのように歩き、爪を振り上げた遊子と青年の間に入る。
「ひっ!」
「スクナからのお願いだもの。がんばらなくちゃね」
そう言って、爪を振り上げ唸り声をあげながら今にも襲いかかってきそうな遊子を前に。
ふわりと、微笑んでみせた。
ただそれだけで。
その笑みを見たものの動きがとまる。こちらをうかがっていた警備隊、チナミ、横顔が見えたと思われる青年とスクナ。それは真っ正面から浴びた遊子も例外ではなかった。
周りの虫や鳥の声が遠くなり、とらわれたかのように美しい微笑みのことしか考えられなくなる。
純情可憐、絶世独立、羞花閉月、沈魚落雁、光彩奪目。
どんな言葉を並べ立てても足りないほどに。その美しさを表現できないと思わせる笑みで、シエルは遊子の動きを完全に封じて見せた。
それはシエルの能力名『妖姿媚態』にふさわしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます