叫び

「……どういう状況かね」

「は……はい。魔法師だと名乗るものが遊子に対処しているのですが、ご覧の通りで……」

「……問題を解けていないと? あれの付き添いはどうした」

「それが、1人で来まして。あの……現在3問目です」

「なっ……バカ者めが。君、行って来い」

「え!?」

「あの遊子を、助けてこい。あれじゃあ帰れるものも帰れなくなる」


  冷たく険しい目つきで、魔法省のローブも着ていないのにも関わらず魔法師と名乗った青年を睨みつけるチナミ。

 こわばった表情。問詩で提示された謎に苦戦している青年を顎で指しながら、低くうなるような声でスクナに行くように命じた。

普段から低くかすれた壮年の男性のような声だが、この時はさらに低くなっていてまかり間違ってもビスクドールが出すような声ではなかった。

 スクナの脳裏に受付のお姉さんたちの姿が思い浮かぶ。愛する人がいたかもしれないの、帰りたくてたまらなかったはずなのに、帰れなくなってしまった哀れな異世界の元住人達。


 そんなひどいことをされた人たちはせめて仲間が増えないようにと、見せしめのために居てくれているのに。それを踏みにじるようなことだけは出来ない、したくないとスクナは拳をぎゅっと強く握る。鼻から深く息を吸い込んで、口から吐き出す。急に体が熱くなり、胸がドキドキしているのが分かる。今なら、いけそうな気がした。


「行ってきます!」

「ああ、私はこちらで怪我人を回復させておく。……被害は?」

「はい、観光客・ピクニック客は全員逃がしましたが、隊員に負傷者が。軽傷者11名、重傷者5名です」

「では……」


 チナミと隊員が話しているのを最後まで聞かずに、スクナは走り出した。苦痛に暴れる、遊子の元へと。

 両腿に気合を入れて、勢いよく地面を蹴る。手を振り、弾丸のように突進する勢いで駆けていく。時々盛り上がった土に足を取られそうになる。ごうと耳元で風が鳴くが、そんなことよりも遠くで合った遊子の金色の目から流れ込む感情が痛かった。


『苦しい』


 何よりも最初にスクナの脳裏にかすめたのは、まだ声変わりのしていない高い少年と思わしき声だった。

 そこからまたばらばらに高く低くさまざまな声色たちが一斉にしゃべり始める。


『痛い』『苦しい』『なんで』『帰りたいだけなのに』『もう嫌だ』『やめて』『帰してよ』『何もしないで』


 新たに問詩を叫ぶ青年の声と、その出所の不明なさまざな声たちと風の音しか、全てが遠くにしか聞こえない中。その声の持ち主は走りながら周りを見渡しても見つからず、やはりチナミが言った「遊子の声」なのかと1人スクナは納得した。

 スクナの脳裏に直接語り掛けてくるそれは、ただ『帰りたい』『苦しい』と嘆いていて、それをスクナに訴えてくる。地を蹴る足は我知らず強くなっていき、ぐんっ速度が増したような気がした。


(どうにかしなきゃ……!)


 お腹が苦しい。次を吐かない間にまた息を吸うため、息がつらい。それでも足をとめず、スクナは遊子のところまで駆けて来た。

 ようやっとたどり着いたとき、遊子の暴れはさらにひどくなっていて、両足で立ち黒い毛皮に覆われた腕、その先にある鋭い爪を振り上げて青年を切り裂こうとしているところだった。

 完全に腰の抜けている青年はそれに対してただ震えるばかりで、対応策をとろうとも避けようともしなかった。


 さすがにまずいと感じたスクナはとっさに叫ぶ。

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