お昼休み

「……暗いのはこれくらいにして。君、昼はどうするのかね?」


 暗くなってしまった空気を払うかのように明るくチナミが声をかける。

  一瞬前までの様子とはころりと違ったため、目を白黒させたスクナだったが、それが自分を気遣ってくれているのだと気づき、出勤時に持ってきている布で織られた茶色の斜めがけのかばんを笑顔でさす。


「自分、持参してるんで」

「ふむ、弁当屋かね?」

「いえ、手作りです」

「母君のかい?」

「いえ、親がいないので自分です。田舎から出てきたばかりでヒイラギのことよく知りませんし」

「それは……悪いね」

「いえ、ユティーがいますから」


 好き嫌いとか大変なんですよーほのほの笑いながらデスクの横にかけられたかばんから、青い風呂敷に包まれた弁当らしきものを2つ取り出してスクナが言うと、それに碧色の目を見張ったのはチナミだ。

  先ほどまでの申し訳なさそうな雰囲気は一気に霧散して、風がチナミの金糸の髪をさらさらと流す。


「謎は食事をとらなくても平気なはずだが……」

「え?」

「スクナの手作りだ。口に入れないわけがない」

「ユティー!」


 話の流れで名前を呼んだのにもかかわらずスクナの右手首を飾るぼろぼろのミサンガを光らせて現れた。


スパイシーなどこか甘い香りがスクナの鼻をくすぐる。

 意地が悪いのは、座っているスクナの背後に立ち耳元で息を吹き込むように囁いて告げるところだ。ついでと言わんばかりに黒い革手袋に包まれた細い指で耳を弾いていくところも。

 相変わらず距離の近い2人だなと思いながら、チナミは腕を組みホワイトボードに背を預けながら傍観にまわる。


「ユティーはご飯食べなくてもいいの?」

「食べたいな。お前が作ったものならば」

「そう……なんだ? ならいいや」


 自分が作ったものを食べたいと言われて、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら頷くスクナにユティーも満足そうにゆっくりと頷く。

 軍帽の下はさらさらとした銀髪で、襟足の一部が長いというかわった髪形をしている。痩身長躯の端整な顔立ちだったが、その金色の瞳は愉悦と狂気に歪められていた。氷柱を思わせる、冷たい空気を持つ硬く冷え切った男。

 窓からの春風に、中身のない右袖が揺れる。

 右腕を見つめるチナミの視線に気づいたユティーが冷めきった眼で両眉を寄せ、見ることすら不本意だと言わんばかりの態度でチナミを見る。身体を向けることすらしない、徹底なまでの不遜。

 スクナは弁当の包みを開けてセッティングしているところで気付いていないのが幸いだったのかどうなのか。


「なにか」

「いや、別に」

「ふん、小娘が」


 ちっと行儀悪くも舌打ちまでしたことに青くなったのはスクナだ。いつの間にか険悪な雰囲気を出す自分のパートナーが、上司に対して暴言を吐いたのだ。それは青くもなるだろう。あわててユティーの前、チナミとの間にでてあわあわと両手を胸の前で振る。


「もう、ユティーだめ! すみません、チナミ班長。ユティーずっと機嫌が悪くって」

「お前のせいだろう、浮気者め」

「だから、僕の意思じゃないってば」

「いいさ。別に気にしてないからね」


 謝りつつもぎゃいのぎゃいの言い合う部下と謎にため息をつきながら、チナミは自分のデスクにもたれ窓から広がる空を眺めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る