見せしめ

「さあ、最後に私の方からプロセスについて説明させてもらおうか」

「プロセス、ですか?」

「ああ。問詩から遊子が異世界に帰れるかどうかまでのね」


 ホワイトボードの前に戻りながら、チナミは指示棒の反対側。ペンとなっている部分のキャップをぽんっと軽快な音をさせて取り外す。それを持ってスクナに背を向けると、1つのプロセス図をさらさらとホワイトボードに描いていく。

 それをぼんやり見ながら、先ほどのチナミの発言。「帰れるかどうか」というところに引っ掛かりを覚えたスクナが手をあげる。きらりと銀の指示棒が日差しに光った。


「チナミ班長、質問良いですか?」

「何かね」


 ちらりとスクナに視線を投げてから、また背を向け図を描きだしたチナミにスクナは今覚えたばかりの質問をノートに書き写し、チナミに問う。


「遊子が帰れないことってあるんですか?」

「あるとも。魔法省うちの受付嬢などはそうだね。他にも魔法省のいろいろな部署で帰れなくなってしまった遊子を引き取って働いてもらっているよ」


 衝撃の事実にスクナはぽかんと口を開ける。筆記する手は思わず止まっていた。返答がないことに首を傾げながらも、チナミは最後の一文字をきゅっと書き終えて、満足そうに頷きながらホワイトボードを見た。力作なのだろう。

 筆記の音が鳴り止み、時計の針の音しかしなくなった室内に、やけに静かだなとチナミは振り向く。口を開けたまま固まるスクナにその繊細な美貌で苦笑した。


「あ、ありがとうございました」


 はっとしてスクナはあわてて礼を言うと、ノートに答えを書いていった。思い出されるのは今日の朝、受付でにこやかに挨拶をしてくれた金色の瞳を持った赤茶のポニーテールをした女性だ。まさか元遊子だったとは。

 ユティーと同じ瞳だと無邪気にはしゃいでいた自分が恥ずかしい。もしかしたら、彼女たちは愛する家族が異世界にいたかもしれなかったのに。昨日自分が解いた謎のように、必死に帰りたいと言っていたかもしれないのに。

 つま先まで丸めてしょんぼりと肩を落とすスクナに、チナミの苦笑いはとまらなかった。

 窓から入ってきた風がアイボリーのカーテンをはためかせ、チナミのスカートを揺らし、ノートをぺらぺらとめくっていった。今日は風の強い日だ。


「君がそう考えてくれるなら、彼女たちはここで働いていることに意味がある」

「え?」

「彼女たちはね、言葉は悪いが。いわば見せしめなんだよ。謎を解けないとこうなるぞ、というね」

「見せ、しめ」

「彼女たちが望んだことだ。少しでも、同じ立場の者が増えないようにと」


 言葉を切り上げて、さて。とチナミは声をかける。それでもうつむいたままのスクナの前に歩いていくと、スクナの目の前でぱちんと小さな両手をたたいて音を出す。俗にいう猫だましだ。

 だまされた猫よろしく、スクナはびくんと身を震わせてチナミを見上げる。きょとんとした目は幼さを加速させていた。

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