『お願い』
「ユティー!」
「あぁ、そう何度も呼ばずとも聞こえている。私のスクナ」
「びっくりするからやめてよ」
「失敗したかと思ったのか馬鹿め」
「もー」
「お前の声ならすべて聞こえている」
呟いて告げると。ユティーはスクナの首、一筋できた血の線をなぞる。もう固まって完全に血は止まっているそれを、何度も何度も執拗に撫でる。
その筋をなぞるごとに徐々に瞳のなかの狂気が膨れ上がっていくのを見て、スクナはすべての音は遠くなっていく気がした。
「お前」
傷自体は痛くないけれど、革手袋の冷たく硬い感触に。スクナを見下ろす、氷のような嘲笑を浮かべる瞳に。ぞくりとしたものが背筋を走る。それは畏怖ともつかぬ心地よさでスクナの全身を巡った。
「ねだり方は、教えただろう?」
「ん」
低く耳障りの良い声が耳をくすぐる。甘さを含んだ響きのそれ。細い指はついでだと言わんばかりにスクナの耳を柔くひっかいていった。
狂気ともいえる感情に歪む金色の瞳。唯一のパートナーであるユティーのそれに、目を合わせながら、遠くもない昔。教えられたように、スクナは口を開いた。
「ユティー、『お願い』」
「上出来だ」
スクナの前に出たユティーの口端がにぃと上がる。明らかに、明るい感情で浮かべられたのではない笑み。
その瞳には愉悦と享楽、怒りが入り混じり、端整な顔は狂気とも言える感情を宿していた。
ただ一点、スクナの首に傷をつけた謎に向かって、それは間違いなく威圧として向けられた。
クライヴとにらみ合っていた
「あ、やりすぎないでね!」
「減点だ」
黒い革手袋がスクナの頬をぴんと軽く弾いた。
鋭い牙ののぞく大きな口を開けながら、唸り声をあげてクライヴを威嚇する
しかし、ユティーと目が合うとじりじりとひるんだかのように後ろへと下がる、そんな臆病さに。
ふん、とつまらなさそうにユティーは鼻を鳴らした。
「下等な獣風情が」
忌々しそうにつぶやき、ついでとばかりに舌打ちした。悪態の数々にスクナは不思議そうな顔をしたものの、いつもここで口を開くと蔑んだ目で見られるためあえて黙っていた。そんなスクナを一瞥すると、ユティーはもう一度口端を上げた。
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