その声は
『帰りたい』
その光る瞳に、合ったと思ったと同時。
スクナの脳裏に最初にかすめたのは高い、女性の声だった。
それから、高く低くさまざまな声色の声たちがばらばらにも頭の中で喋りはじめる。
喧騒の中。子どもから老人までのその声の持ち主を探そうと周囲を見回しても該当するものはいない。
最初の声もチナミとは似ても似つかぬ声だった。
何よりそれはスクナの脳裏に直接語りかけてくるのだ。その、嘆きと悲哀の声はただ
『帰りたい』
自分ではどうにもできないそれを、スクナ訴えているようだった。
隣にいるはずのチナミを、その声にとらわれたスクナにはもう、認識することが出来なかった。
世界に1人おいて行かれたような気がして。その声が発する一言ごとに頭痛がひどくなっていく気がして。スクナは耐えきれず壁に手をつく。
『なんでこんなことに』『家に帰りたい』『こわいよ』『助けて』『なんで』『帰りたいだけなのに』
黒い虎に擬態した遊子は取り囲んでいた兵たちをはね除けのそりと動き始めると、スクナに向かって素早く走り出す。
そんな
弾丸のように瞬時に目の前に迫ったそれに、恐怖するよりも早く。
『『『かえして』』』
「君、右によけろ!」
脳裏にどこまでも響いては、心を抉るように傷つけてくる声たちに。呆然と立っていることしかできなかったスクナ。
だが、チナミの叫び声に言われたとおりに右に身体が跳ぶ。
しかし、避けれはしたが、ぐらついた三半規管とその黒い巨体が生み出した風圧によろめいて、地面に叩きつけられる勢いで倒れ込んだ。
「いっつ……」
低くうなるように声をあげ、息をつめたスクナ。それを狙っていたように
「うわっ」
黒い巨体についてきた風に砂埃がわずかに舞い、スクナの頬を撫でる。
一瞬、それに気を取られながらも倒れ込んでいたそこからさらに横に転がることで、鋭い一閃をさけたものの。スクナの首に一筋、赤のにじむ傷が刻まれた。
「クライヴ!」
チナミが呼ぶと、その細い首にかかったロザリオが光を放ち、そこから2mはある灰色の狼が、スクナを狙って再び爪を振り上げようとした
牙を剥き出しにして、スクナから遠ざけるように
それをぼんやりと上半身を起こしてみていると、突然ぐいっとローブの首が締まり、浮遊感とともに引っぱり立たされる。
何事かと思って後ろを見るとチナミだった。
顔をしかめ、碧色の瞳がこぼれ落ちるのではないかと思うほどに涙をため、興奮に白い頬を薔薇色に染めていた。
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