遊子
「どうだ、楽しかっただろう!?」
「い、いえ……はい」
ローブにより多少は軽くなっていたとはいえ、寒さと恐怖。地面がぐわんぐわんと揺れている気がして、いまだなれない三半規管に頭を左手で抑える。
いろいろな意味で震えるスクナには気づかず、チナミはその繊細な指でばしばしと背を叩いた。
チナミにとっては楽しい遊びだったらしく、鼻歌混じりにご機嫌な様子だった。
頭を押さえつつ周囲を見渡すと、レンガ調の石畳に4月の太陽が公園の樹木の枝で影を作っていた。
小広場と呼ばれたそこは、ガス灯が5本。真ん中にある小さな噴水を照らすように設置されている。それ以外は大広場と区切っている大きなレンガの壁と、木々が風にざわめいているだけだった。
対照的な反応をしつつ、大広場へと通じるレンガの壁を曲がろうとしたチナミが、さっと身を引いて隠れた。
壁にその小さな手をかけ、隠れながら向こうの様子をうかがう。
「まあ、このくらいにして。みたまえ、
「え? あ……」
雰囲気と表情をがらりと変えるチナミ。そんなチナミが指示した方向をいまだめまいのする頭を押さえつつ壁の縁からのぞく様にして見る。
そこにいたのは黒い獣だった。3mはあろうかというほどに大きな巨体、口が大きく鋭い牙と爪を持つ、漆黒の毛並みの虎だった。
どこかでは強さと恐怖の象徴ともいわれるそれは。爪で裂かれたのかぼろぼろの武装をなんとか身につけた警備隊と思われる隊員たちに、及び腰ながらも槍で囲まれている。
にもかかわらず、怯えもせず、意に介した様子もなくただ雄々しく、禍々しく、悠々とたたずんでいる。
その周りには、根元から折れたガス灯であったと思われるものや、たくさんの脚がなくなっていたり折れたりとしているウッドテーブル。椅子であっただろう残骸が転がり、
ふいに吹いた風に、ウッドテーブルの足だった木片がからからと音を立てて転がっていくのがむなしかった。
「あれが遊子。異世界から迷い込んできた異物だ」
「謎を解くことでこの世界とのしがらみを解き、元の世界に戻すことが出来るんですよね?」
「その通りだ。よく勉強しているな」
壁の隙間から遊子を見つつひそひそと話す2人の声が聞こえたのかは定かではない。
ただ、遊子は《ユス》小さな耳を数度動かすと。うつむいて踏みつけていた残骸を見ていた視線をあげて、スクナたちのいる壁に向かって視線を投げた。
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