第4話 終演、『赤い人形』

 私と男はまともに話ができる気がしなかったため、私は男から逃げた。

 私は物置の扉の前にいる。扉の前にはノートが落ちていた。『赤い人形』は近くにいる、そう私は確信した。

——此処までやって来たんですね、扉を開けばもう君は引き返すことはできない。覚悟を決めろ、生半可な気持ちではなにも助けられない、なにも守れない。そして、後悔するのは君だ、全力でやらない限り、結果は結びつかない。私のやっていることだってふざけているように見られることが多いが、私はいつでも全力だ。それは、自分のやったことに後悔なんてしたくないからだ。此処まで私に付き合ってくれてありがとう。次は私が君に直々に会いに行くよ。 Please believe yourself——

と書かれていて、このノートはまるで私に発破をかけているような気がした。

扉を開くとそこは前に来た時と違い、コンクリートの粉塵が舞っていて、突き刺さった車がオレンジ色のライトを点滅させて部屋の中を幻想的に照らしている。部屋には砕けた壁だったコンクリートの塊があり、その鋭利な先端には人の姿を確認できた。

 先端に突き刺さっていたものは彼女だった。塊は彼女の腹部を深々と貫通しており、彼女の体からは大量の血が流れていて、虚ろな目をしている。彼女の息はとても荒々しく、いつ死んでもおかしくない状態だ。

「うぅ……先……生?……遅い……よ……私……もう……駄目……みたい……まだ……先……生に伝え……たい……こと……伝えられて……ない……の……に……」

彼女は話す度に吐血をしている。容態は最悪だろう、と見てわかった。

「縁起悪いことを言うな、あと、話すんじゃあない、私が君を助けてみせる。話ならあとでいくらでも聞くさ……」

私がそう言うと彼女は微かに首を縦に振った 。

 私はどうすればいいか模索するが、なかなか思いつかない。どうしても彼女に負担をかけさせてしまうのだ。

 塊を見ていると、彼女の体の近くに脆くなっている部分を見つけた。

「悪い、君に激痛が走るかもしれないが、我慢してくれ」

そう言うと私は塊の脆くなっている部分を全力で殴りつけた。

 すると塊は割れ、倒れてきた彼女を私は受け止める。と同時に突き刺さっていた車が落ちてきた。車は塊によって支えられていたのだ。更に、私がパッと見ただけで車の中に大量に積まれていると確認できるくらいの小麦粉の袋が積まれている。

 私は彼女を抱えて走って扉に向かうが、車の方が早く落下してきた。

——まずい、このままでは2人とも死んでしまう、走れ、もっと早く、もっと早く——

私は体が悲鳴をあげていることも気にせず全速力で扉を駆け抜けていく。すると、物置の方から爆発音がした。

 私が目を開くと、視界がぼやけてい見えるが、一面が赤黒く染まっていて、血生臭い匂いがする。そう感じるから私の体は一命を取り留めているようだが、全身が痛い、体が動かない。爆風に飛ばされて衝撃で全身の骨が折れたのだろう。私の命もそう長くはなさそうだ。それに、私が今こんな状態なんだ、彼女はおそらく……

「嗚呼、結局、私は何も守れなかったのか……」

私は自らの無力さを悔いた。

「おい、お前さん、生きているか? ……ったく、お前が真っ赤な人形になってどうするんだよ、俺が『赤い人形』だってのによ……あの野郎はとんだふざけた野郎だな、この俺を狙うなら直接来いって……お前さんも一緒に来るか? 俺のフィナーレを見せてやる」

 老人の声だ。この人が『赤い人形』だったのか……

 私は体が動かないため、どうすることも出来ず、老人に担ぎ上げられていった。

「おやおや、あなたが舞台に来るなんて珍しいですね、『赤い人形』はもう此処には来ないものだとばかり思っていましたが、私が貴方を探しに行く手間が省けました」

 此処は舞台なのか……私は床しか見えていないため、何処だかわからなかった。

「お前さんはここで待ってろ」

老人はそう言うと私を椅子に座らせてから男の方に向かって行く。

「愚か、実にお前は愚かだ。それ故にお前のやっていることは美しくない。そんなもので俺の作品を穢すな、俺は今、不愉快極まりない」

「そんなことを言っておきながらも私の方に来ていないじゃないですか。『赤い人形』とはいえ、所詮は単なる老人ですか……つまらない、貴方という人は本当につまらない人です。私と貴方のどちらが愚か者か白黒はっきりさせましょうよ!」

男は老人に向かって挑発している。

「そうか、お前は俺を殺したいのだろう、ならばこっちに向かって来ればいいではないか? さあ、お前の全てを俺に示してみろ。俺はお前と闘うつもりは一切ない、いや、お前と闘う時間が勿体無い。と言ったほうが正しいかな?」

老人はそう言うと近くの椅子に座り込んだ。

 老人は命が狙われているのにも関わらず余裕の表情を変えない。

「勿体無い……か、その威勢がいつまで続くか楽しみです。さぁ、私が貴方を救済してさしあげましょう」

そう言うと男はナイフを握り締めて老人に近づいて行く。

 それでも老人は余裕の表情を変えず、笑みを浮かべている。

男が老人に近づいて行くその時、男のいた床が崩れ落ちていった。

「だから言っただろう、お前は愚か者だと……」

 男のいた辺りは丁度物置があったところで、さっきの粉塵爆発でかなり脆くなっていたのだ。

「さて、さっきは言いたい放題言っていたが、老人にしてやられた気分はどうだい? 愚か者よ……お前が来たことは想定外だったが、途中からは俺のシナリオ通りに動いてくれて感謝しよう」

老人は椅子の上から男の落ちた穴を見下ろしている。

 男から返事はない。ただ、私の体では生死の確認のしようがない。あと、目がぼやけて殆ど見えなくなってきた。

「さて……と、では、これでフィナーレだ。ここまで付き合ってくれて礼を言おう。そして、俺とは永遠にさようならだ。もし、会えるとしたら、来世で会おう」

老人はそう言うと舞台に立ち、自らの頭を銃で撃ち抜いた。

 私の頭は突然の出来事についていけなかった。そして、私の記憶はそこで途切れた。

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赤い人形 赤石かばね @sikabane112

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