第1話 離れの小さな劇場
私は同じ目的で知り合った女性を連れてあの離れの劇場に行くことにした。離れの劇場までは家から車で2時間弱といったところだろうか。途中からは舗装されていない道で少し険しい道になる。
離れの劇場はカーナビには載っていないため、途中からは大雑把な地図と勘だけが頼りになる。あの時の私は何故あの道を知っていたのだろうと自分でも不思議に思う。
私はカーナビから流れる陽気な曲を口ずさみながら向かって行った。
離れの劇場に着いて私は違和感を感じる。そう、劇場から人の気配が殆ど感じられないのだ。カーナビに載っていない理由はそのせいだろう。
「先生、なんか不気味だし、帰りましょう?」
彼女が今更になって怖気付いたのだ。
「しかし、それだけでは赴かない理由にはならないだろう。」
何と言われようと私の意思が曲がることはない。
「えぇ、本当に勘弁して下さいよ……」
「そうか、ならお前は車で待っていればいいだろう?」
「車で……1人で待ってろと?」
「そうだ。嫌なら歩いて帰るか? あの道はきっと迷うと思うが」
「いいですよ。行けばいいんでしょう」
彼女は不貞腐れながら私に着いて来た。
私達が劇場の入り口についた頃に
「あの、ここに何かご用でしょうか?」
劇場から男が顔を出して私に訊ねる。
「ああ、私はこの劇場で『赤い人形』について調べに来た」
男は複雑そうな顔をした。
「『赤い人形』……? そんなものを調べて何になるのですか?」
「何か役に立つとかではない、ただ私が知りたいだけなんだ。何か知らないかな?」
と私が男に訊ねると
「私もよくわからないですが、まあ、中にあなたと同じように探しに来た人がいますから、その人に訊けば何かわかるんじゃあないでしょうか。それでは私はこれにておいとまさせていただきます」
そう言うと男は駐車場に向かって行った。
劇場の中は大分寂れているようで、ありとあらゆるところが崩れかけている。
「おぉ、これは見事に廃墟になっていますな。『赤い人形』なんてまだあるのかね」
私は興奮した。
「先生、ないですよ。帰りましょう」
どうして彼女はこんなにも気弱なのについて来るなんて言ったのだろうか。
「まだ入ったばかりじゃあないか。弱音を吐くんじゃあない」
少ししてから扉があり、その先にはあの時の小さな舞台があった。
「懐かしいな、ここは。あの劇がなければ今の私はなかっただろう。お前には何かそういうものはあるか?」
「……」
彼女は黙りこんでいた。
「まあいい。帰ってもいいんだぞ。私は先に進むがな」
私が先に進むとバックヤードか何かだったであろう場所に着くと、何処からか重い何かを引きずるような音がしたような気がした。
「此処には何もない、か」
そう呟いてから私は何も言わずに先に進んだ。
先は廊下になっていた。おそらくエントランスに続いているのだろう。只、私は何かが貼ってあったと思われる棒の奥に降り階段を発見した。おそらく何かがあるに違いない。
階段の先の扉には辛うじて『物置』と読むことができる看板があった。
私はその先に足を踏み込んだ。『物置』の中は仄暗い。私は扉から差し込む微かな光を頼りに『物置』を探索する。
『物置』の奥に着いた頃に、扉からの微かな光が途切れた。
「扉を閉めたのは誰だ? まだ私がいるというのに」
「おうい! 誰かいるんだろう。頼むから扉を開けてくれ!」
私は精一杯声を張り上げたが、『物置』の中でこだまするだけだった。
「くそっ! これじゃあ何も見えやしないじゃないか……」
私は暗闇の中をライターの火を頼りに彷徨い、扉に辿り着く。私が扉を開けると違う場所に出た。
「——此処は?」
私は戸惑いのあまり間抜けな声が出た。
「こんな場所があったのか……」
私は今度こそ『赤い人形』に近づけたと確信した。見た感じ『物置』の中に光源はなく、私が開けた場所は丁度死界になっていたのだろう。管理人からすれば『赤い人形』の丁度いい隠し部屋になったのではないだろうか。
足元を見ると、土が付いた足跡があった。あの道を歩いたのだろう。
「どうやら先客がいるようだな」
と私は呟いた。足跡を見れば一目瞭然だが、あの扉を閉めた者ではないのは確かだ。足跡は男物の靴のものだった。
少しするとその持ち主と出会った。
「おやおや、俺以外に『赤い人形』の部屋を探しに来ている人がいたとは、奇遇ですな」
ずいぶんと汚れきった服を着てだらしなく髭を伸ばした老人だった。
「いえ、私の方こそ貴方に出会えて驚きました」
「ただ、何故お前さんは『赤い人形』の部屋なんか探しているんだ?」
と老人は不思議そうに訊ねてきた。
「私は大分昔に『赤い人形』という存在について知ったのですが、最近になって気になりましたもので」
「ふっ……『赤い人形』はお前の思っているようなもんじゃねえよ。『赤い人形』は人形じゃねえ、とびきり頭の狂った傀儡師だよ……」
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