初日(タイ滞在0日目) ――出る出るデルタ、ハゲデルタ
その飛行機は、僕しか乗っていないかのようでした。
ハゲはひたすら、怪訝な顔で僕を睨みつけてくるのです。
それもそのはず、まだエコノミークラスの搭乗は開始していないのに、初めての国際線で何も分からない僕は、うっかりちゃっかり乗り込んでしまいました。
さかのぼること十数分。
成田空港の出発待ちロビー。そわそわしながら飛行機を待つ僕は、海猿のEDテーマ(B'zの曲)に合わせてリズムを取る白人男性を眺めていました。
「ウルトラソウッ!」
「HaaaI!」
とはならなかったけど、彼はとても楽しそうでした。ボーカルの人の服装から、彼の大好きな80年代を思い出していたのかも知れません。
アナウンスが搭乗開始を告げたらしく、乗客たちはごさごさと搭乗口へ向かっていました。まるで映画『酔拳2』の冒頭で、電車に乗り込む中華民のようです。
その時、なぜか僕は「この波に乗り遅れたら、二度と日本から出ていけない!」という謎の強迫観念に駆られ、まるで一族代表で出稼ぎに来た中国の農村出身者の様な気持ちで……この表現は正しくないです。正しくは、日本人的な同調圧力に駆られただけです。
結果、その搭乗客たちはファーストクラスやビジネスクラスでした。トランプでいうところの富豪と大富豪たちです。金持ちから乗るなんてこと、僕は知らなかったんです。僕が思っていた以上に、世界は資本主義に毒されていたのでしょうか。グリーン席に乗ることすら許されない僕は、いったいどこに座ればいいんだ!(と、金を払わずに抗議するタイプ)
そんな僕を見た受付の白人女性はめんどくさそうに
「ボウヤ、あなたの番はまだなのよ。でも今回は特別に通してアゲる」
と、木曜洋画劇場を彷彿とさせる吹き替えボイスが出そうな表情で僕を通してくれました。そこはかとなく肩をすくめながら。
英語のレベルが「あいむふぁいん、せんきゅー。えんどゆー?」レベルの僕は、ただただニヤニヤしているだけでした。
乗り込んだ機内で待っていたのは、ご存知、ハゲでした。
そのハゲはCAで、
「おい、なんでジャップのガキが乗り込んでやがる!」
と言いたそうな顔を隠そうともせず、カーテンの向こうからこちらを睨んで来ました。
(※被害妄想による脚色あり。彼はハゲでなくスキンヘッド)
飛行機の中が治外法権であったならば、僕はその時どんなことになっていたことでしょう。たぶんなんともなってないでしょう。
けれどその時の僕は、何か言われようもんなら「あうあうあー」とベルセルクのキャスカの様になり、外へおっぽり出されると割と本気で思っていたのです。
他の客も乗り込んでくると、僕は途端に強気になりました。どうだハゲ見たか。俺は客だぞ。サービスしろ。靴を舐めろ。お前の頭に松ヤニを塗ってやろうか? と言いたい気持ちを押し殺して座席へ押し込めました。
しかし、次の障害が待ち受けていました。
それは、他のCA、滝沢クリステル(を横に引き延ばした)風のアジアンビューティー。
彼女の名は分かりませんが、柿沢メノウとしましょう。
メノウは、とても礼儀正しく笑顔を欠かさぬCAの鏡でした。
「Coffee or tea?」
彼女が客にそう聞いて回るとき、僕の心臓はウサちゃんの様にバックバクでした。どどどどどうしよう。人生初の英語だ。どどどど、どっどどどどうど……
しかし、それは杞憂に終わりそうでした。
僕の二席前のお客さんに、メノウはこう尋ねていたのです。
「オ茶ニシマースカ、コーヒーデースカ?」
メノウはきっと、マルチリンガルなのです。僕の心の中では、ななめ45℃から艶っぽい視線を投げかけるメノウが居たといっても過言ではありません。
いよいよ、僕の席。自信たっぷりに「珈琲でお願いします」と答えようとしたその時、メノウは言いました。
「Coffee or tea?」
あうあうあー
僕は震える指で、珈琲を指さしました。
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