第113話 涙と雨

小雨が降ってきて。


ある人は小走りになり、ある人は折り畳み傘を差す。あるいは、まったく動じずに雨を受け止める人がいた。


その人は、まるで雨は降っていないような面持ちで町中を歩く。思わず雨さえも、その人を避けて降ってるんじゃないか、と思えるほどの空間で。イギリス人は傘を指さないというけれど、イギリス人かしら、とさえも思ってしまうほどだった。


その男の人を見て、昔に読んだ小説にあった一文を思い出した。


- その人は涙を流したけれど、まるで自分は泣いていないというように、強く真正面を見つめていた。決して流れる涙を拭わず。


- 涙を流していることを認めない人にとっては、涙は涙ではないのだ。


というような。その一文はなんだか強く心に残っていて。


- 涙を流していると認めなければ、それは涙ではないんだ


という事実は、人生の折につけて私を助けてくれた。


人生では、どうしても涙が避けられない時がある。そんな時はこの言葉を思い出し、「なくもんか」と真正面を見続けていた。


もしかすると、私もこの雨を認めなければ、気持ちよく家まで歩いていけるのかな。


でも今はこの雨が気持ち良い。彼との思い出をきれいに流してくれそうな雨が。そして、私の今の涙をこっそりと洗い流してくれるこの雨が、心地よい。

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