第28話 夏の音


夏から生まれてきたのではないか、というほど夏が好きで。どれくらい好きかというと、夏になると「ああ、夏が終わると秋がきてしまう」というほど、夏が好きだ。


夏を形容する表現を見ると、無意識にアドレナリンが分泌される。


たとえば、湘南の江ノ電の写真や氷がグラスの中で溶ける音。あるいは、小学校の夏休みのひまわりへの水やりやスイカの匂い。どれも、体の中に眠る夏の遺伝子を刺激する。


そんな私が


小学生が作った俳句がスゴすぎて鳥肌立つレベル「これマジで小学生?」「恐ろしい描写力」とザワつく人々

http://togetter.com/li/984635


という記事で


>夏の日の国語辞典の指のあと


という俳句を読んだ。


読んだ瞬間、私の記憶は小学校の頃の夏休みの1日に飛んだ。朝からテレビのアニメを見て、昼はそうめんを食べて、未来が無限だと思っていたあの頃の自分に。


このシーンがどのようなものを意味しているのか解釈するしかないが、きっと、この子は、自分が知らない単語をみつけて、夏休みにその単語を調べた。あまりに熱心に指を押さえながら読んでいたので、汗で指のあとがついた。そんなところだろう。その単語は性的なものなのかもしれないし、宿題の単語なのかもしれない。しかし、いずれにせよ、日々、驚きや新しい出会いばかりにあふれていたあの頃を思い出すには、十分な一句で。


同時に、もうあの夏は二度とやってこないというありふれた陳腐な侘びしさと寂寥感に苛まれ、そして、夏の曲をかける。


タバコでも吸っていたら、一本吸いながら、夏の夜空に煙をふかしただろうに、と思いながら、タバコを吸わない私は夏の空に向かってコーヒーを飲む。


そして、もう二度と戻らない夏を思い返すとともに、これからやってくる何十回目かの夏を予想し、今年の夏の匂いを梅雨の空に嗅ぐ。夏の音が聞こえる。

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