第29話 首都高

レインボーブリッジを過ぎてしばらく走ると東京タワーが見えてきた。ピンク色の東京タワーが光る。


「ね、どこに行くの?」


女が聞く。男は何も言わずに、一ノ橋ジャンクションでカーブを曲がる。スピードは落ちない。80キロを保ったまま。


ナビは、池尻で降りるように指し示すが、さきほどから距離は減ったり増えたりしている。


「首都高といってもいろんな降りるところがあるのね」


女は、窓の外を見る。そして、携帯を見る。携帯の時間は23時15分をさしている。


「何か聞きたい曲はないの?」


と男が聞く。女は首を振る。男が言う。


「あれかけてよ。シャキーラの、あれ。なんだっけ?」


「Wakawaka?」


「そうそう」


女は、iPhoneをいじり、その曲を選び、車のAV端子に指す。車に警戒な音楽が流れる。


「思い出の曲をかけても、私はあなたの家にはいかないからね」


そういう女の口もとは笑っている。


「どうしたら、うちに来てくれる?」


「いかない。別れた男の家にはいかないの」


「でもさ、お互いいま恋人もいなくて、問題ないんじゃないの」


30分前にした会話がまた繰り返される。


女は何も言わない。車は、三宅坂ジャンクションを超える。


「どこまでいくの?」


男は何も答えない。


「そろそろやり直してもいい頃なんじゃないの」


男は言う。女は何も答えない。wakawakaが2週目に入る。


「ちょうどさ、同じタイミングで恋人と別れて、そして、こうやって偶然再会して」


女は窓の外を見ている。窓の外には銀座のビルが光っている。


「ガソリンもなくなるしさ、一旦、俺の家にいこう」


「ガソリンスタンドなんてどこにもあるでしょ」


「俺の知ってるガソリンスタンドは俺の近所にしかないんだよ」


車は、スピードを保ったたま、飯田橋の出口を降りる。女は前を向かない。窓の外を見たまま。


「私はあんたの家にいかないからね」


車がガソリンスタンドでガスを入れて、また出ていく。そして、駐車場で止まる。


20分は止まったまま。誰も出てこない。音楽も聞こえない。


そして、ドアが空く。


「ほんとにトイレを借りるだけだからね。ほんとに」


女がそう言いながら車から降りてくる。


「わかってるよ」


男がそう言いながら、車の鍵を締める。

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