第15話 ヒップホップサラリーマンYO

会社にラッパーがいる。昨今、フリースタイルダンジョンというラップで戦う試合が人気だが、奴もそれに感化されたようだ。30からラッパーデビュー。もし、それが自分の同僚でなければ「チャレンジいいね。ドープ(やばいね、いいね)だね」と言っていただろう。


たとえば、こんな感じだ。金曜日の午後。定時あがりに「Hey、飲みにいくやつ、プチャヘンザ(手をあげて)」と勢いづく。冗談のようなノリだが、幸い救いがあるのは、彼はそれを冗談ののようなノリと分かっていてやっていることだ。そして、同時に我々も最初はいらっとしていたが、彼のノリが「個性」という枠に入るようになってきており、だんだん、そのノリは許容されてきた。いわば「声がでかい」「早口」の横並びとして「なぜか用語がラッパー」というものがあるという位置付けだ。


プチャヘンザした人たちで飲みに行った後の二次会のノリはこうだ。「キャバクラ、いってくら、飲んでくら、そんなお前に、ぐっとくら」とキャバクラに後輩を連れ出す。キャバクラでは、普通に喋るというTPOの分け方が、また憎らしいのだが、それが彼のラッパーが許容されている故でもあろう。しかし、ラップをTPOで分けるというのは、HIP HOP精神としてどうなんだろうか、と人として思わなくもない。


会社の出社時は「ワッツアップメーン!」であるし、昼に美味い飯を食ったら、「これはイルだね(ぶっとんでる)。竜田揚げ、テンションぶち上げ」と竜田揚げを表彰する。休憩したい時は「Heyクルー、もう3時、仕事大惨事。レッツチル(落ち着く)メーン」と同僚を珈琲に誘う。タバコを吸わないところが、なんというかサラリーマンラッパーぽくて良い。プレゼン資料のことは「リリック(歌詞)」と呼び、プレゼンのことはビーフ(アーティスト間の戦い)」と呼び、エクセルのことはなぜかアンセム(聖歌)」と呼ぶ。彼がそんなにエクセルのことをリスペクトしているのは理由はわからないが、パワーポイントよりはエクセルの方が好きのようだ。なお、パワーポイントはPPT(ピーピーティ)」と呼んでいる。


うるさい以外の害はそれほどないのでまぁ許せるものの彼が、先日、部下に「プレゼンのメッセージで韻を踏んでない」という旨のツッコミをしていたのを見ると、少し胸がザワつく。プレゼンのメッセージで韻を踏むのは、エイベックスの株主総会の時だけでいいのではないか、と。

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