第16話 腹痛を助けてくれたもの
まるでそれは雪崩のように突然、ワシオを襲った。ワシオはその瞬間、スタンガンを当てられたかのように身体を跳ねた。突然の腹痛がワシオを襲った。ワシオが聞いていたイヤホンから、激しいEDMの曲が漏れた。
ワシオは思う。「これはやばい。80年ぶりの竜巻並のマグニチュードだ。マグニチュードは地震か。なんか、やばい」。電車にのっているワシオにとって、何気ない電車の窓の外の風景がもはや死刑宣告版にさえ見えた。景色が見えるということは、そこは駅ではないということだからだ。駅ではないということは、俺はまだトイレにいけない。
「いや、まだいける。まだ諦めるのは早い」とワシオは自分に言い聞かせる。この衝撃は、尋常ではないが、とはいえ耐えきれないほどではない。実際、俺はいま耐えている。まだいける。そして、腹痛とは波だ。波だからこれを超えると少し落ち着くに違いない」
同時にワシオは、世界中で腹痛に苦しんでいる人たちのことを思った。
「兄弟たち。まさかこんな辛い瞬間がくるなんて今朝までは思っていなかった。でもお互い頑張ろう。俺はまだ踏ん張れる」
今までの古今東西の漏らした事例を彼は思い出し、自分を奮い立たせた。諦めそうになったら、「もし漏らしても笑い話にできるからいいじゃないか」と、考える自分に気づき、「駄目だ。まだ諦めるのは早い」とすかさず自分を鼓舞する自分がいた。ノリツッコミならぬ、ノリ踏ん張りだ、とワシオは考えた。イヤホンから流れる音楽からきゃりーぱみゅぱみゅが流れ出した。ぱみゅぱみゅも応援してくれている。ただ、腹痛にこの高音は効くな、と思い、次の曲に飛んだ。
電車は駅を出たばかりで次の駅までまだ2分ほどあるだろう。ワシオはあまりの苦痛に生まれてきたことさえも呪った。こんな思いをするなら生まれてこなければよかった。同時に世界中を呪った。世の中の戦争の原因はこういう腹痛にあるんじゃないかとさえも思った。この苦痛を和らげるためなら隣人1人殴るくらい易いわ、とさえも思った。
肛門の筋肉は疲れていた。普段は使わない筋肉なのに、こんなにも全身の緊張を一身に受けることはなかった。汗もかくし、痙攣も起こしそうだった。そう、ワシオはあまりの腹痛とそれを押さえ込む尻の踏ん張りで、もはや生まれたての子鹿のようにプルプルと震えていた。もし、これが満員電車ならば痴漢容疑にされてもおかしくないほどだった。まるで、人間から脱皮する寄生獣のように、彼の尻はサンバのリズムを奏でていた。
「電車間隔を調整するため、一時停止をしております」という車内放送が流れた時、ワシオは思わずノリで脱糞しそうになった。これはドラマか、とさえも思った。同時に朝、食べた焼き鳥を呪った。きっとあのレバーがいけなかったのだ、と。「もう二度とレバーを食べませんから助けてください」と神様に祈った。トイレにも神様はいたな、と思い出し、トイレの神様にも祈った。
少し波が収まり「よし買った」とワシオは思った。思わず、汗ぐっしょりの自分に気づく。そして、本当に収まったかを身体に聞いて、大丈夫そうだ、と思い、携帯を取り出した頃、改めて、二度目の波がやってきた。調子にのったドラマーが、今度はロックを奏でている。合間に坊主がパーカッションまで奏でている。「この波は大きい」と、バリの波を思い出し、ワシオは言った。同時に電車も再び動き出した。
俺は時間と戦う、とワシオは、全身全霊を尻の筋肉に込めながら願った。時間を止めるスタンドを思い出し、時間をかける少女を思い出し、時間を盗む泥棒を思い出した。ありとあらゆる時間の民の力を尻の穴にあつめた。もっと腹筋をしておけばと長いながら、プルプルと震える肛門を大臀筋がただじっと支えていた。BGMはロッキーに替わっていた。
品川のトイレはどこだ。ドアが空いた瞬間にワシオは扉を飛び出した。その姿はまるで、時をかける少女だった。ワシオは時間をかけるが如く、品川駅をかけあがった。もはや、その振動による脱糞よりも、より早くトイレにつく方にかけた。ワシオは自分の尻を信じていた。奴とは23年も一緒に生きてきたんだ。きっとやってくれる。BGMは、もはや荘厳なクラシック音楽に替わっていた。
走りながらワシオはベルトに手をやる。あとは、個室が空いているかだ!
- 無事に、ワシオはトイレに間に合うことができた。便座に座りながらワシオはこの5分の死闘を振り返る。勝因はなんだったのか。
そう、俺を支えてくれたのは、Google play musicの音楽です。あのロッキーの曲がなければ、俺は漏らしていたでしょう。腹痛には、Google play music。ダウンロードは以下からどうぞ。
https://play.google.com/store/music?hl=ja
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