第5話 桜の呪い

美しい桜を求めて毎年、歩いた。

代々木公園、上野公園、井の頭、千鳥ヶ淵などの都内の名所はもとより、日光や鎌倉なども伸ばした。青森の弘前城や山梨の山高神代桜、福島の三春滝桜などの日本を代表する桜の名所も回った。昨年は奈良の吉野もめぐった。

ただ、まだ僕はあの桜を超える桜を出会えていない。

彼女とその桜をみたのは7年前だ。目黒川沿いの何気ない桜のコンクリート。ロゼのワインを飲みながら桜を愛でる人たち。ただ、その何気ない桜の散歩道の中で彼女は輝いていた。

結局、その夏に彼女とは別れた。結果、その桜は僕を呪うことになった。

翌年、桜を見て、記憶が呼び起こされる。あの桜の下で笑っていた彼女を。それから桜を見る度に、僕は彼女を思い出し、そして、記憶によって塗り替えられた桜の美しさを思い出す。

僕はもう桜を見て、過去の悲しい思い出しか思い返さない。それに打ち勝つには、あの桜よりも美しい桜を見ることだろう。そして、僕は7年、20箇所以上の桜をめぐった。いまでも、あの何気ない目黒川の桜の美しさに勝てる桜はいない。彼女がいないから、というのは分かっているけれど。

桜の木の下で陰鬱な顔をしている人がいたら僕だろう。

桜を見ずに都内で暮らすことがいかに大変かを聞きたければ是非声をかけてくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る