Ⅲ 可愛いモノなら、

 ティターニアとサマランカとの国境近くの街、アーガイル。

 この街に構えられた、ティターニア駐屯軍の基地前に少女が立っていた。

 明るい蜂蜜色の長い髪に、翠色の大きな瞳。人形のような顔立ち。華奢な体格には似合わない左官の軍服を着ている。街の人間と事情を知らない下級士官が怪訝に見て歩き去る中、彼女は蜂蜜色の髪を弄りながら見つめていた。まるで点検でもするかのように。


 そんな彼女の後ろから、

「お姉様っ!」

 と、その手はマントの下で交差される。ピンク色にきつく脱色した髪が目立つ彼女はつり目がちの目をニヤニヤさせて少女に抱きついた。


 一瞬、基地前の空気が固まる。


 『お姉様』がいきなりの接触に固まっていることをいいことに、ピンク色の髪の少女は頬擦りしながら「お姉様相変わらずちっちゃくてかわいい~」と言い、タバードの下で腕をもぞもぞさせて一言。


「あら、胸も相変わらず」


 その瞬間。色が抜け落ちるように『お姉様』の髪と瞳がさっと黒く変わる。 否、少女はもともと黒髪だった。ただそう見えなかっただけで。

 黒髪黒目は神子の証。

 その場にいた全員が、いきなりの神子の登場にどよめく。そして神子に無礼を働いた者に対する冷たい視線が送られる。この国では、神子の敵は国民の敵だ。


 そして、まず最初に制裁を与えたのは足元に炎の魔法陣を構成させた、

「この……っ、変態があああああっ!!」

 涙目で胸を押さえた神子本人だった。



「馬鹿、 馬鹿ッ! この変態! いきなり何すんのよ!」

 任務に支障ない程度の、ありとあらゆる制裁を加えた『お姉様』――改め、リコリス・インカルナタは未だに涙目、両手で胸を隠すようにして叫んだ。

 泣きわめくリコリスを必死になだめすかし、変態もろとも基地に連行したクロードもため息を吐く。


「エレアノール、リコリスがこういう過剰な接触苦手だって知ってるだろ」

「それ以前にセクハラじゃない! 大体あなた、私より三つも年上でしょ」

「セクハラだなんて、私はお姉様との再会を喜ぶ気持ちを」「だからってアレはないでしょアレは!」


 変態の視線から逃れるようにクロードの陰に隠れたリコリスが非難の声を上げる。

 クロードと背中合わせに立つと、棚の上になかなか良い時計を見つけた。急にお願いしたにも関わらず、最高級の応接室を空けてくれたらしい。客室は彼女の王宮での執務室と同じで、大きな執務机と応接用のテーブルとソファが一セット。続き部屋に寝室がある造りだ。 


 ピンク色の髪の少女、エレアノール=スコット少尉。魔術師の多くの例に漏れず、「可愛いものなら何でも愛する」という筋金入りの変人。

 魔術師の能力としてはリコリスに遠く及ばないものの、かなりの有望株だ。士官学校を卒業してすぐリコリスと同じ「エリート」として名高い第三師団に配属されたものの、そのあまりの変人っぷり――要するに可愛いもの、リコリスへの異常な執着――が災いして、現在の第二師団アーガイル駐屯軍に左遷された。


「まったくだ。大体、あんたところで騒ぎを起こして――」

「でも、良い宣伝にはなったでしょう?」


 自信に溢れた声。クロードの陰から少しだけ出ると、そこにはしたたかに微笑む少女が居た。

 リコリスと同じ、ただしマント無しのデザインの軍服のポケットから書状をひらひらさせる。二の句を告げないクロード。


 確かに彼女の手にある書状の中身、つまりアルバートからの具体的な命令は『リコリスを使って炙り出せ』。リコリスにとって大いに不満なやり方だが、宣伝効果はばっちりだ。やり方に問題はあったにせよ、彼女は任務の第一段階をクリアした。

 もちろんリコリスの幻術にも一応の作戦があったのだが、そちらはリコリスの私的な理由もあり、結果的には彼女の取った方法がいいのかもしれない。


「~~っ、だからといって、うやむやにする気なんてさらさらないわ!」

「あ、バレました?」


 やっちゃった、と言わんばかりにペロッと舌を出してみせるエレアノール。

「お姉様がこれ以上無駄に魔術を使って、消耗させないようにと思ったのですが」

「何それ嫌味?」


 リコリスが秀麗な眉を顰めて、険悪に聞く。エレアノールはまったく意に返す様子もなく。

「では行きましょうかお姉様、荷物持ちのクロード大尉。このエレアノール=スコットが、華麗に可愛くサポートさせていただきますわ!」



 到着して三日目の夕方。

 聞き込み調査、現場検分等の調査は駐屯軍によって済まされていたが、リコリスはその報告書類を改めて精査した上でもう一度調査をし直した。

 国境の町―――ティターニア王国アーガイルとサマランカ帝国シドニアとは街道で繋がっている。小競り合い、というのはその街道沿いで起きる。

 例えば乱闘。例えば中規模な窃盗。

 そうしてそもそもの発端は「黒髪」に纏わるものばかり。

 乱闘では黒髪の人間が誰かを突然殴りつけたことから始まったという。

 窃盗の時は、皆が寝静まったあとに黒髪の人間が荷物を漁っていたという。

 「黒髪」には仲間がいる日もあったが(もちろん仲間は黒髪ではなかったが)、「黒髪」ただ一人で行動することもあったという。

 魔術的な調査も含めて、もう一度洗いなおしたが手がかりはただの一つもない。何度目かの残留魔力調査のうちに、リコリスは違和感すら覚え始めた。


「……術式が、機能していない?」

 与えられた客室で、リコリスは決定的な違和感を口にした。応接テーブルで書類とにらめっこしていたクロードが、まさか、と口にした。

 執務机には分析用の魔法陣が展開されている。分析にかけられているのは、「黒髪」と殴り合った男の手袋だ。「黒髪」がこの手袋に唾液でも皮膚片でも残していれば手がかりになるかと思ったのだが―――。

「手袋の一部に、術式が通らない。そこだけ崩壊して、また有効範囲になれば再構成されている……?」

「相手が対魔力体質ってことか?」

 クロードが執務机越しに向かうようにして立って、魔法陣を見下ろした。クロードに魔術の素養はないので、見たところで理解ができるはずがないのだが。

「いいえ、魔力は通ってるの。それにこれが、本当に「黒髪」の人体情報が入っていると決まったわけじゃない。繊維の何かが、この術式と相性が悪いって方が考えやすいし」

「お姉さま、ただいま戻りました。―――収穫です!」

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