2-10

「えっ、ちょっ! 肩かしてもらえれば歩けますって!」


担任の突然の行為に琴子は控えめに身じろぎをしたが、永谷は平然と歩きだした。


「あれだけ大変なことがあったんだ……疲れて当然だろう。甘えとけ」


さらりと言われた言葉に、気まずそうに顔を俯かせる琴子。

片腕だけだとずり落ちそうになるため、もう片方も永谷の首に回さなければならない状態になり、自然としがみつくような格好になる。


本であるならばなんでも読む、というほど本好きな琴子だったが、特に好きなジャンルは恋愛系のファンタジー小説だった。

そこにはお姫様抱っこの描写が必ずと言っていいほど書いてあり、それを読みつつ彼女も御多分に漏れず、自分もされてみたい、してくれる相手がいればと夢想することもあった。


(まさか、初めてお姫様抱っこされた相手が先生だなんてなあ……)


失望とは違うが、なんとも微妙な思いを抱きながら琴子は永谷の顔をちらりと見る。

規則的な揺れに身をゆだねながら、あれは幻だったのだろうか、と思った。

あの、子供のように怯えていた永谷の顔は。


(ーーーいいや、もう)


今そばに居てくれている永谷は、いつもと変わらぬ頼もしい物理の教師だ。

安心していい。少なくとも今この瞬間は。

彼女は微かに微笑み、ほっと目を閉じた。



永谷もまた、彼女の様子を注意深く伺っていた。


(……思ってたよりも、ずっと早かったな)


男の顔を思い出すと、否応なしにあの忌まわしい、恐ろしい記憶が、心の奥底から引き摺り出される。

微かに肩が震えるのを感じ、永谷はぐっと顎をひいた。

とっくに克服できたと思っていたものが、ただ蓋をして見ないふりをしていただけだったことに気付かされてしまった。

しかも、一番望ましくない形で。

怒りと苛立ちが舌打ちとなって飛び出してきそうになるのを懸命にこらえた。

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