2-7



「ぐあぁっ!!!」


すさまじい衝撃を右腕に感じた直後、男の巨体は宙を舞っていた。

信じられない、という顔をしながら遠ざかる男を、琴子もまた呆然と見つめていた。


「姉ちゃんっ!!」


背中で響いた大和の声で我にかえり、琴子は急いで指示を出した。


「早くみんなを連れて逃げて! 私は大丈夫だから!

はやく! 」


驚愕と不安とが混ざり合った表情で一時逡巡した大和だったが、すぐに頷いて子供たちの手をひいて走っていった。


とりあえず、これであの子たちは無事だろう。琴子は肩で大きく息をついた。

気が抜けたせいだろうか。全身が石のように重い。

今までに感じたことがないほどの、強い疲労感だった。

しかし男がまだ校庭にいる以上、倒れるわけにはいかない。

今更のように廊下でぶつけた膝が痛むのを感じながら、脚に力を入れ男のいる方へと身体を向ける。

男はすでに立ち上がっており、煩わしそうに頭を振っていた。

激昂して、より一層暴れ始めるかもしれない。

そうなったらどうすべきかと答えのわからない問いをぐるぐると繰り返していると、不意に男が顔を上げ支線がぶつかった。

ぞわっ、と首筋の毛が逆立つ。


男は笑っていた。

こんなに嬉しいことは無い、とでも言いたげに。



「見つけた……見つけたぜぇ……ヒヒヒ……」


理解のできない男の反応は、琴子の恐怖心を否応なしに逆撫でした。

ほとんど悲鳴のような声で琴子は男に叫んだ。



「出て行って! 今すぐ!!」


その声を聞いているのかいないのか、一層男は笑い続ける。

耳を塞ぎたくなるような嫌な声だ。


「今回のノルマは達成だ! こーんなにはやく出てきてくれるなんてなあ、ありがとよお嬢ちゃん!」


男が横の空間に手をかざした。

瞬時にそこに現れたのは、最初にみた黒い板のようなそれ。


「じゃあな、また会おうぜ」


ひらひらと手を振りながら、男の巨体が黒い空間に飲み込まれていく。

消えた、と思った次の瞬間、男の顔だけがにゅっと飛び出し琴子は思わず短い悲鳴をあげた。


「そうそう、自己紹介がまだだったなあ。

俺の名前はネグってんだ。覚えといてくんな。

また来るぜ、お嬢ちゃん……ヒヒッ」



ほどなくして、黒い空間は消えた。

がくんと脚の力が抜け、琴子は校庭の砂地にへたり込む。

男の声がまだ、不穏に耳の中で響いていた。

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