2-6

考える間もなく、琴子の身体はふわりと廊下の柵を飛び越え、すぐ下の校庭の隅へと降り立った。

6、7メートルの高さのある場所から飛び降りたはずなのに、全く衝撃を感じない。

そのまま、地面を思い切り蹴った。

顔で風を切ったその次の瞬間、琴子は大和とその場にいた子供達を両腕に抱え、男の振り下ろす刃が届かない場所まで逃れていた。


「なんだぁ?」


男が不審気に琴子達が逃れた方を見る。

息を弾ませながら、彼女は信じられない思いで20メートルほど離れた、先程まで自分のいた場所を見つめた。


「姉ちゃん……?」


側で聞こえた大和の声にはっと我に帰る琴子は、大和の肩を掴み、どこか怪我をした場所はないか確認する。

その場にいた子供達も見たところ怪我はなさそうで、琴子はほっと顔を和らげた。


「ガキの次は小娘か……お前、どっから湧いて出た?

あ? 」


視界の端から聞こえた声に、琴子は急いで大和たちを自分の後ろへと追いやった。

男は深く地面にめり込んだ右手をずぼっと引き抜き、巨体を揺らしながらゆっくりと歩いてくる。


間近に見せつけられたその体躯に、琴子は改めて息をのんだ。

手も、足も、身体も、全てが巨大。

身長はゆうに3メートルは超えている。

琴子の身体を片手で捻りつぶすことなど、彼にとっては造作も無いだろう。

太陽を背にして立った男の影が、琴子を一瞬で塗りつぶした。

背中を冷たい汗がつたう。

喉は渇いて張り付き、声すら思い通りに出せない。

恐ろしくてたまらなかったが、琴子は必死で男の顔を真っ向から睨みつけた。


「おーおー、おっかない目ぇするねえ、お嬢ちゃん」


濁った目を嬉しそうに細める男。

これから始まる殺戮が楽しみでたまらないのだろう。


「じゃ、お望み通りレディーファーストといきますかね」


右手が大きな斧へと変わって行く。

声を上げ駆け寄ろうとする大和を制止し、琴子は再び自分を満たしている意思に身を委ねた。

死の瀬戸際に立たされているというのに、不思議と彼女は落ち着いていた。

固く拳を握る。



「……おらっ!!」


そして、自らに振り下ろされた男の斧に、真っ向から拳を叩きつけた。

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