2-5


「ごほっ……みんなっ……無事かっ……」


粉塵に咳き込みながら永谷がよろよろと立ち上がった。


「う……な、なんとか……」


「だ、大丈夫です……」


「俺たちも平気っす……ゲホッ」


苦しそうではあるが無事聞こえた人数分の声に、永谷はひとまずほっとした表情を見せる。

琴子はその横で座り込み、呆然と くう

を見つめていた。

心配そうに怪我がないかと問いかける永谷の声も、届いていないようだった。


(……しぬんだ、私たち……みんなしぬんだ……)


頭の中で絶望の声が止まらない。

短時間に折り重なった恐怖と絶望で、彼女の精神はとっくに限界を迎えていた。


(朝の会、ヒゲダンスできなくなっちゃったな……って何考えてんだろ私、こんなときに……)


一種の防衛本能か、自然とどうでもいい事を考え始めた自分を琴子はただただ眺めていた。


(てかヒゲダンスじゃなかった、カエルの歌だっけ……ヒゲダンスは大和か…………あれ? 大和は……あの子は……)




「ーーー大和」


ふと思い出した自分の弟の存在に、一気に意識が現実に引き戻される。

大和は無事なのだろうか。

壁一面に突き刺さったナイフと、弟の顔が重なった。

弾かれたように立ち上がり、廊下に飛び出す琴子。


「白井! どこ行くんだっ! 戻れっ!!」


永谷の制止も、琴子の耳には届かない。

怪我していないだろうか。

あのナイフから逃げられたのだろうか。

あまりにも惨い想像が頭をよぎり、目に涙が滲んだ。


(大和、大和、大和……!)


廊下で粉塵に足を滑らせしたたかに膝を打ち付けるが、彼女は痛みを感じないかのように階下へと通じる階段へと向かう。


「やめろ!!!!!」


不意に背後で響いた聞き覚えのある声に、琴子は身を翻して廊下に設置された柵にかじりついた。

声の主は大和だった。

校庭に見えるその姿は汚れてはいたが大きな怪我をしている様子はなく、琴子はひとまずほっと胸をなでおろす。


だが、おかれている状況は最悪だった。


「なんでこんなことすんだよ!」


大男に対峙し、食って掛かる大和。

その後ろでは幾人かの低学年の子供たちが固まって震えていた。


「なんなんだよお前!!! いきなりきて学校壊して暴れまわって! ふざけんなよっ!!」


もともと正義感が強く、泣いている子がいたら放っておけない性格の大和。

目の前の男と比べると不憫になるほど小さな身体で、彼は今も必死に立ち向かおうとしていた。

それを一瞥した男は大声で笑い、どす、と足を踏み鳴らし近づいていく。


「ずいぶん威勢のいいガキがいたもんだなあ!!

ひとつ教えといてやろう。俺は別にふざけてこんなことやってるわけじゃないぜ」


ぐい、と頭をもたげ、顔を大和に近づけた。

格好の獲物を見つけ、舌なめずりをするような下卑た顔をしていた。


「準備運動は、真面目にやるもんだろ?」


男は丸太のような太さの右腕を大きく振りかぶった。

大和は背を向け、決して大きくはない身体で子供達を抱きしめる。

高くあげられた右手は大きな刃へと姿を変え、ぎらりと陽光を反射させた。


「俺ぁガキは嫌いなんだよ」




琴子は震えながらその様子を見ていた。

このままでは大和が殺される。

でも、ここからあの男のいる場所まで、走っていったって間に合うわけがない。


なにもできない。

見ていることしか出来ない。







「ーーー違うっ!!!!」


その瞬間、なにかに突き動かされるように、絶望に塗りつぶされていく心を突き破り、琴子の口から言葉が飛び出した。

まったく制御不能で、予想外な感情が彼女を満たしていく。

それと同時に、彼女の意識が一つの意思に集約された。


、という意思に。

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