1-4

そんな二人を横目に琴子は鞄から一冊の本を取り出し、隣の席で突っ伏している男子生徒の肩をつついた。


「響、起きなよ。そろそろ先生来るよ」


「んー……」


起こされた彼は眠そうに顔にかかった長い黒髪をかきあげ、机に収まりきらないこれまた長い足をうーんと伸ばす。


「おはよう、琴」


そう言って目を擦る鷹見響たかみきょうに、琴子もおはよう、と返して微笑んだ。

どちらかというとふんわりとした、纏めるのに毎回手間取る彼女の髪とは正反対の、さらさらとした長い黒髪。

それに似合う切れ長で涼やかな瞳はいつも穏やかな光を宿していて、琴子は彼が声を荒らげる様子を見たことがなかった。

体は細身だが、背は大柄な翔にも負けないほどの高さがある。

彼女と同じく本が好きだそうで、よく貸し借りをし合っていた。


「本、ありがとう。面白かった」


「ん。もう読んだのか、早いね」


「昨日一気に読んじゃった。おかげで寝不足だけど」


「俺も昨日はそんな感じ。眠いー……」


「響が眠いのはいつものことでしょ」



他愛の無い会話をしながら、琴子はふと大切なことを思い出した。


「あ、そういえば」


ねえ、と手招きをするような仕草をしながら、全員の注意を引く。


「今日の集会の発表、高等部の番だったよね。誰か何か考えてきた?」


しーん、と静まり返る小さな教室。

やっぱり、と諦めつつも念のため琴子はもう一度聞いてみることにした。


「……忘れてた人ー」


そろそろと上がる4本の手。

すると、扉の開く音と共にもう1本、ひょろりと長い腕が覗いた。


「悪い、俺も忘れてた。今日だっけか」


高等部1年担任で物理の教師でもある永谷馨ながやかおるが、頭をかきながら教卓に出席簿を置いた。

その様子を見て、亮と翔がふざけて声を上げた。


「先生が忘れてたんじゃ俺らが覚えてるわけ無いよなー」


「そーそー、勉強で忙しくて覚えらんないでーす」


「なにが勉強だ何が。お前らどうせ文字読むのだって漫画くらいだろ。俺だって忙しーんだよ、教職員は色々あんだからな」


背後のホワイトボードに寄りかかりながら軽口にのる永谷。その目は呆れつつも面白そうに煌めいていて、教師と生徒間の仲の良さを窺わせた。


「教師が言い訳は良くないと思いますよ、先生」


「うるせえな。ほら、早く課題出せ」


一眞の最もな言葉に永谷は話を逸らし、課題を集め始める。

琴子は賑やかな4人を眺めながら、こうも適当な人間が揃ったクラスがあるもんだろうかと、自分を棚に上げつつ呆れて頬杖をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る