第6話『想い』
午後9時。
Cherryの一件が解決してからは、夕ご飯を食べ終わった後、特別にすることがない限りはお風呂に入るまで自分の部屋で勉強をするのが日課となっている。
今日は色々なことがあったけれど、勉強はかなり捗っている。葵のことで気持ちを切り替えることができたからかもしれない。
――コンコン。
というノックが聞こえると、程なくして部屋の扉が開く。
「……真守」
水色のワンピースの寝間着姿のお嬢様が部屋の中に入ってきた。お風呂に入ったからか、お嬢様の顔は仄かに赤く、彼女の髪からはシャンプーの甘い香りがする。
「どうかしましたか? お嬢様」
俺がそう問いかけると、お嬢様は扉の側でもじもじしたまま何も言わない。
俺は椅子から立ち上がって、お嬢様のすぐ目の前まで歩いて行く。
「お嬢様がそうしているのは珍しいですね。なかなか言い辛いことがあるのですか?」
「……別にそうじゃないけれど」
それなら、お嬢様が言うまで黙って待っていよう。
お嬢様はチラチラと俺の方を見てきて、俺と目が合うとその度に頬が赤くなる。気恥ずかしいのかな。
「……ねえ、真守」
「何でしょう」
ようやく意を決したようで、お嬢様は真剣な表情をして俺の目をしっかりと見てくる。
「……葵さんに言ったじゃない。生田萌として生きても願いは叶えられないって。それは私と共に生きていくことを決めたからって」
「ええ、言いましたよ」
俺がそう言うとお嬢様は一つ息を呑む。
「……それってどういう意味なの? SPとしてじゃないよね。真守がどんな気持ちを込めて言ったのか気になって。知りたいの、あなたの気持ち」
あのときの言葉で葵や桜さんは俺の本心が分かったようだったけど、当の本人には伝わっていなかったみたいだ。やっぱり、自分の気持ちを伝えるには素直な言葉じゃないと駄目かな。
未来だって、都築さんだって、葵だってはっきりと言ったんだ。俺も、この気持ちをありのままに伝えなきゃ。
「お嬢様のことが好きだという意味です」
そう、俺はお嬢様のことが好きだ。1人の女性として。
「お嬢様のことが好きだから、人として守りたいと思っていますし、あなたと一緒にこの先の未来を歩くと決めたんです。だから、葵の願いは叶えられないと言ったんです」
例え、葵が生田萌として生きていても、俺は九条由衣という女性と結ばれたいと思っているから、葵の願いは叶えることはできない。そういう意味を込めて、あのときに葵に言ったんだ。
嬉しいのか、それとも悲しいのか、はたまた驚いているのか……お嬢様は涙を流していた。
「……私も同じ。私も真守のことが好き」
お嬢様と同じ気持ちだったことに、嬉しさはもちろんあるけれど、それよりも安心した気持ちの方が強かった。
俺とお嬢様は同い年の男女だけど、主とSPという関係。俺にはお嬢様を守っていくという使命がある。
お嬢様に好きだという気持ちを打ち明けたら、そんな関係が崩れてしまうのではないかという不安があった。お嬢様の側にいるためにも、気持ちを抑えておこうと決めていた。
でも、葵の一件があり、葵が俺への恋心を理由に生田萌となったことを知って、自分も本音を口にしなければならないと思った。長瀬葵として生きるように説得するためでもあったけれど、本当は自分の気持ちを伝えるいい機会だと思って、あのような形で自分の気持ちを言葉にしたんだ。
きっと、お嬢様はあの時の言葉を聞いて、俺の本音が何なのかずっと考えていたんだ。
「もっと、あのときにはっきりと言えば良かったですね」
「……いいの。真守の気持ちが分かって嬉しいから。真守がいつから私のことを好きになったのか分からないけれど、私はCherryの件を通して、気付いたときにはあなたのことが好きになっていたの」
「お嬢様……」
「……あなたのことが大好き。だから……」
お嬢様はゆっくりと目を閉じる。
そんなお嬢様の両肩を掴んで、俺はお嬢様とキスした。彼女の唇はとても柔らかくて温かい。そして、俺の心の中にあった理性が失われていくのが分かった。
「……お嬢様がほしい」
そんな本音が何の気もなしに言葉に出てしまう。俺を見るお嬢様の顔を見ると、そんな欲が膨らんでいく。彼女と出会ったときには、俺がこんな感情を抱くなんて想像できなかっただろう。
「……いいよ。私は真守のもの。だけど、真守は私のものだからね。だから、この先もずっと一緒にいよう?」
お嬢様はそう言うと俺の心を掴むように、再びキスしてくる。そんなことをしなくても、俺の答えは決まっているのに。可愛いよ、お嬢様。
「当たり前じゃないですか。だから、俺と付き合ってください」
俺の告白にお嬢様はより一層嬉しそうな笑みを浮かべる。
「……はい。結婚を前提にお願いします」
「気が早いですね。まだ結婚できる年齢ではありませんよ?」
「でも、そのつもりで葵さんに言ったんでしょう? 将来は私と結婚するって」
「……その通りです」
まだ16歳なのに結婚という言葉を使うのはどうかと思って、ああいう言い方をしたというのもある。
「……ねえ、真守。お願いがあるの」
「何ですか?」
「……凛と同じことがしたい。もちろん、無理矢理じゃなくて、真守がしたいと思ったときでいいから。真守と一番近くで、確かな関係でありたいの。真守のことが好きだって自覚したら、そのことが頭に浮かんじゃって。ねえ、いい?」
お嬢様は上目遣いで俺のことを見てくる。
「……そういう意味も込めて、お嬢様がほしいって言ったんですけどね」
「真守、じゃあ……」
「……お嬢様と同じ気持ちですよ」
「……うん」
それから、俺とお嬢様は欲望に身を委ねた。お互いに与え合い続ける。これからは主とSPなんていう堅い関係ではなく、互いに愛し合う男と女。
相手の気持ちに応えることがこれほどに愛おしいとは思わなかった。それはお嬢様としか味わえない特別な感情だった。熱い、気持ちいい、ほしい……全ての気持ちが『愛している』という言葉に昇華されていく。
「……真守、大好きだよ」
月明かりが照らすお嬢様はとても妖艶で、雅だった。
「俺もです、お嬢様」
俺達は身を寄せて、笑い合った。そして、今一度お互いの気持ちを確かめるようにキスをする。
そう、俺とお嬢様は恋人同士になったんだ。
それからは、俺とお嬢様のそんな関係は一度も悪化していくことなかったのであった。
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