第17話『昨日の理由』

 1時間目の授業中に都築さんが登校することもなければ、桜さんからの連絡が来ることもなかった。きっと、都築さんに対する事情聴取が長引いているのだろう。

 授業が終わると、お嬢様はすぐさまに俺のところやってきて、


「刑事さんから連絡はあったの?」


 と訊いてくる。都築さんが来ていない本当の理由を知っているからか、桜さんからの連絡あるかどうか気になっているみたいだ。


「いえ、まだ何も連絡はありません」

「……そう」

「まだ、10時にもなっていませんからね。きっと、今も都築さんに話を聞いているのではないのでしょうか」

「まあ、凛から話を聞くことができていればいいけどね」


 任意で事情聴取をするので、もちろん強制ではない。お嬢様の言うとおり、都築さんが桜さんに昨日のことを話すのを拒否している可能性もあるだろう。仮に事情聴取に応じても、都築さんが正直に話すかどうか。都築さんなら、桜さん相手でも適当にやり過ごしてしまうかもしれない。


「でも、桜さんのことですから、話が聞けなかったら、メールやメッセージを送ってくると思いますよ。それもないんですから、きっと彼女と話ができていると信じています」

「そうだといいね」


 お嬢様は少し口角を上げた。


「……ねえ、真守」

「何ですか?」

「……彼女のことはいいの?」


 そう言うと、お嬢様は未来の方を見る。どうやら、さっきの未来とのことも気になっているらしい。

 俺達の視線を感じたのか、未来はこちらに顔を向ける。俺と目が合うとすぐに顔を赤くして教室を出て行ってしまった。


「あんな感じですし、今はそっとしておいた方がいいかもしれません」

「……そうね」


 あのままどこかに去ってしまったら心配だけれど、朝に教室から走って逃げたときは、後で教室に戻って来たのできっと大丈夫だろう。あと、今日はこちらから話しかけるのは止めておいた方が良さそうかな。


「とりあえず、私達は待つことしかできないのね」

「そうですね」


 昨日のことについては、桜さんからの連絡がない限りどうにもできない。

 やがて2時間目の授業のチャイムが鳴り、お嬢様は自分の席へと戻っていった。また、未来も慌てて教室に戻ってきて自分の席に座る。都築さんは今も姿を現していない。

 そして、2時間目の授業が始まる。

 俺は後ろからお嬢様の様子を見ながら、授業に耳を傾ける。1人で勉強するよりもよっぽど分かりやすい。まあ、この内容はもう勉強したけれど。

 授業が始まってから20分くらい経ったとき、

 ――ブルルッ。

 スマートフォンのバイブレーションが鳴る。

 すぐに確認すると、新着のメールが1件届いていた。差出人は『日向桜』となっている。さっそく中身を確認しよう。


『都築さんの家に行って昨日の話を聞いてきた。

 昨日、事件当時にあの場所にいたことは認めたよ。だけど、理由についてはたまたま名栗に襲われている君を見かけただけだと言っている。こっちも粘ったけど、それ以上のことは話さなかった。だから、Cherryのことについては伏せておいた。

 都築さんはこれから学校に行くそうだよ。彼女には注意した方がいい。

 また、何か情報を得たらメールするよ。』


 メールにはそう書かれていた。

 なるほど、事件当時、現場近くにいたことを認めさせることはできたけど、それについての本当の理由までは話さなかったか。想定の範囲内だ。


『ありがとうございます、桜さん。彼女には気をつけます』


 桜さんにそう返信した。

 昨日、都築さんと話した限り、彼女は何かを企んでいる可能性が高い。きっと、あの場にいたことには理由があるはずだ。あと、桜さんの言う通り、都築さんには注意した方がよさそうだ。桜さんが事情を聴いたことで、都築さんを刺激してしまっているかもしれないし。

 それからは都築さんが来ないかどうかを気にしていたが、結局、2時間目の授業が終わるまでに彼女は来なかった。

 2時間目も終わり、10分休みに入ると、さっきと同じようにお嬢様が俺のところへとやってくる。


「真守、何か連絡はあった?」

「ええ、30分ほど前に桜さんからメールが来ました。都築さんと話すことができて、事件当時、あの場にいたことを認めたようです」

「そうなの」

「でも、それはたまたま名栗さんに襲われていた俺を見かけたからだと言っています」

「だけど、真守は違うと考えているんでしょう?」

「はい。彼女はきっと、何か別の理由であの場にいたんだと思います」


 その理由が果たしてCherryと関係しているかどうか。都築さんがCherryである可能性は否めないけど、あの写真や灰色のスーツの男を考えるとしっくり来ない。いったい、何が真実なのか。


「おはよう」


 都築さんが登校してきた。教室に入ると、俺のすぐ側まで歩いてくる。彼女は不適な笑みを浮かべていた。


「……昨日のことについて女の刑事に訊かれたわ。あなたが昨日、あの場に私がいたことを警察に話したんでしょ?」

「そうですが、何か?」

「やっぱりね。あと、彼女はあなたの知り合いだよね? あなたのことを真守君って言っていたから」


 さすがは都築さん。その辺の勘は鋭い。


「昨日のことをしつこく訊いてきて気に入らなかったから、ちょっとからかってあげちゃった。あなたのことが男性として気になっているのかって。そうしたら、まんざらでもない反応を見せてくれた。面白かったなぁ」


 都築さんは声に出して笑っている。あの桜さんに反撃するとは、相当肝が据わっているのか、それとも単にサディスティックな性格なのか。あと、桜さん……どうしてまんざらでもない反応をするんですか。


「……都築さん」

「なに?」

「あの場にいた本当の理由は何なんですか? 俺が襲われていたところをたまたま見かけたなんて嘘なんでしょう?」


 桜さんにも言わなかったんだから、俺が訊いても無意味かもしれない。でも、訊かずにはいられなかった。

 都築さんは笑顔のまま俺に顔を近づける。


「……あなたのことが気になるから」

「どういうことですか?」

「昨日言った通りだって。あなたを幸せにできるのは私だけ。だから、あなたのことを常に見ているから。覚えておきなさい」


 そう言うと、都築さんは自分の席に向かっていった。

 都築さんが発症の原因だからか、今もかなり体が震えてしまっている。彼女の匂いや温もりは本能的に受け付けないんだな。


「大丈夫? 真守」

「……何とか。ただ、少しでも長くあの状態のままだったら、気絶していたかもしれませんね」

「そう。いったい、凛は何を考えているのかな……」

「俺にも分かりませんね。ただ、今の話からして、昨日、学校を後にしてからのことは全て知られているかもしれません」

「じゃあ、まさか……ずっと後をつけられていたってこと?」

「その可能性はあるでしょう。その流れであの事件を目撃してしまったんだと思います」

「なるほどね。まあ、3年前のことがあったから、真守のことが気になるのかもしれないけれど……」

「本当にそれだけなのかはまだ分かりませんね」

「そうね」


 今の都築さんの話だと、お嬢様のことは眼中にないように思える。本当に俺だけが気になっているようだ。

 ただ、さっきの彼女の口ぶりだと、俺が死んでは困るように聞こえる。もし、本当にそうなら名栗さんに指示した黒幕とは異なる考えになる。

 どうやら、都築さんではない人がCherryである可能性も考えておいた方がよさそうだな。

 やがて、3時間目のチャイムが鳴り、お嬢様を見守る時間が再開するのであった。

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