第18話『招待-Party-』

 3時間目からもお嬢様のことを見守っていたけれど、特に何かが起こることはなかった。都築さんのことも気にしたけれど、他の人がいるからなのか変なことをするのはおろか、お嬢様や俺に近づくことすらしなかった。

 果たして、Cherryはこのクラスの生徒なのだろうか。名栗さんから渡された写真は休み時間に撮影されたものだろう。そうなると、1年3組以外の生徒やこのクラスに関わりのない職員の可能性も考えられる。


「そう簡単にはボロを出さないってことか……」


 名栗さんのことでお嬢様や俺が警戒しているだろうから、今日はあえて何も行動しないのかもしれない。下手に動けば怪しまれるし、もしCherryが都築さんじゃなかったら、彼女に対する俺達の態度を上手く利用するかもしれない。

 Cherryを捕まえるためにも桜さんが動いてくれているし、俺はお嬢様を守ることだけに集中した方がいいのかもしれない。追求することばかり考えてしまえば、昨日のように襲われてしまうかもしれないから。

 そんなことを考えていると、あっという間に放課後を迎えた。

 今朝のことが未だに影響しているのか、未来は終礼が終わると同時に教室を出て行ってしまった。未来には酷いことを言ってしまったから、近いうちに謝っておかないと。

 都築さんは俺のことを見るとちょっと不気味な笑みをして、そのまま何も言わずに教室を出て行った。俺のことが気になると言っていたけれど、あの笑みを見せられると不安しか抱けない。彼女がCherryでなくとも、何か変なことを企んでいることは確かだろう。


「真守。今日もお疲れ様」


 お嬢様が俺の目の前に立つと、爽やかな笑みを浮かべながらそう言った。


「お嬢様も授業お疲れ様でした」

「4時間目と終礼の時に何か怪しいことをしていた人はいた?」

「いいえ。……強いて言えば、都築さんの存在が怪しいのですが」

「……彼女は特別ね」


 お嬢様は苦笑いをした。

 正直、他の人が霞んでしまうくらいに都築さんが怪しい。さっきの笑みからして、昨日あの場にいたのはたまたまじゃないだろうし。


「あの、長瀬さん」


 気付けば、潤井さんがお嬢様の隣に立っていた。何かもじもじしているけど。


「何ですか? 潤井さん」

「……あの、これを受け取ってください!」


 潤井さんから淡い桃色のカードを受け取る。そのカードの真ん中に行書体で『招待状』と書かれている。


「俺を招待してくれるんですか? どんなことに招待していただけるのかさっぱり分かりませんが」

「ええ。毎年4月のこの時期に私のお屋敷で、お花見パーティーをやっているんです」

「えっ、この時期なのに関東で桜が見ることができるんですか?」


 遅くても半月くらい前には散っちゃう気がするんだけど。


「ソメイヨシノだと遅くても4月の上旬に満開を迎えてしまうんですけど、家のお屋敷には八重桜という種類の桜も植えられているんです。八重桜は今ぐらいの時期に満開になることが多いんですよ」

「では、桜を二度楽しめるということですか。いいですね」


 もしかしたら、ゴールデンウィークぐらいまで桜が楽しめるのかな。ともあれ、桜を1ヶ月くらい見ることができるのはいいな。


「私も小さい頃から毎年このパーティーに行っているの」

「そうなんですね」

「今年は長瀬さんがいるので、由衣ちゃんと一緒に来てくださいね」

「ありがとうございます。お嬢様と一緒に伺おうと思います」


 花見か。そういえば、書店に入社してすぐに親睦会という名目で花見に行ったな。まさか、それから1ヶ月弱でまたお花見に行くことができるとは思わなかった。


「……誘ってみて良かったです」


 そう言って、潤井さんは嬉しそうな笑顔を見せる。


「まあ、招待状がなくても彼を連れて行くつもりだったけど。ありがとね、愛莉」

「気にしなくていいよ。私が誘いたかったんだもん」

「……そう。今夜は真守と一緒に行くからね」

「うん、楽しみにしてる」


 お嬢様は元々、今夜は俺を連れて潤井さんのお屋敷に行くつもりだったんだ。Cherryのことで不安はあるけれど、毎年恒例のことだからなぁ。お嬢様や潤井さんが楽しめるように精一杯にSPとして動かないと。


「すみません。私、パーティーの準備を手伝わなければいけないので、これで失礼しますね」

「うん。また、夜会おうね」

「準備頑張ってください。また、夜に会いましょう」

「はい!」


 すると、潤井さんは急いで教室を出て行ったのであった。色々と主催側は大変なんだろうなぁ。


「それにしても、真守に招待状を渡すなんて」

「彼女の優しい性格が出ているじゃないですか」

「そうね。愛莉らしいかも」

「そういえば、俺のことを連れて行こうとしていたんですね」

「あ、当たり前じゃない。真守は私のSPなんだから」


 お嬢様は恥ずかしそうな様子で俺から視線をちらつかせる。


「……一緒に行ってくれるよね? こんな状況だし、真守が一緒じゃないと愛莉のところに行けないの」

「もちろん行きますよ。それに、潤井さんにも言ったじゃないですか。お嬢様と一緒に伺うと。お嬢様が楽しめるように、俺がお嬢様のことを守りますから」


 お嬢様専属のSPとして当然のことだろう。

 それに、個人的に潤井さんのお屋敷がどんなところなのか凄く気になるし、八重桜は見たことがないから一度は見てみたい。


「……わ、私達も帰りましょ。くるみを待たせちゃいけないし」


 お嬢様は俺のスーツのジャケットの袖を掴んで歩き出す。その際、俺のことは見ようとはしなかった。

 手ではなく、袖を掴んだのは俺のことを考えたからだろう。そのおかげで、お嬢様に引き連れられている間、症状が出ることはなかったのであった。

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