第15話『痛み』
4月26日、土曜日。
今日も快晴で、日差しがとても温かく感じる。
私立宝月学院高等学校は土曜日も授業があるということで、今日もくるみさんのリムジンに乗って登校する。昨日の約束通り、帰りもくるみさんに送ってもらうことになっている。
俺とお嬢様はリムジンを降り、1年3組の教室へと向かい始める。
「いたたっ……」
背中が痛み、思わず声が漏れてしまう。昨日、名栗さんに襲撃されたときに、背中を思い切り外壁に叩きつけられてしまったからな。あと、名栗さんに蹴られた左の脇腹にも痛みが残る。
「やっぱり、今でも痛む?」
お嬢様は心配そうな表情をして俺に訊いてくる。
「はい、まだ痛みが残っていますね。ただ、温泉に入ったからか昨日よりはマシになりました」
正直、温泉に入る直前が一番痛かった。きっと、温泉に入っていなかったら痛みのせいで禄に眠ることができていなかっただろう。
「それなら良かった。そういえば、昨日はくるみにリハビリしてもらったのよね。どんな内容だったの?」
「え、ええと……か、肩に頭を乗せられました」
「えっ」
お嬢様の歩みが止まり、頬がほんのりと赤くなっている。
「そ、そんなことしてもらったの?」
「お嬢様に手に握ってもらったと言ったら、それよりも更に進んだことをした方がいいだろうということで」
「……だから、私が訊いても教えてくれなかったのね。くるみ、顔が赤くなってたし」
「くるみさんもハードなことをしてしまったと言っていましたから……」
くるみさん、お嬢様に言えなかったんだ。あのとき、俺に対してドキドキしているって言ってたからなぁ。寄り添って肩に頭を乗せるなんて、ワンステップどころかテンステップくらい進んだことだろうし。
お嬢様は不機嫌そうな表情をして、俺のことを見る。
「……真守がやれって言ったわけじゃないんだよね?」
「ええ」
「だったらいいよ。でも、くるみにそんなことをしてもらったんだったら、今夜は覚悟してもらわないと」
お嬢様は意地悪そうな笑みを浮かべながら俺にそう言った。昨日以上のことが待ち受けているなんて不安しかないよ。
俺達は再び1年3組に向けて歩き出す。
「それにしても、誰が名栗に命令したのかな……」
「一応、昨日の一部始終を見ていた可能性があるということで、都築さんが捜査線上には上がっていますが」
「私達が見つけた瞬間、凛は逃げたからね。その可能性は否定できないか」
そう。ポイントは俺達に気付かれたことで立ち去ったこと。その行動には何らかの理由があると考えられる。果たして、名栗さんがちゃんと俺を殺せているかどうかを見守るためだったのか。
「それについては桜さんに任せておきましょう。今日、話を聞くと言っていましたし」
「……桜さんって、だれ?」
お嬢様の目つきが恐い。
「あれ、話しませんでしたか? 3年前の事件で担当してくれた女性の刑事さんです。昨日の事情聴取も彼女が担当してくれたんですよ」
「い、今の話し方だとその刑事さんと親しそうじゃない。警察官のことを名前で言っちゃってるし」
「3年前にお世話になった方ですからね」
ただ、名前で呼ぶのは桜さんによる脅迫じみたお願いもあってだけど。昨日、桜さんがああいう風に接したのは俺と3年ぶりに会ったからだろう。
「……まあ、そういう人が知り合いにいるのは心強いよね」
「そうですね」
桜さんはやり手の刑事さんだ。彼女にはCherryのことを伝えておいたから、警察の方で何か情報を得てくれるかもしれない。
「あっ、ということは凛が今日、学校には来ないかもしれないってことね?」
「どうでしょう。桜さんはできるだけ早く話を聞きたいと言っていましたからね。遅刻して登校するかもしれませんよ」
都築さんは桜さんに本当のことを話すかどうか。たまたまいただけだと押し通しそうな気もする。まあ、それは桜さんに任せよう。
気付けば、1年3組の教室の前に辿り着いていた。
果たして、この教室の中にCherryがいるのだろうか。名栗さんが受け取った俺の姿が写る写真は、ここで撮影されたものに間違いない。昨日以上に緊張感を持ってお嬢様のことを守らないと。
俺とお嬢様は1年3組の教室に入る。
俺とお嬢様が入ってきたことに気付いたのか、潤井さんが俺達のところにやってくる。
「おはようございます、由衣ちゃん、長瀬さん」
「おはよう、愛莉」
「おはようございます、潤井さん」
昨日話したけど、潤井さんがこんな近くに立つとやっぱり緊張する。段々と体が震えてきた。
「あっ……」
体の震えが背中や左脇腹に伝わってまた痛みが。これ、地味に響く。
「大丈夫ですか?」
そう言うと、潤井さんは俺の両脇腹をさすってくる。そうしてくれるのは嬉しいけど、潤井さんの豊満な胸が当たっているんですけど。
「こうやって、痛いの痛いの飛んでいけってやればきっと治りますよ」
「そ、そうですか……」
きっと、俺の表情を見てどこか怪我をしたと思ったんだろう。こういうことをしてくれるのは嬉しい限りなんだけど、これ以上潤井さんに近づかれたら、症状がどんどん悪化してしまう……!
「愛莉、そうしてくれるのは嬉しいけど、真守は打撲しているからあまり触らない方がいいの」
「そうだったんだ。ごめんなさい、長瀬さん」
潤井さんは申し訳なさそうな表情をして、俺から一歩下がる。
「いえいえ、気にしないでください。そのお気持ちはとても嬉しいです」
助かった。お嬢様のおかげで何とかなった。お嬢様もほっとしている。
「でも、打撲ということは何かあったんですか? SPですから、由衣ちゃんを守るために怪我をしてしまったとか?」
「……まあ、そんな感じです。暴漢に襲われてしまいまして。まあ、ちゃんと取り押さえて警察に突き出しましたので大丈夫です」
実はお嬢様ではなく俺が狙いだったということは言わないでおこう。
今の俺達のやりとりをCherryはどこかで見ているのだろうか。次の作戦でも考えているところなのだろうか。
「……その話、本当なの? 真守君……」
振り返ると、登校してきた未来が立っていた。彼女は真剣な表情をして俺のことを見ている。
「真守君が襲われたって話、本当なの?」
「……あ、ああ……そうだけど」
ど、どうしたんだ? 未来がこんなに殺伐とした雰囲気を醸し出しているなんて。いつもの彼女と違う。こんな表情をするのは、俺が高校に進学しないと言って猛反対されたとき以来だ。
「……辞めて」
「えっ?」
「九条さんのSP、辞めて」
未来がそう言うかもしれないって分かっていた。それでも一瞬、耳を疑ってしまったのだ。
「どうしてそんなことを言うんだ」
「だって、九条さんを守るために怪我をしたんでしょ? さっき、何だか痛がっている顔をしているのも見たよ」
「……そうか。でも、俺はお嬢様のSPを辞めるつもりはないよ。お嬢様のことを守っていくって決めたんだ」
「ダメ! それでも辞めて!」
美来の気迫のある声に身震いした。ただ、頑なにSPを辞めさせようとする未来の姿勢に対して、俺は苛立ってしまう。
「どうしてそこまで辞めさせたがるんだよ!」
「好きだから!」
そう言う未来は頬を赤くして、目を潤ませていた。
「真守君のことが好きだからだよ! 好きな人に苦しい想いをさせたくないって思うのは当然のことじゃない!」
大きな声でそう言って涙をボロボロとこぼした。未来は教室から走り去ってしまう。
俺はすぐに未来を追いかけようとする。しかし、
「うわっ!」
教室を出ようとした際に生徒とぶつかってしまう。
俺はぶつかってしまった生徒のことを抱き留める。こうやっても何も症状が出ないということは、ぶつかった生徒は男子ってことか。
「ご、ごめんなさい!」
俺はぶつかってしまった男子生徒の顔を見た。ただ、その顔を見て驚いてしまう。なぜなら――。
「に、兄さん……?」
3年前の事件で死んでしまったはずの兄の顔が、目の前にあるのだから。
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