第4話『SP』
九条さんから見せられた封筒には『Cherry』と書いてある。Cherryってサクランボのことだよな。名前からして女子っぽい。
「このCherryさんが差出人ですか?」
「……ええ。肝心なのはその中身よ」
「……見させていただきます」
封筒には二つ折りの白い紙が入っていた。その髪を取り出して開いてみると、
『価値のないものは消える運命にある Cherry』
という文章が書かれていた。ちなみに、この文章は手書きではなくパソコンで作成した文書を印刷しているもののようだ。
「価値のないもの、とはどういうことですか?」
「……きっと、数年前の耐震強度偽装の件と絡めているんだと思うわ」
「ということは九条さんの命が狙われているとは限らないのでは?」
九条建設や九条家に対する脅迫状であるとも考えられるだろう。
しかし、九条さんは首を横に振った。
「……違うわ。これは私に対する手紙だと思う」
「どうしてそう思うのですか?」
「高校の私の下駄箱に入っていたから。九条建設や九条家に対してなら、海外にいる父のところに届けられるはずだから」
「九条さんのお父様は海外にいるんですか?」
「ええ。母は10年前に死別して、中学生の妹もイギリスに留学しているわ。今、ここに住んでいるのは私とくるみだけ。あとはたまに女性スタッフが来るくらいで」
「そうなんですか……」
九条さんも母親を亡くしているのか。
九条さんの言うとおり、九条建設への恨みであれば、会社の方か九条さんのお父様宛へと送るのが自然だろう。
「……娘を人質にするということは考えられませんか?」
海外で勤務しているんだ。まずは娘である九条さんを人質にとって、お父様や会社から謝罪させたり、金銭を要求したりするということもあり得そうだ。
「おそらくそれはないと思う。あくまでも標的は私じゃないかしら」
「どうしてですか?」
「女の勘よ」
「……そこで勘を信じてしまいますか」
「だって、私の下駄箱に入っていたのよ! 会社に用があるなら、せめてお屋敷のポストに入れるべきだと思うわ! 門にもあるんだから!」
「私にキレられても困るんですけど……」
ううっ、女性が怒ると恐ろしい。脚が震えてきた。
ただ、九条さんの言いたいことも分かる。わざわざ下駄箱に入れるということは、確かに九条さんを狙っている可能性が高そうだ。
「……お父さんが耐震強度偽装を指示したわけじゃないのに。なのに、みんなお父様一人のせいにするんだもん。お父様は何も悪くないのに……」
「……でも、お父様は社長ですからね。何かあったら責任を取る立場です。その問題が重大であるほど」
実際には何人かの社員が耐震強度偽装に直接関わっていたらしいけど、謝罪をしたのは社長である九条さんのお父様だった。その映像が何度もニュースやワイドショーで流れたため、『耐震強度偽装については全て社長が指示した』という間違ったイメージが世間に定着してしまった。
その後、九条建設の誠実な対応によって、裁判沙汰になることはなかった。
現在は再び信頼を取り戻し、世界有数の建設会社になっている。ただ、被害者の中には今でも恨んでいる人がいるという噂もある。
「九条建設への恨みという線も捨てない方がいいと思いますが」
「真守もお父様が悪いって言うの?」
「そういうわけではありません。ただ、人の心に絶対というものはありません。予想もつかない状態にもなりますから。私だって、まさか女性恐怖症になるとは微塵にも思ってなかったですし」
「真守……」
「……私がSPとして九条さんをCherryから守ります」
そのCherryという人間が男性ならいいんだけど、Cherryという名前からして女性のような気もする。女性だったら嫌だな。
「それに、どんな理由があっても、人を殺めようとしてはいけないのです。九条さんのためだけではなく、Cherryのためにもあなたを守り通します」
俺の家族は交通事故で亡くなってしまった。事故を引き起こした犯人を何度恨み、殺したいと思ったことか。だけど、殺したところで何にもならないし、法律に則って裁かされたのだから、と何とか割り切ることができた。
「……真守をSPにして正解だったようね。その志は立派なものだと思う」
九条さんは微笑みながらそう言った。
「……あの、九条さん。その手紙を出したCherryが誰であるか。心当たりはありませんか?」
九条さんを守る身として、心当たりでもあると護衛しやすい。
「学校の下駄箱に入っていたから、私の通う
宝月学院、って財閥の子息も多く通っている私立高校か。そういえば、俺の従妹も宝月学院に進学したんだっけ。もしかしたら学校で会えるかもしれない。
「九条建設がデザイン、設計をしたお屋敷もあるからね。そこに住んでいる生徒が今も恨んでいる、という線もあり得るね」
「そうですか」
下駄箱に入っていたという話から、やっぱりCherryはお嬢様のすぐ近くにいる可能性が高そうだ。これは常日頃から細心の注意を払っていかないといけないな。
「まあ、そういうことだから明日から学校でもよろしくね、真守。女子が結構多い学校だけれど、頑張って」
「そうですか。分かりました、よろしくお願いします」
「私も最大限のサポートをさせて頂きますね」
「ありがとうございます、くるみさん」
SPを採用した背景には色々と複雑な事情があって、何よりも女性恐怖症のことで不安なことだらけだ。でも、九条さんやくるみさんとならSPとして職を全うできそう。俺なりに頑張っていくしかないか。ただ1つ、九条さんが言っていた女性恐怖症を克服するためのお2人のサポートが不安だけれど。
こうして、九条由衣さん専属SPとしての生活が始まるのであった。
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