第2話『夏八木くるみ』
呼び出し音が鳴り響いた直後、屋敷からメイド服姿の女性が出てきた。遠くの方だったけれどそれは分かった。さっき、電話に出た人かな。
その女性がこちらに近づいてくると、とても可愛らしい顔立ちをしていて、赤色のロングヘアが印象的な女性であると分かった。ああ、段々と足が震えてきたぞ。それと冷や汗が出てきた。
「あの人が電話に出た方なのかな……」
メイド服姿の女性が自分の方に近づいてくるので今にも逃げ出したいが、そこは理性を最大限に働かせて何とか踏みとどまる。
メイド服姿の女性は正門の扉を開けて、優しい笑顔を見せてくれる。
「あなたがさっき電話を下さった長瀬様ですか?」
「……は、はいっ! そ、そうでございますともっ!」
こうして女性と顔を合わせて話すのはやっぱり緊張するな。ましてや、彼女のような美しい顔立ちの女性だと尚更だ。どうしても視線がちらつき、全身から汗が流れ、言葉も思うように出すことができない。
そのような俺の醜態も、メイド服姿の女性は単に緊張しているだけだと思っているのか笑顔を崩すことはない。
「そこまで緊張なさらなくてもいいのですよ?」
「あっ、そ、その……すみません」
「やはり、面接ということで緊張されているのでしょうか? それとも、この広いお屋敷を見て?」
「まあ、そういうところでしょうかね……」
本当は面接よりもあなたに対して緊張しているのです。
女性恐怖症のことをあまり口外しないように心がけている。挙動不審とも思われる俺の反応が女性恐怖症のせいだと知られると、相手の女性を傷つけてしまいそうで恐いから。
「今日は面接、よろしくお願いします」
呼吸を整えてから、俺はそう言った。
「ご応募ありがとうございます、長瀬様。申し遅れました。私、九条家に仕えるメイドの
やっぱり、ここのメイドさんだったんだ。ということは、採用されればこの人と同じ職場で働くことになるのか。女性と一緒に働くからそれなりに不安はだけれど、夏八木さんは優しそうだし、ここなら大丈夫そうだ。
「それでは、面接会場までご案内します」
俺は夏八木さんについて行く形で、九条家の敷地に足を踏み入れた。
これだけ豪華だとまるで異世界に来たようだ。何もかもが珍しくてキョロキョロしてしまう。自分の住んでいる古いアパートと同じ市内にあるとは思えない。
夏八木さんはそんな俺を気にしていないようだった。
お屋敷に入ると、俺はリビングのような場所に通された。
「こちらのソファーにお座りください。由衣様が帰ってきたら面接をしましょう」
俺は夏八木さんに指示されたとおり、すぐ側の長いソファーに座る。受験者が座るものとしてはおそらく最高級のものだろう。少なくとも俺が今まで面接試験で座ってきた椅子の中では一番豪華だ。
「ところで、由衣様というのは?」
「
「ということは、私と同い年なんですね」
「同い年、なのですか?」
夏八木さんのきょとんとした表情を見て、履歴書の存在を思い出した。夏八木さんに履歴書を渡す。
夏八木さんは俺から渡された履歴書をじっくりと眺めている。
「なるほど、長瀬様は16歳なのですね。私はてっきり大学を卒業されていると……」
「使用人志望のスーツ姿の男性を見れば、そう思ってしまうのも仕方ないことだと思います。……あの、夏八木さんに1つ訊きたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「ど、どうして俺の隣に座っているんですか?」
いつの間にかくるみさんが俺の隣に座っていたのだ。女性恐怖症の俺に気づかれずに座ることができるなんてなかなかのお方。メイドさんとしてのさりげなさなのか、くるみさんの持っているステルス性が凄いのか。
俺は少しずつ夏八木さんから遠ざかる。
しかし、俺が離れた分だけ夏八木さんが近寄ってくる。
「由衣様が帰ってくるまで一緒にお話しようと思いまして。長瀬様と同じ目線の高さである方がいいかと思って……」
「な、なるほど。しかし、どうして私に近づこうとするんですか?」
「長瀬様が遠ざかろうとしているからです」
そんなことを話しているうちに、ソファーの端まで後ずさりしてしまう。どうしよう、逃げられない。逃げたい。
女性に迫られることは、女性恐怖症の症状が酷くなりやすい行為だ。夏八木さんにこれ以上近づかれると、防衛本能で彼女を傷つけてしまうかもしれない。それが俺の最も恐れていることだった。
しかし、後ずさりしすぎてしまったためか、夏八木さんは悲しそうな表情で俺のことを見る。
「もしかして、私のことが嫌いなのですか?」
「そ、そんなことありませんって」
俺がそう言うと、夏八木さんは嬉しそうに笑った。
「それなら良かったです。私は普段、由衣様が学校に行かれている間はずっと独りなんです。だから、長瀬様と一緒にお話がしたくて……」
「……そうだったんですか」
こんなに広いお屋敷で一人きりというのは結構辛そうだな。夏八木さんが俺と話したがるのも頷ける。
「あの、長瀬様。お願いがあるのですが」
「はい、何ですか?」
「長瀬様のことを下の名前で呼びたいです。なので、私のことも名前で呼んで頂けると嬉しいのですが」
「分かりました。あと、強いて言えば、私のことは様付けしない方が……」
「かしこまりました。それでは、真守さん」
「……く、くるみさん」
目の前にいる女性の名前を呼ぶのはかなり緊張する。思わず心臓から口が……じゃなくて、心臓が口から飛び出そうなくらいに。
手が触れるんじゃないかというくらいにくるみさんが近づいているので、彼女の甘い匂いが香ってきて心臓に悪い。鼓動が激しさを通り越して痛く感じる。
「真守さんとこうしていると、何だかドキドキしてしまいますね……」
「……ソ、ソウデスネ」
棒読みで答えることが精一杯。くるみさんにドキドキされると、連鎖反応でこっちまでドキドキしてしまうんだ。その意味合いは全く違うだろうけど。
ああ、誰でもいいから助けてくれ! そう思ったときだった。
――ガチャ。
部屋の扉が開くと、廊下から制服姿の金髪の女の子が入ってきたのであった。
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