3-6 もうこの際端的に言えば全裸

 そして目を開けると、既にあの古い家はなく。

 そこには見慣れない天井があるだけだった。

 何が起きたのか理解できず、しばらくの間、僕は呆けたように蛍光灯の青い光を見つめていた。

「起きたようだな」

 冷えたコップを頬に押し付けられた時に似た感触。椿教授の声だった。

 顔以外の全身を包み込む、温かい液体の中に手を泳がせる。底らしき場所に触れると、僕は静かに身体を起こした。

 自分が浸かっている、液体のような金色――妖精達が零す“エッセンス”で満たされた実験槽を見やりながら。

「……僕は、眠ってたんですか?」

 だとすれば、やっぱりあれは夢だったのか。

「ふむ。データを検証してみないことには、はっきりしたことは言えないがね」

 手元のモニターに目を落とす教授は、強化ガラス一枚を隔てた向こうの研究室にいた。

 二つの実験槽が並ぶ実験室は、ガラス以外の三方と天井と床の全てに鉄板が打ち付けられている。仮に“エッセンス”が暴走したとしても、収拾が付きそうなぐらいには頑丈そうだった。

「……少なくとも、君と泉は、ようだ」

 それはどういう意味ですか。

 と、僕が口に出すより先に。

「――あー、待ってよー!!」

 隣の実験槽から、激しい音を立てて“エッセンス”が飛び散った。

「あれ? あれ、あっ、ねえセンセー! わたし、妖精さんに会ったよ! あと、ゆきちゃんもいたの! 妖精さん、ゆきちゃんの知り合いで、わたしのこと偽物だって言うから、わたしね、わたしね」

(……妖精)

 蝶の翅を背負った美少女の写真を取って、百人に見せたとしたら、恐らく皆が口を揃えてそう答えるだろう。僕だってそうする――相手が彼女・・でなければ。

 僕の記憶の中で、果たして彼女はあんな姿だっただろうか。あんな風に笑っただろうか。いや、もしも彼女が、記憶の再現ではなく、本当に実在・・しているのだとしたら――

 そんな風に考えを巡らせながら、僕はそれが激しい現実逃避であることに気付いていた。

 というのは、多分、恐らく、椿教授の推測は正しいと直感したからで、その、つまり。

「落ち着け、泉。それは恐らく夢じゃない」

「え? そうなの?」

 僕と泉は、ほんの先程まで、一糸まとわぬ、生まれたままの、風呂に入るときと同じような、間違ってもそう簡単に異性に見せてはいけないような、もちろん年頃の男女が見せ合うにはそれなりの理由が必要な、もうこの際端的に言えば全裸で向かい合っていた訳で。

 僕は力いっぱい叫んでその場を逃げ出したかったのだけれど、それは泉があげた予想以上に黄色い悲鳴と――

「――――」

 何故か、名状しがたい罵声をあげた才子と、投げつけられたバスタオルによって、阻まれる形になった。

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