第2話

「――はい、それではおさらいしてみよう。君は誰?」

竜頭京子りゅうず きょうこ。15歳の高一」

「出身は?」

「……日本。横浜」

 神奈川と言わないのは、何か拘りでもあるのだろうか。

「胸のサイズは?」

「Bの70」

「ここはどこ?」

「………………オルトゥミアっていう異世界」

「うん、記憶に関しては問題ないかな」

 透は満足そうに頷く。

 大事な個人情報も聞き出せたので満足だった。

 目を覚ました少女――京子に、真庭透まにわ とおるは彼女の置かれた状況を手短に説明していった。

 反対に彼女自身についての聴取も済ませ、最終確認が終わったのが、今。

 彼女の語る単語はどれも、透にとって馴染みの深いものばかり……間違いなく、彼女も日本からやってきた人間と断定していいだろう。

 “彼女も”――そう、透も。

「でも、話が早くて助かったよ。真顔で異世界だの何だのって説明して、頭の具合を心配されたらどうしようかと思った」

「……アレがなければ、そうしてたかもね」

 そう言って、彼女は視線ですぐ脇を指し示す。

 数メートル離れた場所で死んでいる、象ほどもある狼の死骸。

 ついさっき彼女を助けるために倒したそれが、皮肉にも説得に一役買ったらしい。

「さて、と」

 最低限、状況の理解をしてもらえたところで、透は立ち上がり、未だ座り込んだままの京子に手を差し伸べた。

「とりあえず、近くの村に行こう。まずはそこで体を暖めないと」

 何しろ、雪に埋もれて眠っていたのだ。今のところ体の異常を訴えてはいないが、大事を取って医者に診てもらうに越したことはない。

 京子の表情にはまだ硬さが残るものの、最終的には逡巡しながらも頷いて、おずおずとその手を重ねてくる。

 いい判断力だ、と透は素直に感心する。環境の変化に翻弄されてパニックに陥ったりはしていない。

 信じる信じないは後回し。とにかく今、冬山で雪にまみれているこの状況を何とかする。

 京子の顔に踏ん切りの色が浮かんだのを確認すると、彼女の手を引いて立ち上がらせる。

 そのまま踵を返して雪の斜面を下り始めると、一呼吸遅れて京子も追ってきた。

 先に山を下りた姉妹のものだろうか。雪に残った足跡を辿っていくと、次第に傾斜が緩やかになり、木々の群れが不意に途切れて視界が開けた。

 その先に、木製の高い柵に囲われた集落が見える。

「あー、そうだ。その前に」

 透は、村まであと一足というところで思い出したように振り返り、

「服、脱いでもらわないと」

と告げた。

「……は?」

 目が点、という言葉がぴったりだった。

 勢いで押し切るように、透はそのまま捲くし立てる。

「とりあえずそのコートは無いかな。下、どんな服装? コートを着てるってことは向こうでは冬だったのかな? だとすればそれなりに厚着してると思うし、ここで脱いじゃってよ」

 できるだけ自然に、世間話のついでのように提案する透の配慮も空しく、一気に警戒レベルを引き上げた京子は腕で体を庇いながら後ずさる。

「な、何言い出すのいきなりっ!?」

 威嚇するように大声まで張り上げられてしまった。彼女が防犯ブザーを携帯していなかったのは幸いだったが、とは言え放っておくとそのまま元の山まで逃走しそうだ。

 山狩りはさすがに面倒だな、と思った透は、

「いや、今から村に寄るんだけど、その格好じゃ入れてもらえそうにないっていうか……多分、とんでもないド変態が村にやってきたみたいな扱い受けると思うよ」

と弁明する。

 しかし透を見る京子の目付きは、既に対性犯罪者用のそれだった。

 まあそりゃそうか、と透は嘆息する。

「……ごめん。さすがに意地が悪すぎたかな」

 降参とばかりに両手を挙げ、苦笑を浮かべながら言葉を付け足していく。

「この世界はね、簡単に言えば僕らの世界とは女性の羞恥心が反転してるんだ。つまり今の君みたいな厚着は、日本で言うと白昼堂々全裸で歩いてる痴女みたいな格好なんだよ」

「ちっ……!?」

 いささか品のない単語だっただろうか、京子は耳まで真っ赤になる。

 だが、透の語ったのは嘘偽りのないこの世界の現状だ。

 先程の姉妹の服装も、胸と腰にゆったりとした布を巻いただけ。さすがに手足は丈の長い手袋や靴下のようなもので保護していたが、こんな場所では不純な気持ちよりもまず寒々しさが気になってしまうような装いだった。

 とは言え、じゃあ全裸がいいのかというと、さすがにそこまでは行かないらしい。そこら辺の感覚というか機微は未だに透にもよく分からないでいる。

 日本では裸で出歩けば警察のお世話になるが、かといって着膨れするほど重ね着した上に皮手袋とフルフェイスヘルメットを装着しても別の意味で警戒される。それと同じようなもんだろう――と、透は勝手に解釈していた。

 要するに、何事もバランスということだ。

 “今の”この世界の女性が恥ずかしくないと思う格好は、ちょうど透にとっても目のやり場に困りすぎず、それでいてふとした拍子に見えそうで見えない秘密ゾーンがチラチラと存在を主張してたまらない……そんな絶妙な按配。

 そう、バランスなのだ。

「それにしても……恥ずかしがるのか。やっぱ向こうの人には影響ないのかな」

「え?」

「いや、何でもない」

 ぼそりと呟いた言葉に反応されるが、透は適当に誤魔化した。

「とにかく、村に入るには不審に思われない程度まで脱いでもらわないと。全裸になれとは言わないからさ。寒いかも知れないけど、少しの間我慢して」

 やや強い口調で透が言う。それでもしばらく躊躇うような気配が伝わってきたが……結局、最初から折れる以外の選択肢はないのだ。

 京子は悔しげに歯噛みしつつも、観念したのかコートのボタンを一つずつ外していった。




「――それは、大変でしたのう。しかもトール様には、村の娘たちが命まで救っていただいたとか」

 二人は村で最も大きな家を訪れ、長老と名乗った老爺に一通りの事情を説明した。既に話は通っていたらしく、長老は深々と頭を下げて礼を述べてくる。

「いえ、当然のことをしたまでです」

 毅然と答える透とは対照的に、京子は居心地が悪そうにもぞもぞと身を捩る。

 京子の服装は、門の前であらかじめ“整えて”おいた。

 コートとセーターは脱ぎ、ブラウスの前のボタンを全て外している。

 前が全開なので、必然的にブラが見えてしまっている。羞恥か屈辱かで顔を真っ赤にして俯きながらも、必死に耐えているらしい。

 下はと言うと、スカートだけは死守。しかし厚手のタイツは脱がざるを得ず、この寒い中素足を晒す羽目になっていた。

 服自体は着ていたそのままなので、露出を上げようとするならば必然的に半脱ぎのような状態になる――それが何らかの行為を想起させ、透としては堪らないものがあった。

 隠すに隠せない悩ましさが自然と京子の息を荒げさせ、平均的ながら形のいいバストとシンプルなブラジャーを上下させる。

 ついつい視線を釘付けにしていると、人が殺せそうな怨念の篭った目で睨み返された。

 ともかく、京子の我慢の甲斐あってか、村人たちは見慣れないデザインの服に戸惑いこそすれ、なんとか変態扱いはされずに済んでいるようだ。

 村の長老も彼女の葛藤などどこ吹く風と、厳しい声で話を続ける。

「しかしまさか、スコールがこの辺りにまで降りてきておったとは……」

 魔雪狼スコールは通常、険しい山の奥深くに潜む。たまに何かの理由で麓の集落近くに現われると、最悪その村を滅ぼすとまで言われており、山に住む人々からは特に恐れられている魔物だ。

 それを一人で討伐できるような人間は、決して多くない。

「こんな時にトール様がこの村を訪れてくださっておったのも、アリアーテ様のお導きということでしょうかな。まことにありがたいことですじゃ」

 長老は再び頭を下げる。

「ともあれ、まずはゆっくりとお休みになってくだされ。すぐに温かい食事を用意させていただきますのでな」

 そういうことになった。

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