キャストオフ・スペル
@negi_qely
第1話
雪が深々と降り積もる。
なだらかな山の斜面は白銀に塗り潰され、まっさらなキャンバスと化していた。そしてそのただ一点、ポツリと黒い染みのように何かが横たわっている。
それを見つけたのは、二人の少女。
姉妹だろうか。背の高い方の少女が先に立ち、雪に足跡を刻みながら駆け寄る。
「……女の人?」
「死んでるの、おねえちゃん……?」
おっかなびっくりといった様子で、後ろから背の低い少女が尋ねる。
姉と呼ばれた少女はひとしきり様子を探ると、かすかに安堵の色を滲ませて言った。
「息はあるみたい……だけど……」
姉妹は戸惑っていた。
倒れている少女。その、奇矯な服装に。
二人の目が、落ちているゴミを見る時のそれになった。
「……へんたい、なのかな?」
「変態かもしれないけど……ほっといたら、死んじゃうわ。村まで運びましょ」
二人は心底イヤそうに、両脇から少女を抱え上げ、山を下り始めた。
空腹による行き倒れか、それとも滑落か。
いずれにせよ、冬の
とにかく村に戻って、お医者様に診せる。後はどうにかしてくれるはずだ。
そうなるはずだった。
『グルオォォォォ――』
二人の背後から、雪山を揺さぶるような低い唸り声が轟くまでは。
ビクリと肩を震わせ、姉妹は恐る恐る首を巡らせる。
「ひっ……」
そこにのっそりと姿を現していたのは、木立を優に上回る大きさの獣だった。
「――エイレ! 走って!」
竦んだように硬直する妹に鋭く叫んだ姉は、自らも足を動かす。
だがスコールは女の足で……それも気を失った人間を担いで逃げ切れるような相手ではないことくらい、彼女も知っていた。
――せめて、エイレだけは。
この行き倒れを見捨てて、妹だけでも逃がそうかという選択が頭をよぎった時――
再び、枯れ木の合間に反響する声があった。
「《アクセル》《へイスト》《ギャロップ》!」
新雪を蹴散らし疾風のように、それが割り込んでくる。
それは、人だった。
まだ少年と言ってもいいだろう。村の男たちに比べれば小柄な背格好。
コートともマントとも付かない黒い服の裾をたなびかせ、少年は右手に握った長い木の棒――杖を掲げ、獣と対峙する。
しかし獣は闖入者のことなど意にも介していないのか、牙の並ぶ顎を開き一直線に飛び掛かってきた。
そのまま少年の頭上を飛び越え、当初の獲物……柔らかな女の肉に喰らいつくつもりだったのだろう。
しかし――
「《レイ・ランス》!」
少年の正面。杖で指し示す方向に一直線、一条の光が迸った。
その、ただの一撃で。
巨狼は地響きを立ててくずおれ、一拍置いて純白の雪に赤い染みが広がっていく。
腰を抜かし、へたり込んでいた姉の口から、呆然とした声が漏れる。
「魔術師……さま……?」
その問い掛けに振り返った少年は、苦笑を浮かべ手を差し伸べる。
「怪我はない?」
「は、はい……私と妹は大丈夫です! でも、この人……」
抱えた行き倒れの女性を指し示し、事情を説明する。
少年は、改めて行き倒れの全身を眺める。
フードとファーの付いたコートを着込み、脚には厚手のタイツとブーツ。
彼にとっては見慣れた装いだが……なるほど、この姉妹の様子がおかしかったのも無理はない。
「……君たちは、麓の村の人だよね? この人は僕があとで運んでいくから、先に戻って寝かせるところを準備しておいてくれないかな」
姉妹に指示を出すと、二人は素直に頷き、去っていく。
その背を見送り――残ったのは、魔術師と呼ばれた少年と、意識を失った少女。
「さて……」
しゃがみこむと、頬をべしべしと叩く。
「おーい。起きろー。おーい」
余りに執拗な往復ビンタが鬱陶しかったのか、
「う、うん……?」
呻き声とともに、行き倒れの少女は目を覚ます。
「お、起きた。大丈夫? 僕の言葉が分かる?」
息がかかるほどの近さで少女の顔を覗き込みながら尋ねる声に、やや朦朧としながらも頷く少女。
「……あなたは……?」
擦れた誰何の声に、少年は微笑みながら答えを返す。
「僕はマニワ・トオル……ねえ、君も日本から来たんだよね?」
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