第2話出会いと始まり

 アメレイの国は南に美しい海があるため、他の国との貿易で栄えた国である。それと同時に、海は敵国が攻めてくる場所にもなる。そのためアメレイの国の軍事力は他の国より軍を抜いて強い。

 ただ、アメレイの国が他の国と違っている点は、代々、王は女が務めることになっているという点である。

 女が国を治めると言うだけで馬鹿にする国も出てくるが、女王の前に一度姿を現し、会話するだけで女王の聡明さ、女王の女王たる威厳を知ることが出来る。

 アメレイの国は経済力、軍事力ともに西の大国と引けを取らず、国民は王を信頼し王は国民を信頼する望ましい国内状況である。


「シャルロット姫様お待ち下さい。勝手に抜け出しては従者の俺が王女様から叱られます。」

「大丈夫よ、ヒロト。私、どんな危険な盗賊や追い剥ぎが現れても勝てる自信があるわ。それに貴方もいてくれるんでしょ。」

 街外れの草原で馬が二頭走っている。

 どちらの馬もよく手入れがされていて、遠目かでも美しい毛並みが見える。

 前を行く白い馬には黄金色の髪を後ろでひとつに束ね、海のような青い眼をした少女が乗っている。そして後ろの黒い毛並みの馬には栗色の髪を短く切りそろえた男が一人。青い眼をした少女とは違い、男の眼は萌黄色をしており夏の新緑を思わせる色をしていた。

「確かにシャルロット様はお強いですけど、もしなにかあった場合は対処が遅れてしまいます。」

「もしもってなに?。まだ起こるかわからないことを心配してもただ疲れるだけよ。」

 青い眼をした少女はアメレイの国の第一王妃継承者、シャルロット・グレイス。

 そしてシャルロットとともに馬に乗っている男はヒロト・ルカリエ。シャルロットが幼少の頃から仕え、今ではシャルロットの良き話し相手となっている。

 ヒロトは剣の腕を買われシャルロットに仕えることになった。何でもこの周辺の国で一番の腕を持つ者に弟子入りし、剣の道を進んできたという。

「ですが、第一王妃継承者が勝手に城を抜け出したとなっては、城の者も、心配します。さらに何かあったとなれば一国を揺るがす大事になります。」

「はぁ。ヒロトは心配しすぎよ。それに悪者が襲って来たらヒロトも私も腰に差した剣があるじゃない。ヒロトは私の剣の腕を信用してなくて?」

 心配するヒロトをよそにシャルロットは草原の風を浴びて楽しそうな笑みを浮かべて答えていた。

 ヒロトとには敵わないがシャルロットも剣の腕が立つ。

 それは一国を背負う王女としての幼少期からシャルロットが学んで来たものだった。他にも乗馬や礼儀作法、学問もそのうちに入るが体を動かす事が好きだったシャルロットは剣の稽古には人一倍才能を発揮した。

「シャルロット姫、一体どちらに行こうとしているのですか?」

「わたしは桜が見たいの。一年中咲いているこの国の丘の桜が。」

「わざわざ城を抜け出さなくても...。」

「遠くからでもあんなに美しいのに。近くで見たらきっともっと美しいでしょうね。」

「ですが姫。あそこには、」


「知ってるわ。人喰いの鬼がいるんでしょ。だから、近づくことを禁止されているの。」



 丘の上には一本の大きな樹が花を咲かせていた。今は初夏で本来なら桜の季節は終わってしまっているが、薄桃の色の花がひらひらと風に舞って、丘の地面をも薄桃の色に染め上げている。


「やっぱり綺麗ね。」


「そうですね。なぜこの桜は一年中咲いているのかとても気になります。」


「今、この景色に疑問を抱くなんて不粋よ。花は咲いて散るのが運命。今の一瞬を懸命に咲いているの花にそれは失礼だわ。例えその花が一年中咲いていても。」


「そうですね。」


「本当に人喰いの鬼なんで出るのかしら。今もこの通り誰も居ないし。」


「確かに、私たち以外の気配もしませんね。」


 2人が咲き狂う桜に魅入っていたその時。

 一陣の強い風が吹き、桜の花びらがより一層激しく舞う。


 そして風と共に現れたかのように、そこには一匹の鬼が。

 髪も肌も白い。

 伸ばされた髪から見える瞳は血のような紅。


 シャルロットとヒロトはその場に立ち尽くす。突然現れた鬼は狂い咲きの桜の中、立ち尽くした2人に目もくれず桜の樹に腰を下ろす。

 先に動いたのはシャルロットだった。シャルロットはゆっくりと鬼のところまで歩いていく。

「ねぇ、貴方が人喰いの鬼?」

「シャルロット様!!」

 もちろんヒロトは止めたのだが、それを聞く姫様ではない。仕方がなくヒロトは剣を握りいつでも斬りかかれる体勢をとる。

「お前は誰だ。」

 声を掛けられた鬼はゆっくりとシャルロットのほうを向く。発せられた声は低く、それでも澄んだ綺麗な声だった。


「わたし?わたしはシャルロット・グレイスよ。」


「、、、グレイス。この国の女王か。」

 グレイスの姓を持つ事を赦されるのはこの国の女王の家系のみ。この国の事を知っているのであれば、この国の王の家系なのかは名前を聞いて一目瞭然だろう。


「ええ。でも、まだお母様がいるから、わたしは王位継承の資格を持っているだけよ。」


「、、、グリエス・グレイスを知っているか。」

鬼がグリエスの名前を言う時、血のような紅い瞳は微かに揺れた。

シャルロットを見据える紅い瞳は寂しさや哀しさを秘めていた。シャルロットはその瞳の中にあるものと同じような感情を知っていた。

大切な人を失った寂しさや哀しみを知っていた。

だからだろうか、同じような感情を持っているからだろうか。不思議と目の前に佇む、髪も肌も白く血のように紅い瞳を持つ鬼を恐ろしいとも思わなかった。

「グリエス・グレイスはわたしのお祖母様の名前よ。」


「何故、お前がグリエス様の名前を知っている。」

 ヒロトは鋭い視線を鬼に向ける。何故、人喰いと呼ばれる鬼はシャルロットのお祖母の名前を知っているのか。

 何か何かはわからない繋がりをヒロトは感じた。また、この鬼に自分と同じ匂いを。


 鬼はシャルロットに向けていた視線をヒロトにうつす。淡々と何か想いを宿した瞳をヒロトに向ける。

「お前は、この姫の近衛兵か。」

「そうだ。」

「なら、主からは決して手を離すな。何があってもだ。、、、俺のようにはなるな。」

「どういうことだ。」

 ヒロトはきき返すが、鬼はこれ以上興味がないというかのように、桜の間から見える青空を見上げ応えることはなかった。




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独りぼっちの鬼と王女の話 雪代すい @yukisiro_aki

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