第2話「1日違いの境目」

「今年で16歳になったって言ってたよ?ねえ、優也、どうして4月1日生まれは学年が一つ上なの?ずるいよ」

「お前……。自分が4月2日生まれだからって……」

(そんな法律あったっけ?)

すると、優也はおもむろにスマホを鞄から取り出し、器用に操作し始めた。

「あ、”人は誕生日の前日が終了する時、午後12時に年を一つとる”らしいぜ。だから、4月1日生まれは”年をとる”。だから、学年が一つ上になる、と」

「そ、そんな決まりがあったなんて」

今まで4月1日生まれの人と巡り合ったことのない私には初耳だった。

「ま、ドンマイとしか言いようがないな」


そして昼休み、またも彼に会うことになった。

「朱音、パン買ってこい」

「いいよ。どうせ私も買い行くところだったし」

「寝坊したから作ってないのか」

「だから、今日は玉子焼きもないからね」

「ちぇ、寝坊なんかするなよ。俺のための玉子焼きだろ」

寝坊しない限り、私はいつも玉子焼き入りお弁当を作っている。

私の作る玉子焼きは、味にうるさい優也からも絶賛されるほどの美味しさなのだ。

だから、今日みたいにお弁当を作って来れないと、優也は膨れる。

「はいはい、明日はちゃんと作ってくるから。じゃ、購買行ってきまーす」

お金の入ったがま口財布を片手に、教室を出る。

1階昇降口の近くにある、人が群がっている場所こそ購買だ。

私もその中にのめり込み、なんとか二人分のパンを買うと、教室に戻る。

「はい、買ってきたよ。焼きそばパンで良かったんだよね?」

「ん」

パンと引き換えに、ちゃんとパン代を払ってくれる。

教室の片隅で買ってきたパンを優也と食べる。

早海はやみ、例のが呼んでるぞー」

丁度パンを食べ終えた頃、クラスの男子が私を呼んだ。

転校生と言えば、今朝の彼しかいない。

(なんだろう)

教室の扉から顔を覗かせると、背の高い彼が立っていた。

「今朝はありがとう」

「あ、はい」

「……」

「……」

(なに、この沈黙。てか、これだけ?)

「先生が、校内の案内頼めって」

「わ、私に?」

コクンと頷いた。

(なんで学年の違う私が選ばれたんだろう)

「だめ?」

「い、いえ!案内します!今からでもいいですか?」

休み時間はまだ十分ある。

「うん」

教室を出て、私は校内を案内し始めた。


「ここが視聴覚室で____ここが理科室……」

「……」

「あ、あの、そういえば名前はなんていうんですか?」

いつまでも無言な彼に尋ねた。

瀬名渉せなわたる

「肌、白くて綺麗ですね。髪も、生まれつきですか?」

雪のように白い肌、銀色の髪。

「……が北欧の人」

「え?」

「母が北欧の人だから、僕にもその血が流れてる。それだけ」

「そうなんですか」

「……」

「……」

「君の名前は?」

「私は、早海朱音です。まさか、だとは思ってもみませんでした」

「4月1日は早生まれに入るみたいだから」

「私も初めそのこと知らなくて、同じ学年なんだと思ってました」

「僕も思ってた」

でも違った。

「私、4月2日生まれなんです。先輩の1日後です」

「そう」

興味なさけだ。

「あのあと教室に行ったんですか?」

私が職員室まで送り届けた後の事を聞いた。

(もうHRは終わっていたみたいだけど、早速授業に参加したのかな)

「行ってない。ずっと図書室で本読んでた。先生もそれで良いって言ってたから」

「本読むの好きなんですか?」

「あっちでは、ずっと本読んでたから。多分好きなんだと思う。知識を得るのは世界が広がって面白いよ」

「どんな本を読んでたんですか?」

質問をしないとあまり喋らない先輩に、質問を繰り返した。

「いろいろ」

「高校には通ってたんですか?」

「行ってない。中学は、10歳の時に卒業した。それからは、ほとんど家に籠ってることが多かったから。大学も、行く資格はあっても行ってなかった」

「家に籠ってて、寂しくなかったですか?」

「どうして?」

「どうしてって。家に籠ってたってことは、とかと話したり遊んだりもしなかったんですよね」

「友達なんていないよ。周りは皆年上ばっかりだったし、話してもつまらなし」

「……寂しい人ですね」

「そうかな」

「なので、私と友達になりませんか」

「どうして?」

「学年は違いますけど、折角同い年なんですから。とにかく、今までと環境は全然違うと思います。友達はいた方が良いですよ」

「じゃあ、友達で良いよ。でも君、友達ってなんだか知ってる?」

「えっと……」

急に聞かれてもなかなか出てこない。

友達って、自然にできるものだし……。

「互いに心を許し合って、対等に交わっている人とか、親しい人のことを示してるんでしょ?」

「まあ、そうですね」

「なら、今日初対面の僕達が友達になるのことはできない」

「これから、親しくしましょう。そうして、今じゃなくても、そのうち友達になれれればいいじゃないですか」

「……君がそう言うなら、それでいいんじゃないかな」

先輩が私に心を許してくれる日がくるのかどうか不安だ。

だけど、なんとなく……本当になんとなく、この人に関わりたいと思った。

ただそれだけなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る