似住

 僕がコアと決めた机の上に甲斐甲斐しくゆっくりと荷解きをして、パソコンやら通信機材を取り出して不格好に準備をしていると、恵さんと母が部屋に入ってきた。

「あら、そういう作業大変なんだから待てばいいのに。」

「配慮してくれる気持ちはわかる。けれども、病気は待ってくれないから。あぁ、僕のことなどどうでもいいけどここの人たちにも早く溶けこまないと。」

 そう言うと最近の恵さんは何も言わずに阿吽の呼吸で作業を手伝ってくれる。母も昔に比べると口を出すより僕に任せてくれることが最近増えたように感じる。何かをなす時には自分が一定の方向を見つめないと手伝う方も途方に暮れるのだろうか? そんなこと今まで考えたことなかったな。

 頭のなかでは色々なことがぐるぐる回っているが、手先だけは長年の経験から勝手に動くようで、荷解きをしてくれた機材から僕はパズルを組み立てるようにどんどんと接続をして、電源を入れられるものからセットアップした。母は、おもに生活用品をまとめてくれた。

「そういえば、お昼ご飯の時間ね。私ちょっと買出しに行ってくる。もしかしたら事務所に何か材料があるかもしれないし。」

 そう言うと恵さんは、綺麗に畳んだダンボールをもって事務所に歩いて行った。母も大方の作業が終わったようで、ふぅと大きな息をついた。

「まだ冷えてないぬるいお茶ならあるけど、どうする?」

と聞いてみた。流石にコーラの自動販売機などここにない、と思ったらこの建物の裏側にあった。先ほど伊東くんから教えてもらったらしく、ちゃっかりかばんからコーラを出して勝手に飲み始めた。なんだか、この前きた時は随分と田舎だったような気がするのに、この建物と一緒に文明の利器が授けられたらしい。

 労働契約書での福利厚生に当たる部分なのだろう。そして、のんびりと文庫本を取り出してどっかりとベッドに腰掛けて読み始めた。

 僕は、配線が終わったものから電源を入れ、チェックを始める。パソコンは2台。それぞれに、メジャーなOSは入っているが僕が一番触れることになるであろう機材に関しては入念なチェックをした。まだ、通信回線が整っていないから十分なことは出来ないのだけど一通りまともに動作するようだった。引っ越しによるダメージ無し。

 次に僕はここに住んでいる人にパソコンの使い方を学んでもらうかもしれないので、初心者から便利に使ってもらうため位の手順を組み、カリキュラムを簡単にメモ書きしていった。果たしてどれくらいの人が参加してくれるのかわからないけど、一人でも要望があれば誠実に向き合わないといけない。

 少ないステップで最大効率を。

 そんな方針が固まれば、後は経験から流れがスルスルと浮かんでくる。具体的には絵とか図をたくさん使わないといけないけど。


 そんなちょっとした作業をすると恵さんが戻ってきた。

「畑で取れたそば粉があるから、蕎麦を打ってくれるんだって。まさに引越しそばね」

「引越しそばは、引っ越してきたものがみんなに配るものだよ。」

「あれ? そうなの。全然知らなかった。でもなんで蕎麦なのかしらね?」

「側に引っ越してきた、という昔の人のダジャレなんだよ。」

「またまた、からかってもダメよ。」

 その時、本を読んでいた母が、

「いや、それが嘘みたいだけど本当なのよ。江戸時代からの風習。」

「お母さんが言うなら、間違いないのね。」

 恵さんは、照れ隠しなのか頭をポリポリと掻いた。

「まるで、僕が言うことが適当みたいだ。」

「まぁ、いいじゃない。」

 僕は大きなため息を一つついた。ため息、息を吐くことはストレスの緩和と関係があるらしい。

「入居の飯田さんが昔お店をやっていて、ここにきた時に蕎麦を植えたのね。正直、量はあんまり取れないみたいだけど、それでも私達がお腹いっぱい食べるくらいはあるみたい。飯田さんもこのところふさぎがちだったみたいだけど、蕎麦を打つと決まったら張り切っていたみたいよ。」

 そんなの、こちらが申し訳ないな、と思いながらも僕もそうだけど人って自分の得意なことをやれると思うと張り切ってしまう。それが生きがいであったりもするので、素直に甘える事にした。

「さて、あなたはまだ機械をいじっているつもり?」

「いつまでも、と言うつもりはないけど。ところで、ここ電気はきているみたいだけど電話とか回線ってどうなってるんですか?」

 僕は部屋を見渡してみたが、電話線を差しこむような場所もないので途方にくれていたのであった。

「そこなのよねぇ。工藤の社長は二つ返事でわかったと言っていたんだけど。……どうなっちゃったのかな。……ははは。」

 ……ははは、じゃないよ。一番大事じゃん、と思っていた。

「もしかして、さっき服をタンスにしまうときにその裏側にTVアンテナの差込口みたいなのがあったから、それかしら?」

 忠実にものを以前の部屋と同じにおいていってくれた伊東くんは、しっかりとこの部屋の重要な配線口まで塞いで行った。もしやと思い、机の裏とかベッドの裏も確認すると電源先込口が丁寧にもう一つあった。そして、僕らはうんざりとしながらものの配置をこの部屋に合うように移動するのだった。

 ひとしきり作業が終わる山木さんが蕎麦を持ってやってきた。

「あら、すっかり片付いたのね。さすが恵さん。片付け名人ね。」

 こんな出来事があって、我々が汗だくになっている後では皮肉にしか聞こえなかったけど悪意は無いのだろう。僕らはありがたくお礼を行って蕎麦を頂いた。

 テレビもラジオもセットされていないこの部屋で、ただ疲れてしまった僕等はおとなしく蕎麦をすすった。ただ、蕎麦の啜る音だけが辺りに響いていた。


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