夜のニュースはいつもと変わりのないものだった。政治家の金銭絡みの汚職、誰かが電車に飛び込んで多くの人が足し止めを食らったこと。そして、最近は簡単にであるが、今日の自殺者数を公表するようになった。もちろんそれは遺書が残っている場合や自殺が明らかであると警察が判断したものである。よって、高速道路のトンネルの壁にブレーキ痕もなくぶつかったり、何の支度もしていないような軽装の登山者が遭難したりして死去した場合の数字については、カウントされていない。あくまでも、事故や遭難扱いだ。

 もしかしたら、大切な人のために命と生命保険を引換えているのかもしれない。限りなくグレーな状態だが、遺書もなければ追求しようがなく、支払われていくのだろう。

 もしも、そうした事故までを厳密に追求して白黒つけたとしたらもっとたくさんの人数が自殺者としてカウントとされるようになるのかもしれない。2008年頃自殺者の累計は3万人を超えていたが、この数字は決して減ることもなく、増加の一途をたどっていった。それに対応する政府の政策は無きに等しかった。むしろ生産性の低く、税金や年金を年除されている人間が淘汰されることで、ねらい通りの政策を実施しているようにも感じた。もちろん、主観的にそんな風に感じるだけだけれど・・・。

 不定期に寝ているせいで、今夜は余りよく寝られない感じがした。睡眠導入剤も指示された以上の量を毎日飲んでいたから既に無くなっているし・・・。仕方がないので今夜は本腰を入れて、部屋の中を片づけることにした。どちらかというと身辺身辺的な意味合いが強いように感じた。

 まず、普段ずっと使い続けるものと、おそらく置いているだけで今後思い出さない限り使うことがないであるものに線引きをした。そして、その中から少しでも価値のあるものに関しては、ネットのオークションで売約することにして、携帯のカメラで写真を撮りまくった。

 あと、大きめのものはネットオークションでの郵送で面倒な思いをするので、近くのリサイクルショップのサイトにアクセスして出張見積もりをしてもらうための予約を入れた。

 そこからは、価値も付きそうにない過去の写真や、何故か残っている大学の時のノートとか、ボロボロに使い込んで英語の辞書、着なくなってしまった時代遅れの服、たくさんのスーツなど、それらを順次部屋の脇の方にきちんとたたんで寄せていった。

「段ボールが必要だな・・・」

 そんな風に思ったが、あいにく無かったので、そのうち近所のスーパーから余ったものをもらい受けることにしよう。

 そうして、深夜ラジオを聞きながら、素早いペースで整理をしていく。昔だったら、

「あー、これって、将来使うかもしれないなぁ・・・」

 などと悩みながらも、思い出にひたり、いつまでたっても終わらない分別をしていったのだけれど、今回の場合は整理に対する方向性があまりにはっきりしているのでとても素早いものだった。今現在毎日使っているもの以外は、すべて不要、という明確な方向性があるからだ。もちろん、懐かしいものに目を触れるとノスタルチックな気分になることもあったが、僕はあえてそういう感情を押し殺し、ひたすら部屋の片隅に追いやっていった。

 整理の途中で、特定のカテゴリに属するものが存在した。自分の趣味に関する物品である。毎日使い続けるものはよいのだけれど、そうでないものもある。そこで、僕はノートを1冊取り出して、この使ってないカメラはアイツにあげようとか、このバラバラになったジャンク部品パソコンはアイツにあげて有効活用してもらおうとか、それはまるで「自分の意志を付した形見分け」のような作業だった。

 同時に、これは僕が死亡した時の案内状になるはずだ。母や父に、誰が友人だ? とか困らせることもないし、絶対に来て欲しくない人を排除することもできる。死してまで会いたくないヤツというのは確かに存在するものだ。・・・かつての会社の上司とかね。


 新月である漆黒の闇が、次第に紫色に変ってくること、大体の物品の整理ができた。あぁ、懐かしいな。紫色の空。僕が大学にいた頃は、部室で夜通し楽器の練習ばかりをしていて、窓からよく同じような色合いの明け方と夜中の中間の空をしんみりとした気持ちで眺めていたものだった。

 それは、将来に対する明確な希望を持つことができなかった僕の心の色を表しているようで、とても共感のもてる色合いだったのだ。

 さて、オークションに出すためにパソコンで色々と作業をしなければいけなかったが、さすがに疲れを感じてきたので部屋の適当な場所に横になってそのまま眠りについた。当然、寝るためにいつもらったわからない適当な精神安定剤を3錠くらい服用した。

 眠りはすぐに訪れた。


 昼頃、とんでもない「ピンポン♪」の連打によって僕は起こされた。

 ・・・どこの失礼な新聞勧誘員よ?

 と、不機嫌になりながらも布団から起きあがろう落としたら、今度はドアを世間様にはばかることなくドスドスと叩き始めた。

「はいはい、はい。今出ますから、それ以上叩かないでくださいよ。」

 そういって、僕はきわめて不用心にドアを開けた。ドアを開けた瞬間に凶器をもった強盗がいて刺されてもかまわなかったし、どのみち強盗が持って行って満足してもらえるような金目のものなんて無いんだ。僕に怪我をさせて、且つ金目のものが無くて強盗傷害や、強盗殺人で捕まっていく犯人のことを想像すると、とてもざまあみろ、と言う感じで僕はそれが楽しかった。

 しかし、ドアを開けるとそこに居たのは母だった。

 開口一番母は言った。

「あんた、全然連絡が付かないんだけれど。」

「・・・あ、あぁ。電話は壊したし、携帯電話は水の中に放り投げた。」

「・・・全く、何子供みたい事しているの?」

 へーへー、スイマセンね。どうせ僕は子供ですよ。

 そう思っているうちに、母はズカズカと部屋の中に入ってきて、ちゃぶ台式のテーブルのところに勝手に座布団をもってきて座り込んだ。

「なにかのむ?」

 と僕が尋ねると、母は勝手にカバンからコーラを取り出して独りで飲み出していた。何となく肩すかしを食らった僕は、自分用にノンカロリーのコーラを冷蔵庫から出して母の向かい側に座った。

「・・・何か用事あったの?」

僕は尋ねる。

「あんたがリヴィング・ウィル法に申請しないように監視しに来た。」

「……。」

「申請を辞めて、治療を受け始めるまで帰らないからね。」

「……てか、ご自宅はどうするの?」

「あの人に事情を話して、出てきた。」

 あの人、つまり母の内縁の夫である。

「……。止められなかったの?」

「……無視。てか、自分の子供の命が危ないという状態で止めるような人なんて普通は居ないのよ。」

 かつての日本では、と母は付け加えた。

「それで、治療に行ったの?」

「まだ。」

 僕はコーラをのんきに飲みながら、返答する。

「何で早く行かないの?」

「・・・色々と考えるところがあって。」

「治療してから考えろ。」

 そういったかと思うと、母は席を立ち、僕が昨晩整理した要らない服の中から寝間着やタオルなど入院に必要と思われるものを取り上げ、同じように捨てようと思っていたバッグに詰め込み始めた。

「あのさ、ちょっと待ってくれない?」

 母は手を止めない。

「今、医者や役所ときちんと相談して居るんだ。手術で治るかもしれないと言ったって、大変なんだぞ。」

 それでも母は手を止めない。

「生き残ろうとしても、抗ガン剤など必要だし、苦しいのには変わりがないんだ。」

 絶対に母は手を止めない。

「わかったよ、治療の方向で考えるから2~3日、ゆっくりさせてくれないかな? もしかしたら、病院から出られない可能性だってあるんだし、やりたいことだって少しはあるんだ。」

 母は手を止める。

「必ず2~3日で、入院しなさいよ。そのために必要な書類や知識は全部調べてあるんだから。とにかく理屈じゃなくてリヴィング・ウィル法なんて申請させないからね。」

「わかったから、今日のところは要らないものを整理する時間が必要だし、余分なものを引き取りにリサイクル屋が来るんだ。落ち着かないから今日のところは帰って欲しい。」

「絶対だよ。」

 母は1分ほど僕をにらんで、そして、何事もなかったようにカバンをもって帰っていった。

 それに僕は圧倒された。今まで見たことの無いような母の姿でもあった。


 僕はスッカリ静かになった部屋の中で、パソコンを立ち上げ、時計やら、丁寧に作り上げたプラモデルや、その他楽器の類、色々なものをオークションにあげた。締め切り日は母との約束が気になったのか3日後に設定した。別にもうけるための出品じゃないし、有効に使ってくれる人に手渡したいので、

「大事に使ってくれる方に、」

と添え書きをしておいた。条件も送料、振り込み手数料は僕持ちという形にしておいた。

 やがて、リサイクルショップの担当者がやってきて、食器棚やタンス、テレビ、ステレオセットなどを丹念に査定して、見積書を僕に提出した。僕は、適当に金額に目を通して、それらの大型家具、家電をもっていってもらった。まるで引っ越しの最終段階のように僕の部屋はすっきりとしてしまった。部屋にあるのは毎日使うものだけである。とてもシンプルな生活だ。まるで自動車期間工で寮に放り込まれた時のような圧倒的なあっさりな感じが漂っていた。

 少し、空腹を感じたので僕は近くのコンビニ行き、カロリーメイトと缶コーヒーを買いに行った。戻る途中で郵便受けを見ると、封書が1通入っていた。僕は忘れかけた郵便受けの解除番法を思い出すため、財布の中をごそごそ探し、メモを開いて何とか施錠を解いた。

 封書の裏を見ると、柏木恵、と書いてあった。

「・・・あぁ、リヴィング・ウィル反対の左翼姉さんだ。」

 そう思って、再び鍵を閉め僕は部屋に戻る。

 とても丁寧な字で書かれた封書を、僕は不器用に乱暴にちぎって開封する。そして、中の手紙を読む。


「私のこと覚えているよね? 約束通り手紙を出しました。

 あした、どうせ暇でしょ? 1時にあなたの家の近くの西側のコンビニの駐車場で待ってるから、来なさいね。以上」

 ……。

なんだこの適当な手紙は?

 しかし、怒るのも面倒だし、元はと言えば電話で済むような用件を自分で電話を封印したためにこんなあほらしい手紙を受け取る羽目になってしまったのだから、怒るに怒れない状態だった。非常な脱力感を感じたので、僕はラジオを付け、カロリーメイトを缶コーヒーで流し込み、そのまま仰向けにひっくり返って眠りについた。改めて言うまでもないが、精神安定剤のオーバードーズのおかげで眠りは突き落とされるようにすぐにやってきた。ほんの刹那、

「いい加減、歯を磨けよな。」

 と自分に語りかける声が聞こえたが、すでに眠気の方が勝利していたので無視して眠りに落ちた。

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