-相棒を追って-
――あれは確か四日位前の話だったと思う。
魔導武具大会が近いからって理由で学園の鍛錬場に入り浸っていたる最中に、アイツが俺の家に尋ねてきたのが、だ。
その時は悪い事をしたなって思ったけど、どうもあいつは俺じゃなく
……今考えればあの時もう少し詳しい話を聞いていれば、今より少しは楽になったかもしれないと考えると、後悔ばっかりが浮かんでくるから不思議だった。
……――まったく、あのヤローは一体どこに居やがるってのか。
俺は思いつくままに、アイツが良そうな場所を探していた。
探して、探して――今のところ悉く空ぶっていた。
「――ここにもいねぇ」
見るからに小難しそうな分厚い本が、これでもかってくらいぎっちりと詰まった本棚の合間合間を見て回っても、あの特徴的な真っ黒頭は見つからなかった。
いっつもあちらこちらをうろちょろしている奴だけれど、今日に限っては何処を探しても見つからない。
自然に零れた舌打ちが、静かな部屋に響いた気がした。
もうかれこれ二
こんなに時間がかかるって初めから分かっていれば、そもそもアイツを探すことさえしなかったかもしれない。
というか、それは今も同じで、もうあきらめて大会に向けての鍛錬を再開しようって考えも浮かんできたけれど、俺はその考えを頭を振って追い出した。
ぶっちゃけると、既に俺の中で引っ込みがつかなくなっているのだ。
……――こうなったら何が何でも見つけてやるっ。
俺はそんな風に息巻きながら、マルクス学園の図書室を後にした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――うん? 誰かと思えばカムテッドではないか。何時にもまして荒々しいな。頼むから部屋の扉を壊してくれるなよ?」
何時もより強めにドアを開いてしまった事は、俺自身何となく分かった。
ラディウスさんはそのことを開口一番に言ってきたけれど、俺は其れを無視して問いかける。
「――ラディウス先生。アルクスの奴を見てないっすか? 大会前にあいつとちょっと話しておきたいんすけど、どこにも見当たらなくて」
「アルクスか――生憎だがアイツが今どこで何をしているかは、私は知らんよ――そもそもここ数日私もアイツの姿を目にしていない」
手に持ったカップの中身をスプーンでクルクルとかき混ぜながら、ラディウスさんそう言い返してきた。
そんなラディウスさんの意外な返答に、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
「はぁっ? だってアイツついこの間まで卒業試験の為だとか何とか言って、ラディウス先生の処に入り浸ってたじゃないっすか!」
「ああ、それはそうなんだが――何でも急だがやることが出来たから、暫くの間ここには来れないと本人が言いに来たぞ? あれは確か三日前くらいだった筈だ」
「三日前……」
アイツが俺の家に尋ねてきたのが四日前だったから、殆どすぐその後ってことなんだろう。
少し時間の開いた情報ではあったが、何気に俺が入手した中では一番最近のモノだった。
「――因みにっすけど、その後どこに行くとかって聞いてたりは?」
「悪いがそれ以上の会話はしなかったものだからな――私に聞くよりもアルクスの実家に行った方が早いのではないか?」
「あー、いや、それはいっちゃん最初に行きました。おばさんの話だとアイツ家にも帰ってきてないらしいっす。なんでも暫く集中してやりたいことがあるとか言ってたらしいっすね」
「ふむ、そうなのか――」
俺の話を聞いて何やらを考え込むラディウス先生。
この人の事だから、きっと俺なんかじゃあ及びもつかない事を考えていることだろう。
このままこの場所に留まっていれば妙案を授けてくれるかもしれないとも思ったが、何かと多忙なこの人にいきなりそんな事を頼むのは何かが違うような気がした。
そもそもアイツを探しているのは俺なのだ。
ごちゃごちゃ考えていたところで埒が明かねーし、とりあえず足を動かすことにした。
「兎に角俺は心当たりを探してみるっす」
「――ん? ああ、頑張れよ。アルクスが見つかったら、此処に一度顔を出すように伝えておいてくれ」
「はいはい、了解っす。そんじゃ、失礼しました」
俺は入ってきた時と同じく勢いよく扉を開き、先生の研究室を後にした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次に俺が直感に従って向かったのは、俺たちが二人でよく利用している冒険者ギルドの建屋だった。
普段よく行く場所だったからこそ、自然と足が向いたのだが、入口の扉を勢いよく押し開けて中に飛び込んでみても、アルクスの姿は何処にもなかった。
どうも俺はまたしても外れを引いちまったらしい。
――その事実に俺はガックリと肩を落とした。
「――勢いよく飛び込んできたから誰かと思った。いったいどうしたの? カムテッド君」
そんな俺にかけられた声は一つ。
少しだけ警戒しながら声のした方を向いてみれば、声の主は毎度お世話になっているギルドの受付嬢のアルト姉さんだった。
このギルドに在籍している職員は数いるが、こんな風に俺たちに気軽に声をかけてくるのは二人だけだ。
一人目は言わずもがな、この人アルト姉さん――聞いた話実はこの人は凄腕の魔導士でアルクスの魔導の師匠らしい。
そんな訳でアルクスとコンビを組んでいる俺にも良くしてもらっていた。
声をかけてくれた人がこの人で良かったと、内心ほっと一息。
……――いや、よく考えれば今の状況で気軽に声をかけてくれる人なんてこの人位しかいないのだろう。
気軽に声をかけてくれる人は確かに二人だけど、それはアルクスと一緒にいる時に限った話だった。
どういう訳か、もう一人の方が俺の事を嫌っているっぽい。
あの人に何かをした覚えはこれっぽっちもない――と言うか嫌われる理由自体も正直分からなかった。
普段は可愛いねーさんなのに、スゲー勢いでメンチ切ってくるもんだから正直かなり苦手だった。
――そう考えると、今気軽に話の出来る
……――うん、ありがたやー、ありがたやー
「……あの、カムテッド君? いきなり私の事を拝み始めるのはやめてほしいんだけど」
「――おっとそうだった。こんなことしてる場合じゃなかった。アルト姉さん、いきなりで申し訳ねーんすけど、アルクスの野郎を最近見て無いっすか? ちょっと探してんすけど、見当たんなくて」
「アル君? うん、会ったよ。二日前くらいに」
そうやら俺の勘も満更でもないらしい。
「ホントっすか!? 因みになんで!?」
「うん? 二日前って私が非番の日だったんだけど、家でゆっくりしてたらアル君がいきなり訪ねて来たんだよ。そういえばちょっと様子が変だったかな? あの子私が出迎えるなりいきなりすごい勢いで私に言ってきたんだよ。本を貸してくれーって」
「本っすか?」
「うん、本だね。勢いにだったから思わずうんって言っちゃったんだけど。本を貸したら貸したでまた凄い勢いで飛び出して行っちゃったんだよね。――ねえカムテッド君、アル君に何があったか君は知らない?」
「いや、ちょっとわかんねーっすね。俺も最近アイツと会ってないんで。だからこそこうして探してるんすけどね。――因みにアイツどこに行くか言ってなかったっすか?」
「いやー、何せ急なことだったからね。私もあの子がどこに行くかは聞いていないよ」
「――そっすか」
折角有力な情報を掴んだと思ったのに振り出しに戻ってしまった。
結局分かったのはアイツの足取りだけだ。
俺は思わずガックリと項垂れた。
「――あっ、でも行き先だったら多分わかるよ? あくまで憶測だけどね」
「へっ? でも、何にも言ってなかったんじゃ」
「あ、うん。確かに何にも言ってなかったんだけど。あの状況から判断するに、恐らくあの子が持って行った本に関係する場所だと思うんだ。特徴的な本だったしね」
――思わぬ情報だった。行き詰った今の俺にはまさしく天の助けかと思った。
「憶測でもなんでもいいんで。お願いします。教えてくださいっ」
「あ、う、うん。あの子が持って行ったのは魔導具作成についての本と、武具の種類に関する本だったから。細工屋か若しくは鍛冶屋だと思うよ?」
細工屋に鍛冶屋――その二つはどっちも俺の直感じゃ出てきそうにない場所だった。
俺はアルトさんに礼を言うと、すぐさまギルドから飛び出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
…………
……………………
結果から言うと、アルトさんの憶測は正しかった。
ギルドを飛び出した俺は、同じく東の商業区域にある鍛冶屋と、アルクスの家の隣にあるソフィアん家に向かってみた。
鍛冶師のテムジンさん、後序に家にいたソフィアの奴を捕まえて話を聞いてみれば、確かにアルクスはどちらにも顔を出していたみたいらしい。
テムジンさん所には二日前の午後から昨日の朝まで――
ソフィアの所には昨日のお昼頃から今朝まで――
どっちもアイツにどうしてもと頼まれ、工房を貸していたって話だった。
話を聞いて俺はアイツが一体何をしてーのか、本気で分かんなくなってきた。
鍛冶屋でも細工屋でも、アイツは夜を徹して何かを作っていたらしい。
だってアイツは、少なくとも二日前から――下手をしたらそれ以上前から、まともに寝てすらいない。
それほどまでに注力してまでやりたいことって、一体何だってんだろう。
気が付けば俺は、アイツを探す元々の理由を忘れていた。
気が付けば、アイツがそれほどまでに注力する理由が何なのかを、どうしても知りたくなっていた。
――だけど同時に途方にも暮れていた。
何せもう手掛かりがない――テムジンさんも、ソフィアの奴もアイツがどこに向かったかは聞かされていなかった。
結局俺に残ったのは、勘に頼ってアイツを探すことだけだった。
でもなんでか、諦めようって気持ちだけにはならなくて、寧ろここまで来たら意地でも見つけてやるなんて息巻いてさえいた。
こうなればもう手あたり次第――俺はアイツに関連しそうな場所を虱潰しに探して行こうなんて考えた。
今いる場所はソフィアの家の前、南の大通りから脇道にそれた住宅地。
俺は一先ず大通りに出てから、辺りを見回した――見渡してまずはじめてに目についたのは南の大門。
アイツが良くあの門の付近で絵を書いていた事を不意に思い出したからだ。
流石に今日まで寝る間さえ惜しんで何かをやっているがアイツが、絵を描くためにあの場所に行くなんてことは、いくら俺でも思わなかった。
そんな事をしてたら最早奇行だ――頭が可笑しくなっちまったんじゃねえかとさえ思う。
だけど、探す場所に当ては無く、兎に角虱潰しに探そうと決めた今、アイツに関連する
ダメで元々――俺はそんな事を考えながら、とりあえず南門へと歩みを進めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
南門に到着して、俺は何故かちょっとだけ緊張しながら、門の先へ頭を突き出し、何時もアイツが陣取っている場所を覗いてみた。
――そして、やっぱりと落胆する。
俺が思った通り、そこにあの馴染みの黒髪野郎はいなかった。
ガックリと肩を落としていると、そんな俺へと声をかけてくる人がいた。
「おい、おめーさん。もしかしてアルケケルンに行くんかい? だったらオイラに身分証を見せてくれや」
聞き覚えのある声に反応し、振り向てみれば何度か世話になった事のある兵士がそこにいた。
まぁこの人の仕事はそういうものだし、この場所にこの人がいるのは当然なのかもしれないが。
「邪魔したなボックルのおっさん、アルケケルンに行く用事はねーよ」
「あん? ――なんだ、誰かと思ったらテッドかい、だったらおめぇさん、こんなところに何の用だ」
「アルクスが此処にいるんじゃなねーかと思って覗きに来たんだ。全くアイツどこ行ったんだか――ボックルのおっさんは見てねーか」
「珍しい事もあったもんだ。おめぇらが別行動なんてな。アル坊だったらちょっと前に此処を通って行ったぞ?」
……
…………――チョットマテ、今このおっさんはなんて言った?
「――通ったのか!? アルクスがっ!? 此処を!? ちょっと前っていつだっ!?」
「おおっ!? いつになく元気だなおめぇさん。二、三
――何かあったんか? なんて気の抜けた事をボックルのおっさんは聞いてきたが、正直それを答えるつもりは俺には全くなかった。
俺は鞄の中からギルドカードをおっさんの目の前に突きだし――次の瞬間には森へ目がけて駆け出していた。
後ろでボックルのおっさんが何やらを叫んでいたが、無視して俺は森の中を駆けて行く。
この広い森の中でアイツを見つけるのは骨が折れるが、今日俺が集めてきた中では最も新しい情報だった。
二、三時間なら運が良ければ鉢合わせる――そんな事だけを考えながら俺は兎に角足を動かした。
――走る、走る――とにかく走る。
息が上がって、考えることが出来なくなってきたけれど、とにかく走った。
時間にして三十
勢いよく飛び出して見たものの、これは流石に考えなすぎだったかと、少しだけ後悔してきた。
そういう事を考えると不思議なもんで、体にかかる負担が倍増した様な気がして、俺は思わず脚を止めてしまった。
体が空気を欲している――俺はこれでもかと言うくらいに息を吸い込んでは吐き出すという行為を何度も繰り返した。
――静かだった。聞こえているのは俺の荒い息遣いと木の葉っぱが風で擦れる音位。
しばらくたつと荒い息遣いと変わって、暴れる自分の心音を感じた。
そうやってただ突っ立っていると、少しだけ自分の行動に虚しさを覚え――そしてやがてその思いは腹立たしさへと変わっていった。
思い通りにならないことへの腹立たしさ。
振り回されることに対しての腹立たしさ。
――アルクスに会ったら、開口一番で文句を叩きつけてやろうと思った。
「――全く、あの野郎っ、どこに居やがんだよっ!」
憂さ晴らしに大きな声で悪態をつくが、その声は森の中に空しく消えていった。
当たり前だけど、返事は無い。
俺は其れに脱力して大きなため息を一つ吐き出した。
――不意に、音が聞こえた気がした。
森のざわめきとか、俺の息使いとか――そういったものとは別物の鈍い音。
ズゥン、と、思い音が聞こえた気がした。
その音に俺は思わず体を固くする。
それは瞬間的に冒険者になって初めて受けた依頼の事を、無意識に思い出したからだったんだろう。
場所が場所だったし、あの時聞いたのと同種の鈍い音――あれを連想するには十分だった。
あの赤銅色の
――息を殺し、耳を澄ませてみる。
暫くそうしていると、同じ音が再び届いて来た。
遠い場所から響いてくる重い音――だけど再び聞いたその音は、四年前に聞いた魔導土人形(ゴーレム)の足音とはちょっと違う気がした。
音と音の感覚が長すぎるし、それにあの時の様に倒木の音が聞こえない。
……――
そんな事を考えていると三度、同じ音が聞こえてきた。
音の大きさは同じくらいだった――どうも音源は移動してないらしい。
どうしようか悩んだが、俺は兎に角その音が何なのか確かめる事にした。
これがもし、あの時の
そんな事を考えるも、俺は音がした方へと近づいて行く。
――予感があった。
危険かもと思う反面、この音は俺に害すものじゃないっていう直感にも似た予感があった。
三度目から少しだけ間を空いて、四度目の音が今度はハッキリと聞こえた。
かなりの轟音――いったい何の音なのか正直予想も出来なかった。
五度目は、一層大きな音で、おまけに若干の振動が加わった。
地面を揺るがすほどの衝撃――相当な力。
俺は音の原因に恐る恐ると近づいて行った。
――不意に視界が開けた。
俺がいる場所は豊饒の大森林アルケケルン――だというのにいきなり視界が開けた。
――吹き飛んだ木々。
――穿たれた大地。
おおよそ森と言うフィールドではお目にかかれない光景が目の前に広がっていた。
そして、俺はそんな殺伐とした空間の中心に相棒の姿を見つけた。
ついさっきまで、見つけたら文句をぶつけてやろうと思っていたのに、そんなアイツに対して、何も言葉が出てこなかった。
虚ろな表情で、力なく立ち尽くすアイツ。
やがてアルクスは、そのまま崩れるように膝を着き、その場に倒れた。
「っ!? アルクスっ――!!」
その光景に思わず声を荒げて駆け寄った。
うつ伏せに倒れていたアルクスを強引に仰向けにして、その様子を確認してみる。
そうして確認したアルクスは、血潮らしき赤がこびり付き、ボロボロの服を纏ってはいたが、どういう訳か傷一つ負ってはいなかった。
魔力の気配が恐ろしく希薄な所を見るに、如何やら魔導の使い過ぎによる魔力欠乏を起こして気絶しているらしい。
……――という事は、この出鱈目な光景は、コイツが魔導で起こしたというのだろうか?
もう何が何だか分からなかったけれど、相棒が何かとんでもない事をしでかそうとしている事は何となく分かった。
「――カハハっ、おいおいアルクス。お前さん、今度は一体何しでかそうってんだよ」
自然と口から笑い声が漏れ出る。
俺は、相棒が何を画策しているのかを絶対聞き出そうと決意して、倒れる相棒の腕を肩に担いだ。
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