-とある新米騎士の独白-

「――全く、何だって俺がこんなことをしなくちゃならねーんだよ!」



 の大会参加者の受付を済ませ、その人物が控室に姿を消すと同時――俺は思っていた不満を小さく零していた。

 

 《《魔導武具大会の予選勝ち抜いた猛者たちの本大会受付》 》と言うこの仕事

は重要なことだと、自分なりには理解したつもりではいるのだが、それでも不満が湧き出してくる。


 そもそも、新米とは言え騎士団の一人である俺が、何故こんな文官紛いの事をやらなければならないのかと思う。

 事実俺の同期の奴らで、同じ役割を押し付けられている奴は一人としていなかった。


 それもこれも、俺のマルクス学園での文学系の成績が良かったからってだけの理由で押し付けられたのだから、本当にたまらない。


 文学系の成績が良かったのは親が其れなりに有能な商人で、物心ついたころからそういった事を叩き込まれていたからだ。

 

 だけど俺は算術がこれでもかってくらい苦手で、結局のところ家は出来が良かった弟が継いだ訳だが――

 

 ――いやいや、それ自体は結果から見れば良かったことになるのか?


 算術の才能がなかった俺にはしかし、剣術の才能が人並み以上に在ったおかげで、こうして念願だった騎士になることが出来たのだから。


 とは言え、商人に成りたくなかったかと聞かれれば、それとこれとは別問題だと言うほかない。

 一つだけいえることがあるとすれば、まぁ――嫌いではなかった。


 世の中は考えていた通りに上手くいくことの方が少ない――商人の話にしたってそうだし、今俺がこうして魔導武具大会の受付をしているのだってそうだろう。


 世間一般にしてみれば、魔王を討伐してくれる光の勇者様が現れてくれたのは、これ以上ないほどの朗報なのだろうが、その所為で城全体が慌ただしくなり、しわ寄せが末端の俺まで来るのは、正直勘弁してほしい事だった。


 こういった一般雑務に新米とは言え騎士である俺が駆り出されるのだから、世も末という奴なのかもしれない。



 そこまで考えて俺は再度溜息を吐き出し――そして気持ちを切り替える事にした。

 さっさとこんな仕事を終わらせてしまおうと、そんな事を考えながら、十六人目最後の一人を招くための声を上げた。



「――次の方、どうぞ」



 ――数秒の後、石造りの入口から十六人目最後の一人が入ってきた。

 その姿を目にして、俺は少しだけ驚いた――手元にはこの十六人目最後の一人について書かれている資料が確かにあったが、興味がなかったので目を通していなかったが故の驚き。


 マルクス学園を卒業したばかりの俺と同い年か、下手をしたらそれよりも年下に見える少年。

 珍しい黒髪黒目と其れなりに整った見てくれ、そして何より特徴的な左目に掛かる三本の傷――



「――傷ついたスカー白色ホワイト?」



 気が付けば、俺はそいつの通名を口にしていた。

 まだ俺が学園に在籍していた時、コイツの噂は何度か耳にしたことがある。

 直接話すことは終ぞなかったが、廊下ですれ違ったことだってあった。


 そんなコイツと、まさかこんな場所で会うことになるとは、正直予想外だった。



「え、えっと……、いきなり何ですか?」



「――ああ、悪い悪い、知ってるやつだったから驚いちまったんだ。俺も去年までマルクス学園にいたんだ」



「そうだったんですか、でも申し訳ありません。僕、先輩の事知らないです……」



「いや、それはいいんだ。俺が一方的にお前の事を知ってたってだけの話だ」



「――そうですか?」



 少しだけホッとした様子を見せる傷ついたスカー白色ホワイトに、何故だか知らないが俺は少しだけ嬉しい気持ちになった。






 …………



「――えっと、まず間違いないとは思うが、一応確認しておくぞ? お前が魔導武具大会本戦出場者の一人、”アルクス・ウェッジウッド”で間違いないな?」



「は、はいっ、間違いありません」



 手元の資料を覗きこみながら、俺は目の前の少年の本人確認を実施する。

 アルクスはと言うと少しだけ緊張した様な声で、律義に返答を返してきた。


 ――そういえば、傷ついたスカー白色ホワイトという通名はよく聞いていたが、フルネームは知らなかったと、そんなどうでもいいことを密かに思った。



「――予選大会の時も説明はあったと思うが、決まりなんで本戦の大会規則を今一度言っておくぞ?」



「はい。お願いします」



「ああ、まず、試合は一日に四試合ずつ行われる、昨日に引き続き本戦一回戦、お前は今日の一番最後の組になる、大会本戦の様子が見たければ見ても構わないが、お前の番が始まる前には控室にいてくれ」



 俺がそういうとアルクスは無言で首を縦に振ってみせた。

 その動作に俺は小さく頷く。



「――続いて戦闘に関しての規則だが、予選と何ら変わりは無い、魔導及び武具には特に制限は無し、降伏宣言若しくは気絶した場合に敗北となる。予選はバトル・ロイヤル形式だったが本戦はマンツーマン形式だ、違いと言えばそのくらいだな」



 ――余談だが今年の大会はアークナイト選別も兼ねているとあって、例年の倍近い参加者が集まっていた。

 その数実に三百以上――それを勝ち抜いたという事は、学園での噂に違わなかったという事だろう。


 予選という事で俺は観戦しにはいかなかったが、今になって少しだけ後悔。


 ――この少年がいったいどんな戦い方をしていたか、ちょっとだけ見てみたかった。



「そして最後に、戦闘である以上最悪死亡することもある、国はそれに対し一切の責任は負わない――了承するならここにサインを書いてくれ」



 真剣勝負である以上、最悪の可能性は常にある。

 例年だって、一人ないし二人の死亡者は出てしまっている――だからこその書面。


 そんな書面に、アルクスは意外にも迷うことなく自分の名を書きなぐって見せた。



「――おいおい、いくら何でも思いきり過ぎだろ。本当に良いのか? ――いいなら一応魔導属性の測定をする決まりになってるから、此処に手を置いてくれ」



 その迷いのなさに逆に俺の方が戸惑う。

 否――この大会の運営する側であるからこそ、裏側を知っているからこそ戸惑う。


 俺がこの大会の受付業務に悪態をついていたのだって、実のところその裏側を知ってしまったからと言うのが大きかった。


 今まで気にも止めていなかったが、大会本戦の組み合わせドローは国が独自に決めている。

 まさかその組み合わせドローなんて一体誰が考えるだろうか。


 組み合わせドロー


 名のある貴族は基本的に、代々伝わる固有の魔導を持っている。

 それ故に貴族の連中は例外なく強いのだが、そういった奴らが初戦でつぶし合う事はまずない。


 そうならない様に、そういった貴族には対戦相手が割り当てられるのだ。


 その最たる相手と言うのが、他でもないこの黒髪の少年という訳だ。

 過去の大会の実績とか、その人物の魔導属性、魔力量とかそう言ったことで国が独自に判断しているのだろうが、そういった能力(ポテンシャル)でみれば、こいつは正にうってつけだろう。


 それはこの魔導属性を測定する水晶の光が示す平凡な下位の三色魔導属性を見ても分かる。

 この少年の受付が十六人目最後なのはそういう理由があるからだった。


 だからこそ


 貴族たちは手ごろな相手で勝ち進み、己たちに箔をつける。

 更に観戦する大衆は、大番ジャイアント狂わせキリングが起こるかもと夢を抱き、大いに盛り上がる。


 ――それが仕組まれたものだとも知らずに。


 ……正直なことを言えば、この黒髪の少年にはこの大会に出てほしくはなかった。

 

 学園では傷ついたスカー白色ホワイトなんて蔑称を付けられていたが、それは貴族たちが無駄に高いプライドを慰める為につけたもの。

 だが、それは同時に俺たちの様な地位の低い者たちにとってみれば、こいつの通名は平民が貴族たちに一矢報いた事の象徴のようなものだった。


 平民でもこいつの様に成れるという一種の憧れ。


 言ってみればこの黒髪の少年は俺たちの希望でもあった訳だ。

 

 その希望が今日、無残にも圧し折られるかもしれない――そんなところを見たくはなかった。



「――なぁ、ウェッジウッド。お前はなんでこの大会に出ようと思ったんだ?」



 無意識の内に、俺はそんな質問を目の前のウェッジウッドに投げかけていた。

 受付業務とは何の関係もないその質問は、きっと他の奴に聞かれていれば面倒な事になっていたかもしれない。


 ――そう言う意味では受付が俺一人だったことは幸運以外の何物でもなかった。


 そんな俺の質問に、ウェッジウッドは力強い視線を俺に向けてくる。



「――それは勿論、最上の騎士アークナイトに成りたいからです」



 大会に優勝すれば莫大な賞金が出る、大抵の者は其れが目当てで、最上の騎士アークナイトの称号など二の次だ。

 むしろそれを欲しているモノと言えば貴族連中位のものだろう。


 だが今年の大会のその称号は、何時もの様にお飾りではない。


 

 ――つまりこいつは、勇者様の付き人に成りたいと、そう言っているのと同義だった。



 付き人になって勇者様と共に魔王を討伐に行く――それを望んでいるのだ。



「分からん――勇者様っていったって、お前にとっては赤の他人だろう? なんだってそんな奴の為に命をかけられるんだよ」



「――違いますよ、僕にとっては赤の他人じゃない、あの人に生きていてもらいたい、それだけです」



 それだけ言うとアルクスは俺に一度頭を下げて、控室へと歩いて行った――


 残された俺はただただ頭を捻るばかり――



「結局良く分からなかったな、不思議な奴――」



 俺はひとり呟きながら、ともあれ俺に課せられた仕事をこなすことにした。

 アルクスから署名を貰った書類に、今しがた測定した魔導属性を書き記す。


 とは言え魔導属性は変化しないし、魔力量だって初回の測定と大きく変わる事は殆どありはしない。


 やることと言えば、ある特殊な数値を書き写す位の――



「――は? なんだこれっ!?」



 俺は水晶の中を覗きこんで思わず大きな声を上げてしまった。

 

 魔導属性――これについては良い、過去の記録と変わりはない。


 だけど、魔力量は過去の其れの更にを指し示していた。


 そして最も驚きなのが――



「あ、アビリティポイント――六十八?」



 その数値には既に驚きしかない。

 何せこの二日間、魔導武具大会の本戦に出場する選手の中で、最も高い数字だったからだ。


 とりあえず俺は、大会の主催者側であるが故に、大会の賭け事に参加できないことを密かに残念に思った。

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