成長の兆し(後)

「可笑しいとはどういうことでしょうか?」



 渡り鴉レイヴンの一人――恐らくはパーティーリーダーと思われる男性――から放たれた怒号とも取れる乱暴な声を受けながらも、我が魔導の師匠は冷静な声音で返答を返した。


 だが、渡り鴉彼らはそんなアルトさんの冷静な対応を、すました態度と取ってしまったらしい。

 傍目みている俺にもありありと分かるように、更なる憤りを募らせていた。



「――どういうことでしょうか? じゃねぇよ!! 灰色狼グレイウルフの買い取り価格の事に決まってんだろ! 何だ四頭で二万四千って! さっきの小僧は二頭で二万六千だったじゃねぇか、何で四頭の買い取り価格が二頭の買い取りより低くなってんだよ!」



 なるほどと思った――憤る理由は灰色狼グレイウルフの買い取り価格。

 単純に計算して一頭辺り六千カルツ、俺の知っている灰色狼グレイウルフの買い取り価格の相場は八千カルツであるから、それと比較しても二十五パーセントオフの価格だ。

 

 だが、それを正面から言われたところで、アルトさんは怯まなかった。

 彼女にはあるのだろう、渡り鴉レイヴンの言い分を跳ね除けるに足る、理論武装という名の鎧が。



「厳正なる査定の結果です―― 一頭あたり六千カルツ、それがあなた達の持ち込んだ灰色狼グレイウルフの価値です。――査定の詳細、お聞きになりますか?」



「ったりめぇだ!! ――おい小僧!!」



 不意に声を掛けられた。

 今の話の流れでこちらに矛先が向くことなど想定していなかった為、思わず身構えてしまった。



「お前、冒険者ランクは幾つだ」



「……七です」



「はっ、結構高ぇじゃねぇか! だがな、俺たちは”六”だ!」



 威張るように高らかに宣言する男性冒険者。

 六等級と七等級、言葉にしてしまえばその差は僅か一ランク。

 だが冒険者として一人前として扱われ、魔獣を狩るに足ると判断される六等級と、半人前の七等級では実質かなりの差があった。

 事実七等級から六等級に上がれるか、それが、冒険者としてやっていけるかの基準でもあるからだ。



「聞かせてもらおうじゃねぇか、六等級俺たちよりこの七等級小僧灰色狼グレイウルフの買取のほうが高い理由をよ」



 自身持ちえる等級ランクへの自信――しかし目の前には自分たちより下位のものが優遇されている現実がある。

 冒険者ギルドとは所詮実力主義の社会だ。実力があるものが優遇され、無いものは自然淘汰されてしまう場所。

 だからこそ、彼らにとって灰色狼の買取値目の前の事実は捨て置くことの出来ないことだったのだろう。



「――はぁ、それなら先ずあなた達の買取価格の理由から説明からします。ですが、その前に一つお聞きします。――チーム渡り鴉レイヴン、リーダー、ディグル。貴方が、あなた達が今回納品した灰色狼グレイウルフの素材、それが何処に届けられるか知っていますか?」



「そんなの依頼の依頼主の所に決まってんだろ」



「……そうです。因みに今回の灰色狼グレイウルフは、骨や皮は都市グランセルの武具店や洋服店、細工店などが最終的に買い取ってくれるでしょう、事実我が冒険者ギルドヴァンクールは、商業者ギルドシルヴァンドと提携を取っており、冒険者ギルドここで買い取った素材は、商業者ギルドそこで買い取ってもらいます」



「だからなんだよ」



 当たり前のことを話すなとでも言いたげに、パーティーリーダーディグルは忌々しそうに言った。

 そんな彼の様子を目にして、アルトさは微かに落胆する様子を見せた。


 ならば何故わからないのか――彼女アルトさんの様子がそんな風な事を言っているように見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。



「商業者ギルドに持ち込まれるということは、灰色狼グレイウルフは既に品物です。品物のでその価値が変わるのは当然のこと、ですから――」



 アルトさんはギルドのカウンターに並べられた灰色狼グレイウルフを指差す。



「――このようにでは商品価値が下がるのは当然でしょう? むしろこの状態の持込で、良く値段に文句をつけることが出来ると、逆に感心してしまいます」



 アルトさんの言葉に導かれるようにして、俺は初めて渡り鴉レイヴンの持ち込んだ灰色狼グレイウルフの様子を凝視し――絶句した。


 毛皮は血潮と土でドロドロになっているモノ――

 四肢が欠損しているモノ――

 大きく切り傷が付いているモノ――

 毛皮が焼け爛れているモノ――


 ハッキリ言おう――ヒドイモノだった。

 過剰な殺戮オーバーキルがはっきりと見て取れたのだ。


 その様子から、なるほど確かに渡り鴉彼ら六等級一人前に足る実力を持っているのだろうということは分かった。


 だが――在り方としては決して納得できなかった。



「――酷い、どうしてあんな状態になるまで……」



「はぁ、そうか、少年はああいった輩を見るのは初めてか」



 辛うじて絞りだした俺の言葉に反応したのは、隣に立つアスタルテさんだった。

 彼女は吐き捨てるように言葉を続ける。



「偶にいるんだよ、ああいった輩は、新天地で他の冒険者に舐められないようにって、ワザと痛めつけた獣を持ってくる輩がな――胸糞悪くなるぜ、ホントに」



 ――力の誇示の為、そのための行為。

 彼らがやったことはそれだけのことだった。


 だけど、なんだろう――この言いようのない虚しさは一体何なのだろうか?


 一匹一匹を弔う為に丁寧に解体した昨日の晩のことが、何故か凄く空虚な事だった様な――そんな風に思えてしまう。


 俺は自分さえ知らぬうちに、己が掌を硬く握りこんでいた。



「っ! ――……俺たちの灰色狼グレイウルフの値段の理由は分かったよ。だけど納得できねぇ。それじゃぁあの小僧の買取値段の説明はどうなる!! 二頭で二万六千はどう考えても高すぎだ、こりゃどう考えても贔屓だろ!!」



 ――そうだっ! と、パーティーメンバーからも野次が飛んできた。

 そんな彼らの様子に、アルトさんは頭を抑えている。

 


「――はぁ、これは見てもらったほうが早いか――ウィルダちゃん、悪いんだけどさっきのアル君の納品出してもらって良い?」



「はっ、はい――えっと、これです」



 突然声を掛けられたウィルダさんは、慌てながら先ほど俺が手渡した布袋をカウンターの下から引っ張りだして来た。

 


「はっ、ボロが出たな! なんだその小せぇ袋は、まさかその袋の中に灰色狼グレイウルフが二頭も入ってるなんて言うのか?」



「ええ、そのまさかです、まぁ、正確には――」



 袋の小ささをあざ笑うレイヴンのリーダー。

 だが、彼の言葉はアルトさんにあっさりと肯定される。



「――ですけどね」



 いいながら、アルトさんは袋の中から中身を一つ一つ、カウンターに並べてゆく。

 綺麗に畳んだ皮と骨――それが二頭分。



「――もう見れば分かるでしょう? 彼が持ってきたのは既に解体された素材です。皮は肉の油も無く、しっかり乾燥されている。流石になめしては無いですが、それでも処理としては十分です。しかも驚くほどに綺麗で損失も少ない。骨も同様です。これと同等の処理をして、同等の品質でしたら同じ値段―― 一頭辺り一万三千カルツで買取ますが?」

 


 今度はレイヴンの一団がそろって絶句した。

 ――否、静か過ぎるギルド内が気になり、あたりを見渡してみれば、今現在ギルド内にいる冒険者の皆様もそろって絶句していた。



 ……あ、あれ? 何故皆さんも絶句してるのでしょうか?



「……なにお前、あんなめんどくせぇ事してんの?」



 いち早く立ち直ったアスタルテさんが聞いてくる。



「――素材の持ち込みは今回が初めてだったものですから、ちょっと勝手が分からなくて、まぁ”煮込み”を作るのに解体する必要もありましたから、その序に何時もやっている処理をしてみました」



 何時もやっている処理とは、お隣のグレイフィールド家でやっている手伝いの事だ。

 エアトスさんには皮のなめし方を、ナチェットさんには獲物の解体の仕方を教えてもらった。

 今回は時間も無かった為、なめす事は出来なかったけれど、皮から肉と油を落とすのが結構大変だった。しかも皮を乾かすのに風と火の魔導までつかっている。

 しかしながら、この作業をサボると腐ってしまうので手を抜くことは出来ない。


 まぁその結果、昨日は徹夜になってしまった訳なのだが……



「いや、まぁ良いんだけどよ……そんだけ手間かけてりゃあの買取値にもなるわな」



 合点がいったと、そんな風にアスタルテさんは呟いた。

 でもまぁ結局の所、この作業が良いか悪いか、その判断をするのは人それぞれだろう。

 手間を惜しいのならば、仕留めた獲物をそのまま提出すればいいだろうし、そうでなければ俺のように解体して提出すればよい。

 

 別にどちらかが間違っているという訳ではない、ただ後者なら商業者ギルドシルヴァンド方の負担が減り、その分の色が報酬に付くというだけの話なのだろう。



「――ちっ! おいお前ら行くぞ」



 流石に言い返す言葉が無かったらしい。

 舌打ちを一つ――レイヴンのリーダーは仲間を引き連れて、ギルドを後にするようだ。


 言い負かされる形になってしまった為に、遺恨が残っているのだろう。

 ギルドの扉をくぐる際、アルトさんにキツイ視線を送っていたことが、遠めでなんとなく分かった。


 そして何故か、俺に向けても同種の視線を向けてくるのを、冷や汗を欠きながら見送る。




 ――それが、勘違いであって欲しいと願ってしまう俺は、やはりこの世界では甘い人間だからなのだろうか。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「おうっ! いらっしゃい! って、アル坊か。おっ、今日はそいつを持ってきてくれたのかっ! こりゃあ今日は忙しくなりそうだ!!」



 ――お昼には少し早い位の時間帯。


 一度家に帰った俺は、用意していた”すじ肉の煮込み”の入った鍋を抱えてウォルファスさんの所へと顔を出す。



「こんにちはウォルファスさん、突然で悪いですけど、また捌くのをお願いしてもいいですか?」



「大歓迎よ!! お前さんがそいつを持ってきてくれ日は、何時もの倍は串が売れる!! それに何よりこいつはすげー旨い――また少し貰ってもいいか?」



「あははっ、ええ、いいですよ。でもあんまり食べ過ぎないようにしてくださいね」



 ――わかってるって、なんて軽口をウォルファスさんは返してきた。

 そんな彼に大鍋を手渡すと、鼻をぴすぴすさせながら、獰猛そうな笑みを浮かべる。

 

 だが、何故だろう、そんな獰猛な笑みは――数瞬の後、獰猛なだけの顔となった。



「――良い匂いに余所者の匂いが混じってやがる。全く、白けるな……おいアル坊、お前”また”誰かに逆恨みされてんのか?」



 一瞬彼が何を言っているのか理解できなかった。

 

 確かに誠に遺憾ではあるが、俺は良く人から恨みを買うことがある。

 それは戦乙女ヴァルキリーの皆さんと付きいがあったり、年若いうちから冒険者をやっているからだったりさまざまだ。

 前者については言わずもがなだろう、後者についてはあいつ少し生意気だよな? って思われるからだと俺としては思っている。


 自分では波風立てないように立ち回っているつもりだが、むしろそれが気に食わないという人もいるのだとか。


 まぁ、何処にいても誰からも恨みを買わないなんて事は、出来はしないということなのだろう。


 それに今回は思い当たる節もあった――



「本当ですか? 僕としてはあれで恨まれるのも少し納得できないって思うんですけど」



「ま、俺はお前が何やったかなんてしらねぇけどな――後方約二十メルトルだ。不意打ちには気を付けな」



 神妙に頷く俺、そんな俺を見て獰猛なだけの表情を引っ込めるウォルファスさん。

 話は終わりだと言わんばかりに、彼の表情は笑みを取り戻していた。


 相変わらず、獰猛さという点では違いが無い所は、最早お約束。



「それじゃ、売り上げは今日の夕方にでも取りに来いよ――それと、明後日なんだけどよ、また店の手伝いしてくれねぇかな? 昼までで良いからよ」



「えっと、明後日ですか? ちょっと待ってください」



 俺は愛用の鞄の中から、愛用の手製ノートを取り出して中を確認する。

 以前はメモ用紙として使っていたそれは、今では自分でカレンダーを書き加えたことによって、簡単なスケジュール帳と化していた。


 

「――うん、大丈夫みたいです。明後日の午前中なら空いてますから、お手伝いしますよ」



「おうっ、それじゃ頼んだぞ」



 俺は、はいっ、と返事を返しスケジュール帳へ新たな予定を書き足しながら、その場を後にすることにした。

 一応今日の予定を再確認すると、ノートの今日の日付の所には、俺の記憶に有るとおりお昼過ぎから、武器屋の手伝いと書いてある。

 

 というわけで、これからその武器屋に行かなければ行けないのだけれども……



「――はぁ、とりあえず調べておくか」



 思わず大きなため息を一つ。

 幸せが逃げてしまうというけれど、付かずにはいられないというのが正直な所だった。


 俺はとりあえず、今しがたウォルファスさんから受けた忠告を確認する為に、一つの魔導を発動することにした。


 練り上げるのはの魔力。

 視界補助用水魔導――その名は。



『――”かすみころも”』



 ――瞬間、俺の周りを広く薄く囲むように、目には見えない水蒸気が発生する。

 この魔導は、発生させた水蒸気に触れたものの形状を知覚出来るという性質を持つ。


 今みたいに索敵にしようしたり、後は風魔導などの目には見えない攻撃を知覚できたり、おまけに消費魔力が少ないという、結構便利な魔導だった。


 周りに動くものが有りすぎると、逆に訳の分からないことになるのだけれど、今回は知覚したい目標の位置が大体分かっているので、その心配も無いだろう。


 後方約二十メルトル――ウォルファスさんの忠告どおり、俺の歩調に合わせて移動する六人分の人影があった。


 ……その時点で既に決定のような気がするが、確認の意味をこめてもう一度、の魔力を練り上げる。

 こちらも先ほどと同様、視界補助用水魔導。



『――”水鏡みかがみ”』



 掌の中に発生するのは、魔導名通り水で出来た鏡。

 規模の割りに光の屈折率を操作するという、めんどくさい魔導であるが、今はとりあえずおいておく。


 鏡の向こうには、見覚えのある暗色の六人組が見て取れた。



「――はぁ」



 とりあえず、もう一回だけため息を吐き出す。

 どうやら、武器屋の手伝いに行く前に寄り道をしなければならないらしい。


 俺は、頭の中で目的地を思い描きながら、現在地からどういうルートを通れば不自然ではないかを考えながら、その場を後にした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 東の大通りから一本小さな通路、そこを俺は歩いていた。

 建物と建物の間にあるその通路は、二人の人がすれ違う位は難なく出来るけれど、それが三人になると途端詰まってしまう――それぐらい狭い道。


 その上、場所が場所なだけに、グランセルに住む人ならば先ず通らない道だった。


 そんな理由があるため当然の事ながら、人の気配は全く無い。


 それにかまわず前に進めば、しばらく言った先で、俺の目の前にはこれまたレンガが詰まれて出来た壁が現れた。

 つまるところ、この道は袋小路なのだ。


 そこまできて、俺はようやく後ろへと振り返る。


 俺のことをつけてきた六人組は、そこでようやく異変に気がついたようで、少しだけ動揺が見て取れた。


 そんな彼らに問いかける。



「――さて、見ての通り行き止まりです。僕は逃げも隠れもしません――僕のことをつけて来た理由を教えていただけますか?」



「へっ! 良い度胸だな小僧。――お前のせいで俺たちはこの都市に来て早々赤っ恥をかいちまった! このままじゃどうにも腹の虫がおさまんねぇのさ、だから先輩冒険者として。後輩冒険者を指導してやろうと思ってな、ま、社会勉強だと思ってあきらめな、とりあえずお前が今日ギルドで受け取ってた報酬を渡せ、大人しく渡せば痛い目だけは勘弁してやるよ」



 ……なんだろうこれは、なんか微妙に会話が成り立っていない気がする。

 


「……僕は別にあなた達に何かしたわけではないと思いますけど――寧ろあなた達の自業自得なのでは?」



「うるせぇ、金を渡すのか痛い目見るか、さっさと選びやがれ!!」



 理不尽でしかない物言いに、俺は頭を抑えた。

 まさかここまで話が通じないとは思わなかった。


 いきり立っているレイヴンの皆さんを見ながら、俺はどうしたものかと思考を巡らせる。





「――たく、うるせぇな!! 何処のどいつだ人んちの裏で!! 喧嘩ならよそでやれ!!」





 突然だった。細い路地の壁――俺とレイヴンを隔てる丁度真ん中くらいで、唯一あった木窓が開いた。

 顔を出した人は、俺も良く知る人だ。



「こんにちは、ボックルさん今日は非番なんですね」



「って、アル坊かよ、おめぇさん”また”良くわかんねぇ喧嘩吹っかけられてんのか」



 顔を出してきたのはメリーディエース門で守衛を務める顔なじみ、ボックルさんだった。

 実はこの通り、ボックルさんの家の裏になのである。

 彼に迷惑をかけてしまったことは申し訳ないと思うが、それでも彼がいてくれたことは幸いだ。



「――ボックルさん、非番の所煩くしてすみません。あとごめんなさい序に一つお願いを頼んでもいいでしょうか?」



「ああ、この状況みりゃあ誰だってわかる、後片付けだろ、あいつらの。――しょうがねぇなぁ、ウォルファスのとこの煮込み一杯で手を打ってやる」



「ありがとうございます! それでしたら後でウォルファスさんの所に行って下さい。今さっき渡してきましたから。まだまだ残っているはずですよ」



「そうかっ! それじゃ、手早く済ませろよ!!」



 そんな会話をボックルさんと交わすと、彼は木窓から顔を引っ込め、窓を勢い良く閉めた。

 突然の展開に理解が追いついていないようで、レイヴンの皆さんはポカンとしている。


 さて、ボックルさんにも注意されたことだし、早々に片付けてしまう事にする。


 俺は、右手を起点として魔導を発動する為に、魔力を練り上げた。

 手にこめる魔力は、総量の二十パーセント、俺の持ちうる魔力の五分の一。


 レイヴンの皆さんは、俺の魔力の高まりを悟ったのかギョッとした表情を浮かべた。



「――お、おう、何だお前、やるってのか、上等だ、こっちは六人も居んだぞ!」



 魔力だけは人一倍にある俺の、二十パーセント分魔力というのは、はたから結構な量である。


 俺のことを襲ってきた彼らは、返り討ちに有ることなど全く考えていなかったのだろう。

 子供と侮っていたそんな俺からそんな量の魔力が噴出して、彼らは動揺しているのだ。


 そんな彼らの考えを改めさせてやることにする。



「――俺が何故この通りに赴いたのか、それには三つの理由があります」



「な、なんだ急にびびらそうったってそうはいかねぇぞ」



 気丈な返答、しかしその声音にも確りと動揺があらわになっている。

 そんな彼らに構わず、俺は発言を続ける。



「一つ、この通路は非常に狭い、この場所では襲いかかれるとしても精々一人が限界――数の違いなんてここではその意味を無くす」



 俺の言葉にはっとなるレイヴンの皆さん。

 ――俺は発言を続ける。



「二つ、この通路では武器の扱いが限定される、剣振り回すには幅が足りず、弓は前の味方が邪魔をする」



 今度は武器を構えようとしてした所で、彼らの動きが止まる。

 彼らは顔を見合わせ、なんとも言えない表情を浮かべていた。

 ――俺は発言を続ける。



「そして三つ、この場所で風の魔導を放てば、あなた達に逃げ道は無い」



 俺の第三の言葉で、彼らは俺が使用としていることにようやく気がついたようで、顔を青くした。

 だが既に遅い、魔力の充足は既に完了していた。

 練り上げた魔力は、宣言どおりの魔力。








『吹き荒べ――”突風とっぷう”っ!』








 ――瞬間、突き出した掌を起点に烈風が吹き荒れる。

 通常風の通りの無い細い路地を、行き場の無いが故に圧縮された空気の塊が駆け抜ける。


 目には見えないその壁に逃げ場など当然ありはしない。


 彼らは逃げることも出来ず、風に飲み込まれて吹き飛び――突き当たりの壁に、そろって背中を打ちつけた。

 重なりあって地面に落ちる彼らは、既に気を失っていた。


 故にこの呟きを彼らが聞くことは無いのだろうけれど、それでも一応言っておくことにする。



「――恐らく僕があなた達に勝っている点といえば、魔力の総量だけでしょう、力はあなた達に遠く及ばず、素早さだってどうか分からない、そんな僕があなた達に勝てるとするならば、策を弄した場合くらいです。仕掛けてきたのはそっちですから、悪く思わないでくださいね?」



 恐らく彼らはこれで、ボックルさんにしょっぴかれることになるだろう。

 これで改心してくれるならばそれでよし、そうでなければ――頭が痛いがまた策を弄するしかないのだろう。


 ――俺は人に向けて魔導を放つという後味の悪さを味わいながら、午後の依頼の為にその場を後にするのだった。

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