料理から得た可能性
俺が冒険者組合専用の医療施設に運び込まれてから、あっという間に五日間という時間が経った。
この五日間は色々なことがあった――本当に色々なことがあった……
とりあえず、毎日の様に医療施設に通った甲斐もあり、どうにか俺は自由に動ける程度まで回復することが出来た。
未だ包帯でグルグル巻きになってはいるけれど、回復が早いのは非常にありがたい。
これに関してはなんというか、
今更だが、
此処まで便利な魔導ならば覚えておいて損はないだろう――むしろプラスにしか働かないような気さえする。
というわけで、幸いなことに俺は
とはいえ、実のところ医療施設の
というのも今回の俺が負った怪我というのが、
話を聞く限りでは、どうにも
分かりやすく説明すれば、切り傷引っかき傷などの外傷は治癒可能で、腕や足の欠損は欠損部位が綺麗に残っていれば同じく治癒可能。
繋げることは出来るけれど、トカゲの尻尾のように新たに生やすことは出来ないらしい。
ちなみに今回一番危なかったのは左目で、これは治療をしていてわかったことだけれど、如何やら
傷は残ってしまうとのことだけれど、視力に問題は無いらしい。
一生隻眼というわけではないのなら、それは願ってもないことだった。
顔の傷に関しても、俺は女子ではないし、傷が残ったところでそれほど気にはしないのだけれど――
母さんとか
――あのお叱りは本当にきつかった。
何が一番きついかといえば、泣きながら俺を叱咤してくるイリス母さんの姿だった。
イリス母さんは優しい人だ。
普段は結構のほほんとしているのに、びっくりする位他人の心の機微に敏感で、人のために親身になれる人。
そして、結構強い自己犠牲の精神を持つ人だ。
だからこそイリス母さんは、夫亡き後、俺と生活を守るために、俺に負担を掛けないように必死になって仕事をしていた。
元々魔力総量が少な目であるというのに、毎日魔力を目いっぱい使用してはフラフラになって――
苦手な力仕事に精を出しすぎて、やっぱりフラフラになって――
だというのに、
そんな母さんが体を壊すのは、時間の問題だったのだろう。
俺にしてみたら、体を壊したイリス母さんの為に働くのは当然の事で、寧ろそれしかなかったのだけれど――
それでもイリス母さんは、俺に”冒険者”という命の危険と隣り合わせにいる職に就いて欲しくなかったのだ。
大切なものを失う愚かを、もう二度と行いたくなかったのだ。
けれど、現実ってやつは中々に厳しい。
追いつめられた俺たちは、結局一番望んでいなかった選択をしなければならなくなった。
そして、その結果が
イリス母さんが流した涙の意味は――勿論、無茶をしたことに対する純粋な怒りという感情もあったのだろうけれど。
それでも、俺が傷ついたことに対するショックと、同時に、傷つくような道を歩ませた自分自身の不甲斐なさっていう想いが強かったんだろう。
だけど、そんな想いの詰まった涙を流されると、こっちとしてもたまったものではない。
結局俺は為す術もなく、イリス母さんたちのお叱りを受けるしか出来なかったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
物事には必ず”終わり”というものが訪れる、それは”嬉しい事”然り、”楽しい事”然り。
そして逆に言えば”悲しい事”も然りで、”辛い事”もまた然りだ。
嬉しい事や、楽しい事に終わりが有るのは、悲しい事や、辛い事を終わらせるため有るのだと、昔”何か”で聞いたことがあったような気がする。
その何かははっきりと思い出せないし、もしかしたら、聞いた話自体を自分の解釈で湾曲させている恐れもあるので、その”何か”でさえ曖昧である。
――とりあえず、一つ確実なことは、辛い五日間は終わったということだ。
五日間を乗り越えた俺は、包帯で巻かれた体を引きずりながら、懲りることなく
貧乏暇なしとはよく言ったものだ。
なし崩しに
だけど、それは一時的なもの――俺がこのまま怪我をしたからと言って、いつまでも休んでいれば、稼いだお金は再び底をついてしまうのだから。
とはいえ、この様にボロボロの体では当然採取系や討伐系といった、都市の外にでなければいけない依頼は受けても達成は難しい。
まぁ、それ以前に身内の人たちにそういった依頼を受けることは、暫くの間、固く、固ーく禁じられているので受けることもままならなかったりする。
今もほら、受付の方向へさりげなく視線を向けて見れば、顔は笑顔を保ってはいるものの、
俺はそんなに信用ならないのだろうか、と、少しだけ傷つきながら、とりあえず
さて、今日は一体どんな依頼を受けた物だろうか?
とりあえず今日は
配達系の依頼は却下だし、力仕事も受けられない――となると、何処かの店番とかが妥当だろうけれど、今日はちょっとした荷物もあるので、そこにも制限がかかる。
欲を言えば知っている人のところ――
……………
…………………
…………………………
「アルトさん、この依頼をお願いします」
「はいはい、それじゃあちゃんとイリスさんからの言い付けを守ってるか拝見っと――ってなんだ、ウォルファスの屋台の手伝いね。これだったら何度も手伝ってるし、何にも心配いらないね」
「ええ、だけどまさかギルドに馴染みの手伝いが依頼として来てるとは思いませんでした」
「うーん、まぁ冒険者ギルドって結構”何でも屋”みたいな雰囲気があるからねぇ。こういった類の依頼も実は結構多いのよ」
ただね、と、アルトさんは言葉を続ける。
「こういった類の依頼は冒険者には不人気で溜まり気味なんだよね。他の依頼に比べて危険は少ないけど、ほら、等級も依頼金も低い割に拘束時間が長いから。でも、私としてはアル君がこの依頼を受けるのは賛成かな、安全だし、溜まってる依頼も消化出来て一石二鳥ってね」
好都合だと悪びれもなく言い切ってくるのは、親しき仲故なのだろう。
事実アルトさんが受付をしている処は何度も見たが、他の人にそんな風に言ってるところは見たことがなかった。
まぁ、だからと言って俺自身全くと言っていいほど気にならないので、どうでも良い事だった。
「それじゃあ依頼の受領はやっておくから、早速ウォルファスの処に向かってね。この依頼は依頼人から報酬を直接受け取れるから、依頼達成の報告は後日でも構わないよ。頑張ってきてね」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます。――よいしょっと」
俺はアルトさんへとお礼を述べると、大きめの手荷物を両手で抱えた。
俺のそんな様子に、アルトさんは首を傾げる――というか、今日俺がギルドに赴いた時から、きっと彼女は俺がこんなものを持っていることに疑問を感じていたことだろう。
大凡依頼達成には必要ない物なのだから。
「……ねぇアル君。ずっと気になっていたんだけど、どうして今日の君は”大きな鍋”なんて持ち歩いているの?」
アルトさんから問われた質問は、もっともなことだった。
冒険者
「別に深い意味はないですよ。ちょっと試してみたいことがあってそれがもうすぐ完成するので、可能なら依頼先でも面倒見たいなって思ったんです。上手く出来上がったらアルトさんにもおすそ分けしますね」
「ふーん、良く分からないけど楽しみにしてるよ。なんだが凄くいい匂いだしね、それじゃあ行ってらっしゃい」
はいっ、と、なるべく大き目な返事を返し、俺はギルドを後にした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて、今回の依頼内容を確認することにしようと思う。
今回俺が受けたのは、グランセルの
ウォルファスさんはカウロスと呼ばれる牛のような獣の肉を主に扱う串焼き屋台の亭主だ。
仕事の内容は結構簡単で、一口大に切った肉を串にさし、適度に焼いてから道行く人々に売りさばくだけ。
味付けは塩を振るうだけと簡単なものだが、知り合いの肉屋に頼んでよい肉を安く卸しているため、それだけでも結構美味しくて、それでいてお値段もリーズナブル。
しかも冒険者
以前は冒険者をしていたこともあり、その時のコネを使ってこの場所に屋台を出したのだという。
というわけで、さほど長い距離を歩くこともなく、目的地へと辿りつく俺。
屋台は今日も元気に営業しているようで、茶色の毛並のウォルファスさんの大きな声が響いていた。
「串焼き五本お待ちっ! ありがとよ。――おういらっしゃい、何本欲しい? ってアル坊じゃねぇか! 久しぶりだな!」
音質が低く、それでいて元気の良い声が俺へと投げかけられた。
ウォルファスさんの言葉を聞いて、そういえば最近この屋台に訪れる機会がなかったことを思い出した。
「ええ、御無沙汰してます。相変わらずウォルファスさんはお元気そうで何よりです」
「おう! そういうお前はあんまり元気そうじゃねえな。そういや聞いたぜ? お前さん冒険者になったんだってな」
ウォルファスさんの見た目は、言うなれば二足歩行する犬だ。
口を開けば獰猛そうな牙が並んでおり、身長は百八十メルトを超える。
見た目だけならば正直かなり怖いけれど、快活な言動と陽気な性格をしており、全然見た目の怖さを思わせない不思議な雰囲気を持つ人だった。
そんなウォルファスさんは、包帯の巻かれた俺の様子を一瞥してからそんなことを言ってきた。
「……耳が早いですね」
「まあな、こんな処で店を出してりゃ嫌でも話が集まってきやがる。……お前さんも色々大変だろうが、無茶だけはするんじゃねぇぞ。じゃねえと俺みたいになっちまうからな」
それはウォルファスさんからの忠告、ある意味自傷が入った忠告だった。
その言葉の重さに、俺は真剣に返す言葉を吟味した。
「――ええ、善処します」
「っけ、そんな成りで言ったって説得力ねえよ。――まあいい、それで、今日は何にする?」
「あっ、いえ、今日は串焼きを買いに来たんじゃないんです」
「あん? そりゃどういうことだ?」
「えーと、今日はギルドの依頼で来たんですよ。ほら、出してたでしょ? 屋台の手伝いをしろって内容の依頼」
俺の言葉にキョトンとした表情を浮かべるウォルファスさん。
彼は腕組みをしながら目を閉じる――きっと記憶を掘り起こしているのだろう。
そんな様子のまま数秒、彼は何かを思い出したのか、両耳をピンと立て、目を開いた。
「おお! そういや随分前に出したことがあったっけか、半年位前に依頼したが誰も受けにこねえもんだから忘れてた」
……どうやらアルトさんの言っていた事は正しかったらしい。
というか、人気がないにも程がある。忘れていたこの人もどうかと思うけど……
「いやー、正直助かるわ、今日は結構売れるからな、丁度手が足りなくなってきたところだ。それじゃあ何時もみたいに頼むぞ」
ウォルファスさんは、そう言って俺の作業スペースを用意するために、小さな屋台の中を少しだけ移動した。
右足を引きずりながら移動するその姿――何時も見慣れているはずなのに、今日は何故か印象深く思えた。
ウォルファスさんは以前、名の知れた冒険者だったというのは結構有名な話。
そして、依頼の最中に追った大けがで右足を壊し、冒険者を引退したことも同じく有名だった。
さっきの俺に対する忠告は、こういった背景が絡んでの事だった。
あの時――俺みたいになっちまうからなと、少しだけ寂しそうな言葉が思い出される。
「――はい、頑張ります!」
俺は、少しだけ湿っぽくなってしまった気持ちを払拭するように、なるたけ大きな返事を返すことにした。
……………
…………………
…………………………
「いらっしゃい、――カウロス串が六本にベーコン串が四本だな。っと、千カルツで釣りか? ちょ、ちょっと待て」
冒険者のパーティーから、少し多めの注文が入った。
ウォルファスさんは指折り数えながら、お釣りがいくらになるかを必死に考えていた。
屋台を出している割に、ウォルファスさんは計算があまり得意ではなかった。
俺は焼き場から、食べごろそうな串を見繕ってお客さんに渡しながら、ついでに金額を計算することにした。
えっと、カウロス串が一本百カルツで、ベーコン串が八十カルツだから合計は……
「――合計で九百二十カルツですね。お釣りは八十カルツです。――はい、毎度どうも、またよろしくお願いします」
お釣りを手渡してお客さんを見送る俺。
そして今しがた売れた串の本数を、売上帳票に書き加えた。
「いやー、アル坊がいると楽でいいな! 大助かりだ!」
「……というか、ウォルファスさんはもう少し頑張った方が良いのでは、客商売でしょう?」
喉を鳴らすように笑い声を上げるウォルファスさんに、少しだけ呆れてしまう。
この屋台には結構手伝いにきてはいるが、ウォルファスさんの計算能力は以前と変わらず向上していなかった。
「いいんだよそんなの、この商売だって半分趣味みたいなもんだし、第一ちまちましたことを考えるのは俺には合わねぇからよ!」
……なんでこの人客商売やってるんだろう?
俺は心の中で盛大に溜息をつきながら、帳票に目を落とした。
――そこで俺はある事実に気が付いた。
「っあ、ウォルファスさん、ベーコン串はまだ少し残ってますけど、今のお客さんで丁度カウロス串の在庫がなくなったみたいですよ?」
「マジか、今日は結構いいペースで売れたからな、しゃあないか。それじゃあちょっと早いが今日はお開きにしよう」
夕暮れまでは恐らくまだ三
「アル坊、悪いが片づけを手伝ってくれ。片づけ分も報酬に色付けてやっから」
「時間も早いですし、別に構わないですよ。それじゃあ焼き場の火消しますね」
「おう、頼むぞ」
俺は先ほどまで放出していた
完全に炎の勢いが無くなるか、無くならないか――そんな時、新たな来訪者が現れた。
「くーださーいな」
「オッチャン、カウロス串頼むよ」
声の感じからして二人以上のお客さん。
タイミングの悪い来訪者に、なんだか申し訳なく思いながら、俺は顔を上げた。
「すいません、今日は店じまいなんです――って、ソフィアちゃん? それにアスタルテさんじゃないですか」
「アル君? なんでこんな処に?」
「っと、少年じゃないか。どうした? こんなところで」
顔を上げた先にいたのは、俺の幼馴染と、命の恩人たちだった。
互いに驚いているようなので、一応俺の方から現状を説明することにした。
「僕はギルドの依頼でウォルファスさんの手伝いだよ。とりあえず今日から活動を再開したんだ」
「ふぅん、奇遇だね。私はお使いの最中だよ。カウロス串は今晩のオカズなんだ」
「俺たちはギルドの帰りだ。――へぇ、あの依頼を受ける奴なんているんだな、けどまぁ、今の少年の状態を見れば妥当な処か」
見れば、確かにソフィアちゃんは買い物籠を手に持っているし、アスタルテさんたちはパーティー総出で、皆愛用の装備で身を固めていた。
どうやら本当に偶然の鉢合わせらしい。
「……少年、早く串……頂戴」
思わず他愛のない世間話が始まってしまった俺らだったが、そんな俺たちの押しのけて、小さな影が前に出てきた。
黒のローブに、ローブと同色の三角帽子。
現状の俺より少しだけ高い身長のお姉さん――ロロさんが鬼気迫る勢いで迫ってくる。
感情の変化に乏しい整った顔に恐怖を感じたのは、その雰囲気ゆえだろう。
その雰囲気の原因は、恐らく空腹だろう。距離は離れているけれど、ロロさんのお腹が盛大に悲鳴を上げているのが、はっきりと俺の耳へと届いてきた。
――そんな彼女に、この一言は酷というほかない。
だが、ないモノは振る舞えないのでしょうがない。
「すいません、カウロス串はついさっき全部売れちゃいました。今日はこれで閉店なんです」
「っそ、そんな! ……が、頑張ったのに。これを楽しみに今日も頑張ったのにっ」
俺の言葉を聞いて膝から崩れ落ちるロロさん。
彼女のショックの受け方は半端じゃなかった。まさかこれほど落ち込むとは……
「あちゃー、残念だったねロロ。でもまぁ売り切れじゃしょうがないね」
「そうですよロロ、今日は他の物で我慢しましょ」
他のパーティーメンバーの皆さんは落ち込んだロロさんを慰める。
ソフィアちゃんは大通りで膝をつくロロさんの姿に呆気にとられていた。
……さて、どうしたものか。
ベーコン串ならまだ少し残ってはいるが、既に焼き場の火を落としてしまっていた。
この状態からでは、焼き上がるまでに少々時間がかかってしまう。
此処の串焼きを楽しみにしていたというロロさんには悪いが、これは他のお店に移動してもらった方が良いのかもしれない。
俺はそんなことを考えながら、何ともなしに視線を落とした。
そうして、俺は視界の端に俺の持ち込んだ鍋の姿を捉える。
……そういえば、これはそろそろ食べごろじゃないだろうか?
「あの、ロロさん。代わりと言っては何ですけど――もしよかったら、これでも食べてください」
俺は持ち込んだ鍋の蓋をあけて、中身を確認した。
見たところほどよく煮えているようだ――如何やら上手くできたらしい。
俺は屋台にあった椀を拝借して、鍋の中身を一掬いその中によそった。
「……これ……なに?」
「えっと、説明が難しいな。簡単に言えば僕の作った創作料理みたいなものです。お口に合えばいいんですけど」
「おっ、それ完成したのか。アル坊が店に持ち込んだ時から気になってたんだ。スゲーいい匂いしてたしよ、俺にも少しくれ」
お店の片づけを中断させてウォルファスさんが話に割って入ってきた。
黒い鼻をひくつかせているその様は、失礼だとは思ったが、犬の其れによく似ていると思った。
「――えっと、いいですけど、これに使っているお肉は……」
「別にどんな肉だって俺は気にしねぇよ」
「そう……ですか? それならどうぞ、良かったら他の皆さんも召し上がってみてください。――感想聞かせてくださいね?」
人数分の椀を新たに用意して、俺は鍋の中身をそれによそった。
とりあえずスプーンが人数分あったので、それも付けて各自に渡す。
そうして彼らは、スプーンで具材の肉を頬張った。
「「うお、なんだこれ! 肉柔らかっ! てかうまっ!!」」
「うん、美味しーよ! アル君の料理はいつも美味しいから大好き!」
「凄い、お肉が抵抗なく噛みきれるし、味が良く染みてる」
「このスープ味わったことのない味……甘しょっぱくて美味しい」
「……っ! ……っ!!」
……よかった。皆さんの反応を見る限り、如何やら口に合ったらしい。
俺は密かに胸をなでおろした。
「おいアル坊、これ一体何の肉を使ってんだ? こんな肉食ったことねぇぞ。もしかして高級肉か?」
興奮した様子でまくしたててきたのはウォルファスさんだった。
だが、なんというか、彼に具材の正体を言うのは少しだけ気が引けた。
「えーっと、なんというか……と、とりあえず高級肉じゃないですよ?」
「なんだよ? 歯切れが悪いな、これってもしかして変な肉なのか?」
「そういうわけでもないですが、……えっと、実はそれ
……ウォルファスさんは狼の獣人だから、これは共食いになるのだろうか? なんてことを密かに考えていたのは此処だけの秘密だ。
「おいおい、嘘だろ? これがあの筋しかねぇくそ不味い肉だってのかよ? 冗談だろ?」
……よかった。如何やら共食い自体はさほど気にしていないらしい。
彼が驚いているのは別の事だった。
前回のギルドの任務で、俺は偶然
その依頼の手続きは今目の前にいるヴァルキリーの皆さんが行ってくださったわけだが、その時に如何やら討伐した
その提出された
話を聞いた限りでは、
――不味いからだ。味自体はそれほど悪くはないのだが、動くために最適化された
それ故に、使い道がほとんどない無いらしい。
そんなくず肉を貰ったところでどうしたものかと悩んだものだが――考えているうちに俺は一つの料理を思い出した。
その料理は、前の世界で――前世で、母さんが得意だった料理の一つ。
その料理が凄く美味しくて、一人暮らしを始めた際に作ってみようと思い、聞き出していた料理だった。
それを試してみただけだった。
「ええ、冗談じゃなくそれは
「まじか。それでもあの肉がこんなに柔らかくなるなんてびっくりだ」
正確にはただ煮込むだけじゃない、先ずは軽く肉を焼いて、
でも手を掛けただけ料理は美味しさを増す。
この”すじ肉の煮つけ”はそういう料理なのだ。
「ねえねえアルクス君、このスープは何で味をつけてるの? 独特だけど凄く美味しいよね?」
「ルサリィさん……すいませんがそれは企業秘密ということで」
「えー、いいじゃんか、教えてよー」
狩人のお姉さんが頬を膨らませて不満を零していた。
だけど、こればっかりはまだ話せない。
否、話せるような事では無かった――言えるわけがない、まさか水の魔導で作り出したなんて。
俺が煮つけに使ったのは、醤油だった。正確には醤油の味のする水だった。
この世界の魔導は魔導名と、想像力で現象が具現化する。
そして、先日の依頼で日本語の魔導名をつけると、威力が上がるという現実に行き当たり、俺はこの世界の魔導に対する認識を若干改めていた。
そうして、試した実験の第一段階が、水魔導で生成した水の味を変えるということだった。
試して見た結果、俺の想像の中に残っている醤油の味は、結構簡単に再現できた。
そのあっけない成功に少しだけ拍子抜けしたのは此処だけの話。
だけど、その成功の先に新たに見えてきたものがある。
それは、醤油の味のする水を生成する際、想像した際に発生した青の魔力の色が普段使うものより若干違っていたということだ。
青色の魔力ではあったけれど、その鮮やかさが若干異なっていたのだ。
その結果が何を意味しているのか――それはもしかしたら、重要な、それこそ魔導の本質に近づくことなのかもしれない。
密かにそんなことを考え、期待に胸膨らませていた。
未知なることを追及する――それはどうしてこんなにも胸が躍るのだろうか。
だが、この現象はまだまだ確証には至っていない。だから、むやみやたらに話すことではないだろう。
というわけで、俺は聞いてきたルサリィさんに内心で謝りつつ、曖昧な返事を返してその場をやり過ごそうとした。
そうして、俺が適当に味付けの内容をはぐらかしていると――何だろう、いきなり誰かに手をつかまれた。
何事かと思い、手の主へと視線を向けてみれば、そこにあるのは俺の手を優しく両手で包みながらむせび泣くロロさんの姿。
――本当に何事!?
「……少年、どうかお願い。これを私の為に毎日作ってください。……結婚してください」
それはあまりに突然だった。あまりに突然の告白だった。
その言葉に盛大に吹き出すヴァルキリーの皆さん。
「ちょっ!? ロロ!? それは余りにも段階を飛ばしすぎだぞ!?」
「うぇぇー、だめだリーダー、ロロ、完全に周りが見えてないよ!!」
「確かにすごく美味しい肉料理でしたけど、まさかロロの正気をここまで狂わせるなんて……」
慌てふためく戦乙女たち、皆が一様に正気を無くしていた。
だが、もしかしたらこの中で一番正気を失っていたのは彼女だったのかもしれない。
彼女はロロさんの衝撃発言に体を震わせる。
――そうして、一言。
「そんなの! だめに! 決まってるでしょー!!」
グランセルの東通り、商業区域の一部。まだまだ活気の溢れるこの場所で、幼馴染の慟哭は大いに響き渡るのでした。
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