-静観する戦乙女たち-
「まったく、アステってばどうしてそうやって勝手に依頼を受けちゃうんですか! 確かにあなたは私たちのリーダーですけど、もっと私たちの意見とか予定とか、そういったことも聞いてくれないと困ります!」
「そうだよリーダー、だいたいリーダーじゃないか、「明日は
「……アスタルテ、無鉄砲、向こう見ず、猪突猛進――やーい猪…………おなか減った……」
――非難ゴウゴウだった。
そもそも今朝方私が一人で冒険者ギルドに赴いたのは、中々起きてこない仲間たちに痺れを切らしたからだった。
うちの
確かに一人で依頼を決めてしまったことや、急遽予定を変更する事になっちまったことは、少しだけ悪いと思っている。
――思ってはいるが、ここまでボロクソに言われれば流石に面白くない。
「――うっさいなぁ、さっきから悪かったって言ってんだろー、それにこれもさっきから言ってっけど、お前らが起きてこねーのも悪りーだろーが!」
「それはそうかもしれませんけど、その依頼って指定討伐の魔獣でしょう? 見つけるあてもないのにこの広い草原を探し回るなんてどうかしてます!」
「メリッサの言う通りだよ、それに僕たち魔獣と戦う準備もほとんどできて無いじゃん、見つからなきゃボランティア確定――実質ボランティアみたいなもんじゃないか」
「……ねぇ、メリッサ、ルサリィ、おなか減った」
「――はぁー、はいはい、俺が悪うござんしたよ、後ロロ、お前はこれでも齧ってろ」
若干一名は別の事で不満を零している――我らが
俺たちの中では一番ちんちくりんな見た目をしている割に、ロロは食欲が旺盛だった。
大きな黒の三角帽子を被り直しながら俺が渡した干し肉に齧りつくロロ――通常変化の少ないこいつの表情も、この時ばかりは少しだけ嬉しそうな雰囲気を醸し出している。
その様子だけ見ていればまるで好物を獲得した小動物のようだとも思ったが、同い年の
――まあ、いずれにしろこれでこいつに関してはしばらくおとなしくなるだろう。
だが、残り二人――我らが
――分かっていた、これでもこいつらとはそれなりに長い付き合いだ。だからこそ、こいつらがこんな風にぶーたれることぐらい予想出来ていた。
――予想は出来ていたが、それでも今回
いつも世話になっている人物からの頼まれごとをききたくなるのは当然の事であると思うし、それが人情ってもんだとも思う。
それに聞けばこれから様子を見に行く奴は、アルトの弟子で、しかも今日ギルドのメンバーに加わったばかりの新人だと言う話。
基本的に冒険者
その中なら当然
というかそうやって教えを乞うた後輩は、そいつの後輩に同じく教えを説いてゆく――それが冒険者の中にあるサイクルってもんだ。
今回は俺たちがその”
……というかこいつらだってそれは理解しているはずだ。
もし本当にこいつらが俺の受けた依頼が気に入らない言うのならば、そもそもこうやってついてくるはずがないのだから――
――こいつらが今こうやってぶーたれているのだって、言わゆるスキンシップみたいなモノだろう。
「あー、それにしても眠いですねぇ、昨日は寝るのも遅かったですし、今日くらいはゆっくりしていたかったですー」
「あーあ、なんだって僕がこんな事しなくちゃいけないかな、聞けばその初心者って十歳らしいじゃん、
「――はむはむ、むぅ、お肉おいしぃ」
……――スキンシップなんだよな?
――こいつらの言動を見ていると、必ずしもそう言い切れないところが少しだけ、本当に少しだけ悲しかった。
睡眠欲に忠実な奴、食欲に忠実な奴、ただ単に自分の好みを選る奴――まこと欲望に忠実な仲間たちから目をそむけたくなり――思わず俺は大きなため息を吐き出してしまった。
「――むぐ、ねぇアスタルテ、もしかしてあれ、例の新人?」
――っと、落ち込んでいるのも束の間、如何やら我らが魔導士様が件の冒険者の姿を補足したらしい。
俺もその姿を捉えようと当たりを見渡してみると、――なるほど、確かにまだまだ距離があるが、それらしき人影が確認できた。
――確認はできたのだけれども、どうにも様子がおかしい。
見れば、その人影は
――それもぐったりと。
「――ねぇアステ、なんか聞いた話と違うんですけど。その新人って”赤い服”を着てるんでしたっけ?」
「うんにゃ? アルトの話じゃ、今日は白い服に茶色の外装だってはなしだったぞ? 人違いか?」
前情報と異なる出で立ちに訝しぐ俺たち。
目を凝らしてみても距離が開きすぎているせいで、それ以上の情報は得られそうになかった。
――こういう時は、我らが
ルサリィは決して伊達や酔狂で弓使いをしている訳ではない。こいつの視力は俺たちの中では随一だ。
ほかの奴らも同じことを考えたようで、皆の注目が一斉にルサリィに集まった。
皆に注目されたルサリィは、驚愕に目を見開いていた。
「――リーダー、やばいよ……これはやばい、あの新人死んじゃうかもしれない」
「はぁ!? どういうことだそりゃあ、ちゃんと説明してくれ」
「説明もないもないよ! 赤いのは”血”のせいだ! あいつ血塗れでボロボロなんだよ!! 最悪だ、あの新人討伐指定の魔獣に襲われてるんだよ!!」
ルサリィはそういって何やらを指さした。
弾かれるようにして、俺も急いでルサリィの指さした先を目で辿ってみれば――確かに、その先には一匹の
「っくしょう、なんでいきなりそんな状況になってんだよ!! おいっ、ロロ、ルサリィ! ここから
「――無理、遠すぎる」
「僕の弓でも無理、もっと近づかないと――」
「――だったら急ぐぞ!! 近づいて
「「「了解!!」」」
全く同じ返答を返してくる
――遠い、まだまだ遠い。
一気に
だが、生憎距離が遠すぎる。
ロロの魔導はまだまだ射程には程遠い、ルサリィの弓とてそれは同じだった。
そんな俺たちの行動をあざ笑うかのように、
「っマジかよ!?」
「――あれ、風属性の補助魔導……恐らくは”クイックムーブ”」
「解説ありがとうよ! お蔭で絶望しちまいそうだ!! おいロロ、なんか手はないか?」
「……恐らく無理、間に合わない――名前も知らない
「っておいぃ!? 縁起でもねえこと言ってんじゃねえぞっ!?」
――しかし、だがしかし、そうはいっても打てる手がないことは事実だった。
俺たちの視線の先にいる
……――やばい、速えぇ、間に合わねぇ!!
爆ぜる様に飛び出した
……――万事休すってやつか、すまねぇ新人。
急ぎの歩みは決して緩めはしなかったけれど、俺は密かに心の内で謝罪を述べる。
助けられないと、心の中でそう思った。
――だからこそ、次の瞬間に起こった目の前の出来事は、俺の思考を見事に吹き飛ばした。
新人に迫る
新人は何を思ったのか、その大きく開いた口に対し、恐怖し身を竦めるでもなく、戦き身を躱すでもなく――あろうことか抗うために自ら腕を突っ込んだ。
――そうして”緑”が煌めいた。
「はぁっ!?」
「うぇっ!?」
「うそ……」
「――っ!?」
――風が弾けた。
暴風が吹きぬけてゆく――あいつの、新人の右手を起点として暴風が駆け抜けて行く。
その様はまるで物語に登場する伝説の四龍が吐き出したブレスを彷彿とさせるような、とんでもない一撃。
そのあまりの威力にそれを放った新人と、
その光景から数瞬遅れて、――ダンッ!! という大きな炸裂音が俺たちの耳へと届く。
「「「「…………」」」」
目の前で起きた刹那の出来事に、自然と歩みを止めて黙り込む俺たち。
俺たちの視線を釘付けにしていた者たちはピクリとも動かない。
……――動かない?
「って、こんなことしてる場合じゃねぇ! お前ら急ぐぞっ!」
俺は止まっていた足を慌てて動かした。
未だに三人は黙ったままだが俺の言葉はちゃんと届いていたようで、背後に三人分の足音が聞こえていた。
……………
…………………
…………………………
「……こりゃまた随分ひどくやられたもんだな」
新人の元へと駆け寄りその姿を一瞥した結果、俺はそんなことを無意識に呟いていた。
話で聞いていた新人は黒髪黒目の十歳の子供――生憎黒目の方は確認できなかったが、黒髪と体の大きさでこいつが件の新人であることはほぼ間違いなさそうだった。
そんな新人は、小さな体を草原の上に横たえていた。
胸が上下しているのは見て取れるから何とか生きてはいるようだが……体の様子は無残と言うほかない。
両腕はズタズタ――特に右腕は骨が砕けているのか変な方向を向いている。
左の足は腿の辺りに齧り取られた跡があり、血で真っ赤に染まっている。
顔は爪で付けられたであろう三本の大きな傷が、左の眉から始まり頬まで伸びてやはり真っ赤に染まっていた。最悪こいつの
よくもまあ初任務でここまでボロボロになったものだと、思わず呆れてしまった。
「おいメリッサ、こいつに
俺はパーティー共用の荷物の中から医療品を取り出してルサリィへと放った。
「それは別にいいけど……リーダーとロロはどうするのさ?」
「俺たちはあっちの様子を見てくる――それと治療は出来るだけ手早く頼むぞ? 応急処置が済んだらグランセルに急いで連れてくからな」
「わ、わかった……」
神妙な顔で頷いてくるルサリィに頷き返しながら、俺はすぐさま踵を返した。
そうして俺は我らが
ロロには此処に近づくと同時に、指定討伐の魔獣の様子を見に行ってもらっていた。
「おーい、ロロ、こっちの様子はどんなもんよ?」
「…………」
近づく俺に対しロロは何も答えず、俺に背を向けたまま黙って指を指す。
……――なるほど、自分の目で確かめろってことか。
ならば、と、俺は言われるままにロロの指さす方向へと歩みより――
「うぉっ!? なんだこりゃ!!」
―― 一瞥して何故ロロが状況を語ろうとしなかったのかを理解した。
空間が”削り取られていた”。
明らかに何かが通過していったことがわかる様に、草原の一部がかなり広範囲にわたって削り取られていた。
そしてその削り取られた地面の上に、一匹の”頭の無い
何も知らずにこの光景だけを目にしたら、いったいこの場所で何が起こったのかなど検討もつかないだろう。
だけど俺たちは知っている――この光景が誰によって起こされたのか、何によって起こされたのか――その原因を知っている。
「これを、あの小僧が?」
――無意識に震える声で呟いていた。
あの小僧は冒険者になりたての新人で、しかも十歳になったばかりの
そんな奴が下位属性の風の魔導でこれだけの威力の魔導を放って見せたというのだから、脱帽だ。
「――アスタルテ、これ……みて」
「っ!? これってまさかっ!」
「たぶん、あの狼の魔石」
ロロが差し出してきた掌には、直径にして約五メルトほどの魔石が収まっていた。
かなり大きい魔石だった。そのうえ澄んだ緑色をしていた――それを見る限り質もかなり良さそうだった。
魔石の大きさと質で、それを持つ魔獣の強さがある程度分かるもんだが――どう見積もって五等級で収まるようなものじゃなかった。
これほどの魔獣なら、四人パーティーの俺たちだってそれなりに苦戦を強いるだろうに――
「あの小僧はこいつを一人で撃退したってのか?」
最早それ以上、言葉が出てこなかった。
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