冒険者の初任務(後)
ロニキス父さんの元同僚でもある
兵士の人に冒険者になったことを驚かれると同時に色々聞かれたおかげで、時間をそれなりにロスしてしまったのは此処だけの話であり、どうでも良い話だった。
兎にも角にも、俺は冒険者となって初めての任務に取り掛かる為に目的地に向かうことにした。
目的地であるシュプロジュール草原は
草原の真ん中には東西ですっぱりと分ける様に、ウィベラという名前の大きな川が流れていた。
俺が見つけたムーングラスの群生場所は、その
その場所だけはゴロゴロと大きな岩が転がっており、シュプロジュール草原の中でも割かし特徴的な場所。
そこには岩場の隙間を住処にしているのか、”ホーンラビット”と呼ばれる一角を宿すうさぎがおり、それを捕るためにナチェットさんに連れられて訪れたことがある場所だった。
ムーングラスを発見したのは、まさにその時だった。
岩と岩の間の僅かな隙間、そこにその薬草は群生しているのだ。
ムーングラスは文字通り、月明かりを受けて成長する草であるらしい。
光が僅かにしか差し込まない狭い岩と岩の隙間は、一見すると生育条件には合致しない様に思うけれど、狭いが故に外敵に狙われ難いのか、それなりの量のムーングラスが生えていたのだ。
ホーンラビットがこの岩場を住処にしているのは、もしかしたらこのムーングラスを目当てにしているからなのかもしれない。
というわけで、俺は足取り軽く岩場を目指していた。
初任務を労せず終えられるかもしれないという期待感――
少しでも多くのムーングラスがあって欲しいという打算――
もしかしたらホーンラビットも手土産に出来るかもしれないという皮算用――
それらの思いは俺の気持ちを多少なりにとも浮かれさせるには十分なものだった。
だからこそ、なのだろうか――所謂、罰ってやつがあたったのは。
ギルドを後にする際にあれだけ気にしていた”都市から離れることで発生する危険”ってやつを、蔑ろにする気の緩み。
そしてそれは不味いことに、問題なく件の岩場に到着できたことによって確かに助長されていたのだ。
多くの目的を抱き――それ故に各目的に意識が分散され、ひいては本来の目的に対する意識を散漫にさせるだけでなく、危険に対する意識さえも同時に散漫にさせていたのだ。
目的を見失うことは、愚かな人間にもっともありがちなことだ。
だからこそ、愚か者の俺は真に理解することになる。
この世界――イリオスがどれほどまでに厳しい世界なのかを理解することになる。
――痛いほどに。
――苦しいほどに。
――辛いほどに――理解することになる。
この
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――よし、何事もなく目的地に到着、
目的地に無事到着した俺は、誰の耳にも届かぬ言葉を口に出す。
そうしてそんな言葉を口にしながら、僅かな突起を足掛かりにして岩場を軽快に上ってみた。
約一メートルにも満たない岩の上――その視点の変化に少しだけバランスを崩しかけるも、足に力を入れて何とか踏みとどまった。
俺の記憶が正しければ、この岩場の隙間から覗く下方の大地に今回の目的の
記憶を頼りに片膝をつき、以前と同じように岩場の隙間を覗いてみれば――案の定結構な量のムーングラスの姿があった。
「――っ! よしっ!」
思わず小さくガッツポーズを形付く右腕。
――しかしあれだ。こうして改めてこの場所を観察してみれば、何故この場所のムーングラスが採取されていないのか、その理由が何となくわかった。
それは実に簡単な理由――岩場の隙間がとても狭いからだ。
恐らく大人の太い腕ならば、途中で閊えてムーングラスまでは手が届かない。
もし採取をしたいのならば、隙間の奥まで届く特殊な道具か、はたまた小さな手を持つものでなくてはならない。
――そう、まさに今の俺の子供の腕のような、小さな手が必要なのだ。
つまり、今回俺が望んだ依頼は、俺にとっては実にお誂え向きの依頼だったのだ。
俺はその事実に嬉々として腕を伸ばす――手先の感覚を頼りにムーングラスを傷つけないように引き抜いてゆく。
ちなみに今回採取するのはそれなりの大きさに成長している物だけにして、若草の物はそのままにしておいた。
こうしておけば、また一月ほどで再び取り頃のムーングラスに成長することだろう。
そんな調子で、俺は一心不乱にムーングラスの採取を続けた。
……………
…………………
…………………………
―― 一体どのくらいそうやってムーングラスの採取をしていただろうか?
体感時間で判断すれば、恐らく一
一
照り付ける日の光は快適とは程遠い体温上昇効果をもたらしていたのだから当然か……
だが、どうにか俺の集中力が途切れるより前に、一通りのムーングラスを取り終えることに成功した。
改めて数えてみれば、十本で分けた束が四つと、端数が五本あることを確認する。
「……合わせて四十五本か――よしっ、これなら二回分の納品が出来るな」
二回分の納品ということは占めて銀貨二枚分――二万カルツの儲けとなる。
まさか初回の依頼で、ギルド登録料金の半分近くが戻ってくるとは思っていなかったのだから、この結果はとてもうれしい。
俺は初採取の結果に大いに満足し、採取した荷物を大切に持ってきたカバンの中にしまった。
そうして同じ体制を長時間していたお蔭で凝り方また体を和らげるために、上半身だけ大きく伸びをする。
依頼達成による満足感と相まって、爽快とも取れる心地よい感覚が一時的に俺の体を駆け巡った気がした。
――だが、悲しきかな。そんな感覚は長く続いてはくれなかった。
大きく伸びをするために顔を上げ、向いた先――そこに”それ”はいた。
”それ”は息を殺し、身を低くしながらジリジリと間合いを詰めて来ていたのだ。
”それ”を目にした瞬間、一時的に俺の頭の中は空っぽになっていた――
そして次の瞬間には、「あれは何だ?」と思うと同時、その特徴的な外観と合致する情報が――今朝方ギルドで手製のノートに書き綴った内容が、頭の中に蘇ってきた。
狗族の外見、灰色の毛皮、そして潰れた右目と額についた大きな魔石――
「――ま、まさかあれって”隻眼の
――拙い、拙い、拙い、拙い、拙いっ!!
しいて注意点を挙げるとすれば群れで行動するということぐらいだろうか?
出会ったのがはぐれの
そして、その場合は当然ここまで取り乱すことはなかったはずだった。
なぜ俺が取り乱しているのか――それは目の前にいる
変異種だと断言できる大きな理由は、額についた大きな魔石の存在だった。
魔石とは、簡単に説明すれば獣が生成した魔力の塊だ。
これを体のどこかに宿した獣は、魔獣と呼ばれ総じて獣とは一線を画す力を――魔力を扱う力を持っているのだ。
通常の
そしてたちの悪いことに、変異種や魔獣は最低でも六級程度の冒険者ではないと討伐はまず不可能と言われていた。
”魔獣を倒せるようになったら冒険者としては一人前”
冒険者ギルドにはそんな格言があるくらいだ。
すなわち、まかり間違って初心者の――今日冒険者になりたてホヤホヤの俺が相手に出来る獲物ではないのだ。
しかも奴は――”隻眼の
群れるという特性を自ら捨て去り、それ以上の
そんな脅威が、俺を獲物に定め静かににじり寄ってきていたのだ。
「っ、くそ!」
俺は抑えることなく悪態を吐き出しながら岩場から飛び降りた。
ムーングラスを収めたバッグを岩場に置きっぱなしにしたのは、少しでも荷物を減らすため――
肩掛けのバッグは逃げるという行動だけを行う場合、若干ではあるが動きを阻害する場合がある。
せっかく採取したムーングラスを置き去りにするのは、かなり抵抗があったが――逼迫した現状では仕方のないことだろう。
魔獣に狙われた今の状況はそれほどまでに、追いつめられているということなのだ。
俺の動きに反応して、低くしていた身を起こし、いつでも駆け出せる体制を作る
グルル、と、喉を鋭く鳴らすその様は、「絶対に逃がしはしない」と、そんな風に言っているような気がした。
そうして魔獣は走り出す――俺という点を中心にして、円を描くように走り出す。
しかし、そうして描かれる円は決して新円ではない――徐々に間合いは詰められ、円はどんどんと小さくなっていくのだ。
俺という獲物を逃がさない様に、確実に仕留めるために。
その様子に思わず足が震えた――死の恐怖が螺旋の軌道を描きながら俺へと迫ってきている。
恐らく、こいつから逃げることは不可能だろうと、俺は半ば本能的に悟った。
「っ、食らえ”エア・カッター”!!」
捕食の恐怖を払拭するために、咄嗟、右腕を前に突き出し――
その魔導を咄嗟に選んだのは、それが唯一練習していた攻撃用の魔導だったからだ。
込めた魔力は俺の持ちえる全魔力の二十分の一、すなわち五パーセント。
瞬時に俺の右手を起点に
咄嗟に放ったにしては、俺が放ったにしては――その魔導は実に上手く飛んでくれた。
タイミングもバッチリで、実際放った俺自身が驚くほど上手く放つことが出来たのだ。
魔導が手から離れた瞬間、これは当たると確信できる程に、会心の魔導だった。
だが、会心の
瞬間、俺が放ったと同色の魔力を体に宿す
緑に煌めくその体は、その一瞬だけ、今まで以上の速さまで加速した。
「――おいっ、勘弁してくれよ!」
風を身にまとい移動の補助に使用する
それを一瞬とはいえ、獣の身で使用するのだから、まさに驚愕の一言だった。
甘く見ていた――失敗した。
俺の使える攻撃魔導は
幾つも攻撃用の魔導を身に着けたところで、そもそも戦闘経験のない俺には、いざというときに使いこなせる自信がなかったのだ。
だからこそ、一つの、たった一つだけの攻撃魔導を何度も練習して、それだけは完璧に使いこなせる様に身に着けていた。
どんな場面でも
だからこそ、上手く使えると思った、上手くあてられると思った――
――でもそれは俺の思い過ごしだった。
――今になっての後悔、どうして俺は固定標的だけを的にして練習してきたのか。
――移動標的に当てられなければ何の意味もないじゃないかっ!
……そんな後悔を胸中に宿す俺をよそに、鋭い牙が並んだ咢を持って、獣は俺へと飛びかかってくる。
――体のどこでも良い、どこでも良いから噛み千切るっ!!
そんな啖呵が聞こえた気がしたのは、幻聴に他ならない。
幻聴であるはずなのに、その幻聴に俺の体は竦み上がった。
竦み上がった俺は、ただの肉の塊でしかない。
――瞬間、灰色の一閃が左の腿を掠めて通り過ぎて行った。
ぶちりっという嫌な音が掠めた先から聞こえてきて、思わずそちらに目を落とす。
「――っっ!!」
……正直見るんじゃなかったと後悔した。視線の先に捉えた俺の左ももは服の上から、小さくはあるが確実に欠けていた。
片手でも覆える程度の小さな欠落であったが――唖然としながら抑えてみれば、まるで忘れていたのを思い出したかのように、阿保みたいな量の赤が溢れだしてくる。
「――ぁあっがああぁぁっ!!」
自分でも何を口に出しているの分からないほどの、不明瞭なうめき声を零した。
痛いっ、とんでもなく痛いっ!! 痛みで目の前がチカチカと点滅する。
頭の中が一気にぐちゃぐちゃになって、そのまま倒れ伏したい衝動に駆られた。
しかしながら、どういうわけか俺の本能は拒否したようで、傷を手で押さえながら棒立ちを続けた。
何とかして意識を繋げているために、自問自答を頭の中で繰り返す。
――なぜ、こんなにも痛い? ――傷をつけられたのだから当然だ。
――いったい誰によって? ――当然
――何のためにこんな傷を負わせてくる? ――それは俺を食うためだ。足を傷付け、逃げられなくなった俺を……
……――確実に仕留めるためだ!!
痛みに耐えながら、何とかして頭を上げてみた。
俺の左脚に大けがを負わせた最悪の敵は、再び弧を描きだしていた。
再びあの攻撃が来る。
今度はいったいどこを狙われるのか? もしも俺があの獣の立場だったら、一体どこを狙うだろうか?
すれ違いざまに脚の肉を削り取れるほどの強力な顎の力、そんな力で噛みつかれたら――喉、首ならば一巻の終わり、手足だったとしても、大事な血管に傷を負えば終わりだ。
つまりどこにこようが、今以上に状況が悪くなることに変わりはない。
それにこの足では、次の接触を避けることも難しいだろう。
――ならば、ならば――いったいどうするか。
――俺は再び俺の唯一の武器である魔導を組み上げた。
だが、今度の魔導は初めの物とは少し違う――違うのは一つの魔導に込める魔力の量。
俺は初撃の四倍という魔力を右手に集中させた。
それは体に回る魔力の五分の一、二十パーセントに該当する魔力の量だった。
魔力の量だけは一人前の俺が放つ二十パーセント――魔力量だけ見れば結構な大魔導だ。
「――せいぜい大きく避けてくれよ? いけっ”エア・カッター”っ!!」
――魔導を放つ。
魔力を込めた右手で空間を薙ぐように、前方に向けて――
それに応じて生み出されたのは、大きな大きな風の刃。
それが地面と平行に
見えないはずのその刃の存在を、魔獣は恐らく肌で感じ取ったのだろう。
ガウッ! と、大きく一鳴きした
――だがそれでいい。
俺は瞬時に五パーセントの魔力を練り上げる。
「いくらお前でも、
地上を縦横無尽に駆ける
ならばそんな敵に魔導を当てるにはいったいどうすればいいのか?
――移動を制限すればいいのだ。
俺の放った広範囲をカバーするエア・カッター、あれによって
だが、飛び上がってしまえば重力に従い地面に降り立つまで大きく進行を変更することは出来ない。
ならば、さっきの様に
その光景を目にし、これは絶対に命中すると俺は確信した。
――瞬間、
――着弾。
吹き飛ばされ、ギャンッと、叫び声を上げる
「っ!?」
その光景が信じられなかった。
エア・カッターは切り刻む魔導だ。
それなのに、着地した
なぜ、エア・カッターが敵を吹き飛ばすだけに終わってしまったのか。
――その理由は
今もなお緑色の魔力を纏うその体には、その魔力の力が顕現していたのだから――体を風で覆っているのだから――
――あいつは風の鎧を身に纏っていやがるのだ。
……なるほど、と思った。これは確かに指定討伐に成るに相応しい魔獣だ。
駆け出しの冒険者の俺が、ひよっこの俺なんかが敵う相手じゃない。
その現実を思い知らされると同時――今まで俺の体に張りつめていた緊張感が一気に緩んでしまった。
――その一瞬、俺の心は諦めという名の柵に支配されそうになっていた。
そして、その一瞬の雰囲気は野生の
「――しまっ!?」
――気が付いたときには衝撃を受けていた。
ドウッと、地面に押し倒され重圧を掛けられる。
視界の左半分と、右腕が動かないことから判断すると、恐らく、右腕と顔の左半分が
思い切り体重を掛けてきているせいで、頭が割れそうなほどの重圧を感じる。
おまけに丁度左の額部分に爪が当たっているようで、その部分がどんどんと痛くなってきた。恐らく食い込んでいるのだ。
「っ畜生! どけ、よ――ちくしょうっ!!」
――無力、あまりにも無力。
力無い自分が情けなくて、思わず涙が出てきた。
父さんが、ロニキス父さんが死んでから二年という歳月、その間ずっと無力さを味わってきて、ようやく今日という日を迎えたのに。
ようやく俺も、イリス母さんの助けになれると思ったのに、これでようやくいつの日か交わしたロニキス父さんとの約束を守れると思ったのにっ!!
――俺は父さんから家を頼まれたのに!! どうしてこうなるっ!!
俺は死ぬのだろうか?
約束も守れず、大切な人も守れず――”また”死ぬのだろう?
――否っ!!
――――断じて否だっ!!
――――――誰が”もう一度”なんて、死んでなどやるものかよっ!!
『だからお前は邪魔だ!! そこをどけっ!! ”エア・カッター”っ!!』
――咄嗟の事だった。
思考もほとんど纏まらない状態のまま、俺は唯一自由な左手を
そこに込めた魔力は、その一瞬で込められる最大の量、約二十パーセント。
通常これほどまでの至近距離で風の属性の魔導を放てば、完璧に魔力を制御したとしても余波が体を傷つける。
しかしながら、そんなことを考慮する余裕など持っている訳もなく――ただただ全力で、俺は風の攻撃魔導を放ったのだった。
――掌の先に緑色の魔力が収束し、風の刃が顕現する。
が、その顕現した刃は、その”エア・カッター”は常軌を逸していた。
――空気が爆発する。
その威力に宙に打ち上げられる
ゴロゴロと勢いよく地面を転がり、勢いよく岩場に背中を打ち付けた。
「――ゲフッ!! ぉぉぉおおおお、痛っつぅ――!!」
あまりの衝撃に悶絶する俺。
しばらくそうやって無残に転がりながら――どうにか息を整え、岩場に背を預ける様に状態を起こした。
――咄嗟のこととはいえ、ずいぶん無茶なことをしてしまったと思った。
左手は魔導の余波を受けたせいかズタズタになっていて、血が滲んでいた――動かない。
しかも左目が見えなかった――唯一動く右腕で触ってみると目にかかる様にして、大きな傷がついていた――恐らくこれは押さえつけられていた
恐らくアドレナリンが過剰に分泌されているのだろう。先ほど食いちぎられた脚や、腕や顔の傷の痛みは感じなかった。
――変な気分だった。
血を流したせいか、冷静さを取り戻せたようだ。
その時点でようやく、唯一見える右目であたりを見回してみれば、ずいぶん離れた場所にあの
どうやらゼロ距離からの”エア・カッター”の直撃はそれなりのダメージを与えられたようだ――
しかも、ダメージはそれだけに留まっていないようで、よろめきながら上体を必死に起こそうとしているのだ。
――その様子は明らかに可笑しかった。
そもそも、俺の”エア・カッター”では
だというのに、どうして今回の”エア・カッター”は切り傷をつけることが出来たのか?
否――そもそも威力がおかしかった。
実は俺の攻撃魔導は、師匠のアルトさんにお墨付きを貰う程に貧弱だった。
アルトさんの使う”エア・カッター”と比べると明らかに威力が弱いのだ。
その理由はアルトさんも分からない様で、もしかしたら攻撃魔導の適性があまり高くないのかもしれないというお言葉を頂いた。
だからこそ、何とか実用可能なレベルになる様に、大量の魔力を消費して魔導を放っているというのが現状だった。
ちなみに俺の全魔力の五パーセントの魔力で発動させている”エア・カッター”で、所費魔力は通常の五倍程度、威力は通常の八割ってところだ。
俺にとって攻撃魔導とは、それほどまでに非効率な魔導なわけだ。
――だからこそ、例え二十パーセントの魔力をつぎ込んだとしても、左手が余波でズタズタになるほどの威力は出ないはずであるし、ましてや
――天突くほどの威力の魔導を放てるはずはないのだ。
だから、きっと――”エア・カッター”があれ程の出力になった理由がある。
――よく思い出してみよう、さっき俺は咄嗟に何をしたのか。
使用した魔導は変わらず”エア・カッター”、使用魔力は二十パーセント、左手で使用して――そして、俺は咄嗟に…………っ!
『日本語で魔導名を唱えた?』
……そうだ、そういえば魔導名にはそんな役割があったはずだ。
師匠のアルトさんが言っていたじゃないか、「同名の魔導名を使う人が少なければ少ないほど、その力を大きくする”」って。
――ならば、この世界で唯一であろう、日本語で唱えられた”エア・カッター”は、大きな威力を持って然るべきなのではないだろうか?
まてまて、そういえば魔導を使うためには、想像力が必要になるのが大前提だ。
その想像に魔導名を結びつけることで魔導が発動する訳だから、俺にとって純粋な母国語ではないこの世界の言葉であらわした魔導名では、想像と結びつけにくいのは当然のことだろう。
だから、俺が今まで使用していた攻撃魔導の威力が弱かったのだろうか?
だとすれば、もっと、もっと言えば――日本語でオリジナルの魔導名を付けたなら、更に強力な魔導が放てたりするのだろうか?
絶体絶命の状況だというのに、俺は一心不乱にそんなことに思考を巡らせていた。
――ガオンッと、大きな遠吠えが聞こえてきた。
その音にはっとして、俺の思考はようやく現実へと戻ってきた。
片目だけで音源の方を向いてみれば血濡れの
共に隻眼でにらみ合う俺と、
そして
恐らくこれで決着を付けるつもりなのだろう――強い光の宿った隻眼がそれを物語っているようだった。
だけど俺は、先ほどまでだったなら恐怖で震えていたであろうその眼力を、同じく隻眼で見つめ返していた。
先ほどまであれ程揺らいでいた俺の心持は、今ではすっかりその成りを潜めていた。
何が俺をそうさせたのかはもう既に考えなかった――ただ、まっすく此方に駆けてくる
このままあいつに向かって攻撃魔導を放つべきだろうか――否、片目が見えない今の状況ではどうしたって狙いが荒くなる、それでは容易く避けられてしまうだろう。
飛びかかってくるあいつを避けて体制を立て直す?――否、そもそも脚に怪我を負っている、素早い回避行動はとれないだろう。
今自由に動かせるのは右腕だけだ――
――ならば、その右腕を使って残った
俺は右手にありったけの魔力を、今体に残るすべての魔力をかき集めることにした。
残り魔力は五十パーセント――その全てを右腕に集める。
魔力二十パーセント充足完了―― 一瞬で集められる魔力はそれが限界、これ以上は集めるのに僅かばかりの時間がかかる。
魔力三十パーセント充足完了――
魔力四十パーセント充足完了――
魔力四十五パーセント充足完了――既に間合いに入ったのだろうか、
後数瞬で、あの鋭い犬歯が俺へと突き立たるのだろうが――遅い。
魔力五十パーセント充足完了――僅か数瞬早く俺の魔力の準備が整った。
俺は、盛大に魔力を込めた右手を――飛びかかってくる
それに合わせて噛みついてくる
噛み千切るだけの勢いと、顎の力を持ちながら噛み千切ることが出来なかった。
それは恐らく動揺故だろう、自ら腕を噛みつかせた俺の行動が誘った動揺故だろう。
そんな動揺さえなければ、俺のことを食らうことが出来ただろうに――その動揺があったからこそ、俺の渾身の反撃を食らうことになったのだ。
俺のような
では、咄嗟に考えた魔導名を口に出すとしようか。
――さあ、存分に味わえ!!
『切り刻め!! ”風刃(ふうじん)”』
魔導を放った瞬間、轟音が鳴り響き――俺の意識はそこで途絶えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
■本編補足
今までの本編に出てきた『』ないの言葉は基本的に日本語と言う設定です。
今後も『』ないの言葉は日本語です。
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