冒険者の初任務(前)

 父であるロニキス・ウェッジウッドを亡くしてから二年の時が経過した。

 オリエンス門の主力を務めていた父さんと共に、それなりの人数の兵士を失ったグランセルという国は、適度に兵士の補給をすまし、今では二年前と殆ど変らない日常を取り戻していた。

 都市を行き交う人々の口からも、二年前の魔物の襲来を噂する声は今ではすっかり鳴りを潜めてしまっていた。


 二年という歳月は、悲劇を過去の事件に変えるには十分過ぎる時間だったみたいだ。


 ……悲しくはあるが、だがまぁ世間一般の反応なんてこんなもの。


 俺だって前世では、発生した大災害や事件事故、そういったものを”間接的”に体感した時は凄くやるせない気分になったし、悲しく思ったものだけど―― 結局それだけで、次第に過去の出来事にしてしまったものだ。


 自分が当事者でない出来事というのは、どうしたって関心を持続させ難い。


 ――だからグランセルの様子も、都市を行き交う人々の様子もしょうがないことだろう。



 だけど、残念なことに今回の出来事について、俺はその当事者ってやつになってしまって――俺を取り巻いていた生活の大部分が大きく変化してしまっていた。



 ――イリス母さんが倒れた。



 前の世界でもそうだったけれど、この世界イリオスでは前の世界以上に生活のためにお金が必要だ。

 働き手がいないから、働くことが出来ないから生活保護を受給する――なんて選択肢は当然この世界には存在しない。


 だからこそロニキス父さんという働き手を失ってしまった我がウェッジウッド家では、その役割の代わりに担う人物が必要であったのだが……

 当時八歳であった俺にその役割を担えるわけは当然なく、消去法で母さんがその役割に収まることとなった。


 だけどイリス母さんは元々そんなに体が丈夫な方ではなく、家事と仕事の両方を一度にこなす生活は母さんに大きな負担を強いることとなった。


 それらの疲労に加わり、父さんを失った事に対する心労――それらはイリス母さんの体を蝕むには十分すぎるほどの効果を有していた訳だ。


 ……それゆえの結果だった。


 母さんが倒れた後の我が家の財政は、それは目に見えるほど悪化の一途をたどっていった。

 

 もともとそれなりに貯えはあった我が家なのだけれど、働き手がいない今大きな収入はなく、そのうえ母さんの治療のためにその貯えはみるみる内に減って行く。


 俺も火の車となって行く我が家を少しでも助けようと、今までより手伝いの頻度を増やしてはみたのだけれど、例外でもなければ子供の稼ぐ賃金など目に見えている訳で、火の車には文字通り焼け石に水程度の効果しかなかった。


 ――このままでは近い将来取り返しの付かないことになってしまう。

 

 その事実を実感した俺は、十歳の誕生日を迎えると共に、とうとうとある決意を固めることにした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 王都グランセルの東側に位置する商業区域、その場所にある建物の一つに、この日俺は訪れていた。

 結構な頻度で訪れていた場所だけれど、何時もとその立場を変えてこの場所を訪れるのは何気に初めてだった。


 大きな盾と交差した二本の剣が描かれている看板を掲げる建物、俺はその建物の扉をそっと押し開けて踏み入った。


 朝でそれなりに早い時間帯のせいか、何時もよりそこにいる人の数は少なかった。



「ようこそ、冒険者組合ギルド”ヴァンクール”へ! ってあれ? 何だアル君じゃないの、どうしたのこんなに早くに?」



「おはようございます。アルトさん」



 人が少ないからなのだろう、俺の魔導の師匠であり、同時にギルドの受付嬢でもあるアルトさんが、俺へと声を掛けてきてくれた。

 五歳の時から魔導の指導を受けて早五年、現在では家の事情もありアルトさんの家に赴いて魔導を見てもらう機会は少なくなってしまっていた。

 しかしながら、俺自身がこの冒険者ギルドへと赴く機会が増えたことにより、彼女アルトさんとの付き合いは今も変わらず続いている。

 しかも彼女ときたら、仕事の合間のちょっとした休憩の時間に、変わらず魔導の事や、その他もろもろの相談事なんかを嫌な顔一つしないで聞いてくれるのだから、本当に頭が上がらない。


 しかも今日は、そんな彼女に更なるお願いをしなくてはならない訳で――かなり気が重かったりするのは此処だけの話だった。

 


「今日も”代筆”の仕事? それならやっぱりこの時間はちょっと早すぎるんじゃなかな。……一時間ホーラくらい後の方がいいよ」



「いえ、今日は別の用事で来ました」



「そうなの? そういえば君の恰好、何時もと違うね」



 俺がギルドを訪れる理由――今までは少しばかりのお金を稼ぐ為だった。

 この世界イリオス全体ではどうなのか知らないが、少なくともこの都市グランセルの識字率はそう高くない。

 しかも荒くれ者が集まり易い冒険者組合ギルドという場所で、特に冒険初心者の者たちにはその傾向が結構顕著に表れていた。


 ギルドの依頼は掲示板に張り出されている訳だが、読み書きの出来ない者たちにとっては、自分の受けたい依頼を探すこと自体が一苦労。

 だからこそ、俺みたいな読み書きの出来る人間は結構必要とされるわけである。


 そんな訳で、結構な頻度でこのギルドに代筆要因としてお世話になっている訳なのだけれども――今日この場所を訪れた理由は別にある。


 お金を稼ぐというその大本の行動理念は変わらない。

 強いて変わった事を挙げるとすれば、この冒険者組合ギルドで使用すると、ただそれだけの事だった。



「――アルトさん、僕は昨日で十歳になりました」



「十歳って……っ、あなたまさか!?」



「お願いします。僕をギルドの一員にしてください」


 

 俺は財布代わりに使用している布袋を取り出し、中から銀貨を五枚取り出し目の前のカウンターの上に置く。

 五万カルツ、それはギルドの名簿に登録するための必要経費だった。


 このお金はロニキス父さんが亡くなる前、細工師のエアトスさんや雑貨店ストレイ・キャットで手伝いをした時に貯めた俺のへそくりのようなもの。


 ……いずれ何かあった時に使おうとは思っていたけれど、まさかこんな風に使うことになるとは露程も思っていなかった。

 少しだけ惜しくはあるけれど、切羽詰まった現状を打開するには最早このくらいの方法しか残っていないのだから仕方ない。



「本気なんだね? 私としては、出来れば君には冒険者になんかにはなって欲しくはないなぁ――お金が要りようなら、少しくらいなら私が工面してあげるよ?」



「お心遣いは嬉しいですけど、今もアルトさんには少なくない金額をお借りしています。それに貴方に頼るってことは問題を先延ばしにしているだけで、結局何の解決にもならない。もう僕には――家にはこれしかないんですよ」



 これ以外で出来ることがあるとすれば、身売りをする位だろう。

 否、ここで踏ん切りをつけなければ、恐らく本当にその選択肢しかなくなってしまう。

 今でさえイリス母さんが、位なのだから。



「……そっか。ごめんね? 君がそこまでの決意を固めているなら止めるのは野暮ってものだね」



「いえ、ご心配をお掛けして済みません」



「本当だよ、それに君は私の愛弟子なんだから特に気になるしさ――本当に無茶だけはしちゃだめだよ?」



「はいっ、心がけるようにします」



「よろしい、それじゃぁギルド登録をしちゃおっか、とりあえず流れとしてはギルドの規約を説明する必要があるんだけど……君は良く知ってるよね?」



 アルトさんの言葉を受けて、俺は首を縦に振った。

 彼女の言う通り、通常ならばギルド加入時に受付嬢より説明を受けるのだけれど、その内容はこの場所で代筆のアルバイトをしていた時に何度も耳にした内容だった。


 ギルド規約――それは冒険者組合という場所がどういった役割を持っているか、更にギルド員の義務と権利を簡単に説明する内容になっている。


 冒険者組合ギルドという場所は、市民から、若しくは国からの依頼を予め登録してあるギルド員に紹介する施設だ。


 冒険者は一から十等級でランク付けがされ、ランクが一に近づくほど高ランクとなり、高ランクの者には難易度の高い依頼が斡旋される。

 難易度が高い依頼というのは須らく、それに見合ったただけの報酬が支払われるというわけだ。


 だが、当然登録したばかり人間は、難易度の低い依頼しか受けることが出来ない。

 ランクを上げるためには低難度の依頼を複数回こなし、ギルド側が指定した特定の依頼を達成する必要があったりする。


 そんなわけで、当然今日登録する俺は十等級最下位のランクからスタートするわけだ。


 ――とはいえ、そんな十等級の依頼といえども、俺が昨日までこなしてきた”子供のお使い”等とは比べるまでもなく高額な給金がもらえるのだから、文句などあるはずもない。



「じゃあ早速だけど、冒険者組合登録書ギルドカードを作っちゃおうか――其れじゃあ悪いけど、”これ”に一滴血を垂らしてくれる?」



 受付机の引き出しから、徐に金属のカードを取り出すアルトさん。

 冒険者組合登録書ギルドカード――それは特殊な魔導鉱石によって作り出された身分証。

 血液から登録者の情報を読み取り、名前や種族だけにとどまらず、ギルドの等級や依頼の達成状況といった情報を記録しておくことが出来る媒体だ。


 因みに、ギルド登録料金五万カルツはその九割がたがこのカードの費用となっているらしい。

 そのため、このカードを紛失した場合には再発行に、ほぼ同額の登録料金が必要になる。

 

 ――いずれはどうかわからないけれど、今の俺はすでにほぼスッカラカンの状態だから、何があっても無くせないない一品だった

 

 俺は左手親指の腹を少しばかり噛み千切り、指先から強引に血液を絞り出して、カードに擦り付けた。


 俺の血液を吸い込むギルドカードは僅かばかりの時を経て、表面に文字を浮かび上がらせた。

 

 これで、ギルドカードの作製は終了だ。



「はい、それじゃあこれが君のカードになるからなくしちゃだめだよ? 本当はもっと手続きがあるんだけど、それは私がやっておいてあげるよ」



「ありがとうございます。――お手数お掛けしてしまってすみません」



「別に気にしないで、さっきも言ったけどこの時間帯はあんまり人は来ないから、やることなくて暇なんだよね。君のことは良く知ってるし、良い暇つぶしってわけ」



 ――それに、とアルトさんは言葉を続ける。



「君も初任務はじっくり選んで決めたいでしょう? 今の時間帯なら依頼掲示板も空いてるし丁度いいじゃない」



 ――確かに、と思った。


 もう少し時間が経てば、ギルドにやってくる人も少しずつ増えてくる。

 屈強な大人たちが集まってくれば吟味して依頼を選ぶ事は難しくなってしまうことだろう。

 

 アルトさんの申し出は非常にありがたいものだった。


 それを理解した俺は、アルトさんにもう一度お礼を言って掲示板へと移動する。


 ギルドには五つの掲示板が設置してあって、掲示板毎にランクの違う依頼が貼ってある。

 勿論の事真っ先に俺が向かうのは十級と九級の依頼が張られている掲示板だ。


 掲示板の前につくと同時、俺は肩にかけたカバンの中から紙の束と棒状に削りだした黒鉱石を取り出す。

 どちらもは野良猫ストレイキャットで購入したものだけど、紙の束の方は、購入した紙を特定の大きさに切って紐で束ねた物――要するにお手製のノートだった。


 そのノートは俺が予定帳代わりに使用したり、エアトスさんから教えてもらった細工の要点なんかを書き綴っている物である。


 俺はそのノートに十等級の目ぼしい依頼を抜粋して書き綴ってゆく。

 抜粋の条件としてはとりあえずグランセル内で出来るものか、若しくはオリエンス門の近場で行える依頼。


 メリーディエース門方面は”アルケケルン”という名前の付いた大森林が広がっているし、西オッキデンス門の先はシルバという大きな山脈へと続いていた。

 どっちも初任務として選ぶには少々ハードルが高い地形だった。


 それに比べオリエンス門の先はというと、荒野が広がっていて他の二方向より初任務の場所としては適しているだろう。



 ――依頼書に目を通して行く。



 …………とりあえず条件下で目についたのは、グランセルの商業区域からのヘルプ――お店の手伝い等の依頼だった。

 だが、これらの依頼は結構依頼に条件が付いている。一番ネックなのは年齢に制限が付いているところだ。

 俺もそれなりに店番などの手伝いはしているけれど、こういった依頼はそんな子供の手伝いよりは一ランクほど給金が高く、そして依頼内容が難しくなる。

 だからこそ、そういった制限をつけて区別化を図っている訳だ。


 年齢制限の無い依頼もあることにはあったが、それは今まで俺がやっていたものよりも若干給金が良い程度のものでしかない。

 そんなわけで、俺はそれらの依頼を諦めて、別の依頼を探すことした。


 とはいえ、年齢制限がなく選択できる依頼と言ったら、採取と呼ばれる依頼位だろう。


 採取は植物を集めるのが主な依頼で、とりわけ回復薬ポーションの原料になる草花だったりが多い。

 

 後は討伐系と呼ばれる特定の獣を倒し、その素材――皮、骨、牙、肉、その他もろもろ――を納品する依頼もあるけれど、こっちは十等級初心者には推奨されていなかった。

 

 

 条件を絞りこんでさらに検索……



「――うん、このムーングラスの採取なんて良さそうかも」



 ムーングラスの採取――それはグランセルの道具屋から出ている依頼だった。

 ムーングラスは回復薬ポーションの原料ともいえる薬草で、冒険者には結構需要がある草だ。

 依頼書によると二十本で銀貨一枚になるらしく、二十本単位ならいくら納品してもいいらしい。

 

 ムーングラスはナチェットさんに連れられて、オリエンス門の先にあるシュプロジュール草原に野兎狩りに出た時に、沢山自生している場所を見つけたことがあった事を思い出す。

 

 女狩人のナチェットさんにソフィアちゃんと共に引きずられて赴いたときは、何故こんなところに来なくてはいけないのかと、若干恨めしく思ったものだが、それがこんなところで役に立つとは露程も思っていなかった。


 俺は当時の記憶を思い出して笑いながら、その情報を手製のノートの中に書き込んだ。


 とりあえず、目的地とメインの依頼はこれで決定。


 後は一応目的地のシュプロジュール草原付近に関係する依頼を一通り探っておくことにする。

 ちなみにこれは全てのランクの掲示板に目を通す――予め赴く先にどんな脅威が存在するのか知っておくためだ。


 たとえばこの七級の依頼――グリーンゴブリンの討伐。

 

 何も知らない状態でムーングラスを採取していたら、いきなりグリーンゴブリンに遭遇しました。なんてことになったら、恐らく俺はパニックになるだろう。


 だけど少なくとも”グリーンゴブリンが出現する可能性がある”という前知識を持っていれば、採取中もある程度注意を払うことが出来るし、少なくともパニックになることだけは避けられる。

 思考に余裕があれば、それだけ選択肢を考えられるのだ。


 選択肢が増えれば、それだけ生存の可能性が上がる。


 備えあれば憂いなし――これより俺は危険のある場所に赴くのだから、用意はいくらしても間違いじゃない。


 俺は一度死んで、どういう理由かこの世界に転生したけれど――もう一度同じことがあるなんて保証はどこにもない。

 

 それに俺は今は亡きロニキス父さんに我が家とイリス母さんの事を頼まれたのだ――そう簡単に死ぬわけにはいかない。



 俺は脅威となりそうなモノを、片っ端からノートに書き留める。


 

 書き留めるという行為を経て――俺は覚悟を固めて行く。



 そうして俺は、すべての脅威を手製のノートに纏め――ギルドを後にした。





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 黒鉱石こっこうせきのような髪の毛と、同色の瞳をした少年が神妙な面持ちを持ってギルドを後にするのを目で追って、私は盛大に溜息をつきながらギルドのカウンターへ突っ伏した。

 そんな状態で隣を見やれば、同僚のウィルダちゃんが苦笑いを浮かべながらこちらを伺ってきていた。



「アルクス君って結構思い切りがいいんですね――まさかあの子が冒険者になるなんて、ちょっと予想出来なかったです」



「あの子の場合は必要に駆られてって部分も大きいと思うけどね、でもそれは私も同意――はぁ、イリスさんに何て説明すればいいのか」



 本当にどうしてこんなことになってしまったのか……

 アルクスという少年は、ウィルダちゃんが言うように大凡冒険者に向いていなかった。


 素直で物腰丁寧で、かなり律義で――


 十歳という若さで、すでに彼がいつも手伝いをしている店舗では絶大な信頼を勝ち得ていると聞く。


 それも当然と言えば当然の結果――読み書きができて、計算も早い、しかもあの子は売り上げを誤魔化したりなんてことは絶対にしない。

 それどころか、お客さんの忘れ物を当然の様にそっくりそのまま返す位だ。

 普通そんなことがあったら、忘れ物が帰ってくる方が稀だろう。

 だからこそ、忘れ物をした本人も大いに驚いていたと噂で聞いた。


 ――彼はびっくりするくらい誠実な人間なのだ。

 

 私はそれを誰よりもよく知っていると思う――なんといっても、私はあの子の師匠なのだから。


 アルクス少年は魔導士ソーサラーとしてもかなり優秀だ。

 魔導の属性は下位のもしか持っていないけれど、もとより反復が出来る人間であるらしく、私が教えた魔力運用は、既に私と同等か、下手をしたらそれ以上に上手くなっている。

 

 しかもそれ以上に、彼の”発想”には毎回驚かされる。


 ”魔導の可能性を知りたい”と私に公言した少年は、本当に自由な発想で、自分のペースで魔導という力を我がものにしていた。


 きっとアルクス少年ならば、このまま魔導に携わり続ければ学者になることも夢ではないだろう。



 だというに、それがどうして――かの少年のような人間がどうして、荒くれ者で溢れる冒険者組合ギルドなどに入らなければいけないというのだろうか?


 あえて少年の欠点を挙げるとすれば、ちょっと融通が利かなくて、そして何でも抱え込んでしまうことだろう。

 誰に相談することもなく、自分一人で問題の解決策を抱え込んでしまう。

 

 もうほんの少し、周りに頼ることが出来れば、冒険者ギルドに入る必要などなかっただろうに――


 ――そこまで考えて、私は不甲斐なさを痛感した。


 ……――どうして私はそんな愛弟子の性質たちを知っておきながら少年の助けになってやれなかったのか。


 ……――私は彼の師匠なのに、どうしてそんな道にしか彼を導くことが出来なかったのか。


 それを考えると、やるせなさで一杯になった。



「本当にままならないねぇ――」



「――本当にそうですよ!! まさか私のアルクス君が、天使のようなあの子がこんな汚い大人たちで溢れるところに身を投じることになるなんて!! 私は、私はっ! アルクス君が自分のことを『俺』などと呼び出す未来を認めたくありません!! 唯でさえギルドのヤローどもや周囲のガキ共から口調が移る可能性を危惧しているというのに!!」



「……ウィルダちゃん、ギルドの受付職員にはあるまじき口調になっているよ? 今は人がいないからいいけど、間違っても普段や外でそんなこと口にしないでね?」



 魂の叫びを上げだす同僚に若干笑顔が引きつる。

 確かにアルクス少年はイリスさんとロニキスさんの息子なだけに、結構整った顔立ちをしている。

 かわいい容姿に丁寧な言動――その在り方にギルド職員の受けも結構いいと聞いたけれど、同僚の反応は少し行き過ぎのように思えた。


 ――世には小さな男の子しか愛せない性癖の物がいると聞くが、もしかして彼女は其れなのだろうかと、若干、本当に若干心配になった。


 ……もしそうなのだとしたら、彼女との付き合い方を少し変えなくてはいけないかもしれない。

 

 

「でもまぁ、ウィルダちゃんじゃないけれど、確かに心配ではあるんだよねぇ」



 出ていく際のアルクス君に聞いたが、彼はシュプロジュール草原に行くという。

 都市から外に出るということは、それだけで危険が跳ね上がるものだから、余計に心配なのだ。


 過保護と言われたら返す言葉もないけれど――それでも私にとっての初めての愛弟子に何かしてあげたいと思うのは間違っているのかな?


 

「だけど、もう出て行っちゃったし――いったいどうすれば……」



 独り言ちたその時だった――頭上からギルドの扉が開く音がした。

 反射的に顔を上げれば、そこには見知った冒険者たちがいた。



「よおっウィルダ、アルト、おはよーさん。なんかいい依頼はあるかい? ってどうした? えらく辛気臭い顔してるなぁ、いつも世話になってるし俺で良ければ相談に乗るぜ?」



 声を掛けてきたのは、最近名前が売れてきた女性中心の部隊パーティー戦乙女ヴァルキリー部隊長パーティーリーダー――アスタルテ・ヴァイシュハルト。

 そんな彼女の登場に、一つ――いいことを思いついた。



「憂いがあるのは確かなんだよね――それじゃぁ一つ聞いてもらおうかな?」



 戦乙女たちに投げかけるのは、様子見の相談。

 勿論最近ラングが五級に上がった彼女たちに見合う依頼も持ち掛ける。


 要は良い依頼を紹介してあげるから、そのついでにかの愛弟子の様子を見てきてもらおうというだけの提案。

 

 色よい返事が聞けることを期待して、私は彼女たちに今日の経緯を説明するのだった。

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