とある休日の一コマ


 魔導を習う決意を新たにしたあの日からさらに半年ほどの月日は流れる。

 

 アルトさんを師として魔導を習うにあたり、とりあえず五日に一度のペースでアルトさんの家に赴いて、基本的な魔導の使用方法を教えてもらう運びとなった。

 何故そのペースで落ち着いたかというと、なんてことはない、師匠の仕事の都合である。

 アルトさんの勤めるギルドではだいたいそのペースで休日を貰えるらしく、むしろそのタイミングでしか時間を取ることが出来なかったわけだ。


 だが、そうなるとせっかくの休日を俺の為に潰させてしまうという訳で、流石にそれは申し訳なく思いもしたのだが――肝心のアルトさんは、何故かいい笑顔を浮かべながら俺の提案した代替案を却下してきた。



 ――曰く、十二分に充実した休日になるから気にしなくていいよー、らしい。



 ……俺なんかの魔導練習に付き合うことが、果たして彼女の休日を返上せしめてなお、充実した休日足りえる要素になるのかどうかは甚だ疑問ではあるのだが、当の本人に面と向かってそういわれてしまっては仕方がない。

 俺は腑に落ちない思いを、半ば無理やり「そういうものか……」という言葉で流して、形の上で納得を示すことしか出来かった。




 そんな感じで始まった魔導の教導ではあったのだが、内容を体験した結果、俺は面白いくらいにボロボロになった。 




 とは言った物の、だからと言って彼女が俺に課した練習は、肉体的にボロボロになるだとか、そういった類の練習であった訳ではない。

 なんというか、ボロボロになったのは、肉体面ではなく、精神面のほう。


 彼女が俺に示した魔導練習は”ハード”なものでは当然あったが、同時にとても”テクニカル”なものだったからだ。


 アルトさんから施してもらう練習は、魔導の”威力”にではなく、”精度”に重きを置いた物だった。


 なんというか、彼女からの教導は物凄く”気疲れ”するのだ。


 アルトさん曰く――魔導という力において、魔力コントロールはかなり重要な項目らしい。


 魔導は大雑把なイメージだけでも使うことの出来る力だが、魔導の性質や形状を自由自在に操りたいのならば、複雑な魔導であればあるほど、想像力を働かせると同時に魔力の正確なコントロールが必要になるのだとか。

 想像力を鍛えるというのは難しい話だ……あえて何かを挙げるとすれば、見分を広げるために多くの知識をつける位の事しか思い浮かばない。

 だが、想像力とは違い魔力のコントロールというのは、反復練習で身につき、それを開始する時期が早ければ早いほど、魔力それを扱う感覚センスが養われるらしい。


 イメージとしては幼いうちから音楽を始めれば誰でも身に着けることが出来るという”絶対音感”と似たようものだろう。


 とまあ、そんな理由づけから魔力のコントロールを行うことになったわけなのだが――その反復練習という奴は結構独特な方法だった。


 練習にはアルトさんが用意してくれ魔導具マジックアイテムを使用する。


 見た目は唯の紙――とりあえず俺は魔力試験紙と心の中で呼んでいる――の束だったが、如何やらその一枚一枚に特殊な魔導薬がしみ込んでいるらしい。

 で、その魔導薬と言うのが魔力に反応するものらしくて、ある一定の魔力を試験紙へと流し込むと、紙の色が流し込んだ魔力の属性によって変化するのだ。

 火の魔力を流し込めば試験紙は赤色になり、水なら青、風なら緑という具合だ。


 更に、試験紙にしみ込ませている魔導薬の濃度によって、色づけるために必要な魔力の量が変化する。

 基準の魔力量に達しないと、紙は白いままだし、調子に乗って流しすぎると紙は真っ黒になってしまうので、丁度属性の色が現れるところまで魔力を流し込む必要があるわけだ。


 さらに、その試験紙にしみ込ませてある魔導薬は段階で分けられていて、毎回違った量の魔力を流し込むことになる。

 初日に行われた時に用意されていた魔力試験紙の段階は3つ。

 しかしながらその段階は回を増すごとに多くなって行く予定らしい。


 というわけで俺はただひたすらに、魔力試験紙に魔力を込めていくという練習をアルトさん監視の下で行っているわけなのだが、これがなかなかに難しい。

 今難しいと感じるのは、今までの魔力運用をそれだけ丼勘定で行っていたということだ。

 試験紙は毎回直ぐに真っ黒になってしまっているところを見ると、俺が試験紙に込めている魔力は全体的に多すぎるのだろうということはわかる。

 アルトさんから話を聞けば、この練習で初めのうちに紙が黒くなってしまう人は、全体的に保有魔力量の多い人に現れる傾向なのだとか。

 俺は魔力量だけはそれなりに多いので、そこ傾向に準じているということなのだろう。


 だが、そこ傾向はつまる処、俺の魔力運用にはそれだけ無駄が多いということでもあるわけだ。

 

 ……うん、それはちょっとスマートではないよね? 流石に。


 何か上手く行くコツみたいなものはないか、とアルトさんに尋ねてみれば、”自分の中で基準となる尺を作れ”という返答が返ってきた。


 というわけで、現在はその尺とやらを作る方法を試行中。

 とりあえず今現在思い浮かんでいるのは前世から馴染みのある”百分率”の考え方を用いることだ。


 俺の保有する魔力の最大値を百として考えて、それを基準に割合で魔力の運用を行う。

 とりあえず五十パーセント――つまり全力の半分――の魔力運用からスタートし、それに慣れたら五十パーセントの魔力を基準にしてさらにその半分の二十五パーセントの魔力運用。

 それがものにできたら、今度はその二十五パーセントを五等分して五パーセントという具合に、魔力操作の練習をアルトさんとの教導と並行して行っている。


 手間はかかるが、俺は直ぐに物事を身に着けられるような器用さは生憎と持ち合わせていないのだから仕方がない。

 俺のような人間が、魔導のような馴染みのない力を使いこなすには、どうしたって地道に段階を踏んで一つづつ出来ることを増やして行くほかないのだ。


 そうやって基礎という名の土台をしっかり作って、ようやく魔導という力を真の意味で扱うことが出来るのだろう。

 だがら今は師匠アルトさんの教えをしっかりと自分のものにしていくことが最善なのだ。



 そんなわけで、前世なら休日に当たる今日という日は、当然のことながらアルトさんに魔導を教えてもらうため、彼女の家に赴いた。









 ――赴いたのだが、今日という日はなんというか、タイミングが悪かったらしい。









 アルトさんの家に家に着くと、いつものように彼女は出迎えてくれたのだけれど、浮かべている表情だけはいつもと違い、申し訳なさそうな何とも言えない表情を浮かべていた。



「それがね、ギルド関係で急な用事が入っちゃって、これからすぐに出かけなくちゃいけなくなっちゃったの、……来てもらって悪いんだけど、今日は無しでもいいかな?」



「そうなんですか、それじゃあしょうがないですよ。僕のことは気にせず行ってきてください」



「いやーホントごめんね! この埋め合わせはまた今度するから! それじゃ、またねー!!」



 俺に向かってブンブンと腕を振りながら、前も見ずに立ち去ってゆくアルトさん。

 子供っぽいその言動に苦笑いを浮かべながら、俺もそれに応えるように手を振り返しておく。

 そうしていると妖精族の師匠の後姿は、直ぐに朝の喧騒の響く人波の中に飲まれて消えてしまった。


 

「……ふぅ、さてとこれからどうしようかな」


 

 見送り終わってとりあえず溜息一つ。


 結構きついとはいえ、魔導の練習自体は俺自身も望んでやっていることなので、それが出来ないとなれば正直なところかなり残念だった。


 が、いつもアルトさんの休日のすべてを俺の魔導練習に付き添ってもらうというのも非常識な話であると思うし、それに何より心苦しくも感じていたので、今回の申し出は渡りに船とてもいうべきか?

 ともあれ、予定がキャンセルになったのならば、主不在の師匠の家の前でいつまでも忠犬の様に留まっている訳にもいくまい。

 

 数秒その場にとどまってどうしようかと考えてみたが、とりあえず来た道を引き返し我が家へと戻ることにした。


 別に家で魔導の練習をしたっていいだろうし、家の手伝いをするでもいい、隣のソフィアちゃんを誘ってどこかに出かけるという選択肢もあるだろう。

 そういえば最後の選択肢に関しては、アルトさんに魔導を教えてもらいだしてからというもの、休日に俺と遊ぶことの出来ないソフィアちゃんが大いに不満を零していたことを思い出した。



 ……何となくだが、今日の予定は選択肢三で落ち着きそうだな。なんてことを密かに考えながら俺は家路を急ぐのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 

「――よう、誰かと思えばアルクスじゃないかい、ソフィーなら今日はエアトスの部材仕入れに引っ付いていっちまって留守だよ?」





 ……どうやら、悪いタイミングは重なるものらしい。



 ソフィアちゃんの父親で、ナチェットさんの夫でもある細工師のエアトスさんは、仕事のための部材を仕入れるためにこうしてたまに家を留守にすることがある。

 

 加えて今日は本来ならばアルトさんに魔導を教えてもらう日であることから分かるように、世間一般でいうところの休日に当たる。

 休日の朝は、この町では朝市が開かれ、大通りはちょっとしたお祭り騒ぎとなるため、エアトスさんはそこに身を投じて、部材の確保を行っているのだ。


 部材に関することはそれを扱う専門店に卸しを頼んでいるらしいし、急ぎだって必要な部材があれば、冒険者たちのお世話になることも吝かではないようで、事実たまにソフィアちゃんの家にガタイのいい人影が出入りしているところを目にしたこともある。

 だが、それでもこうしてたまにエアトスさん自身が赴いて、市場を見て回っているのは、彼が職人と呼ばれる部類の人間だからなのだろう。


 自分の目で見て、手に取って品質を確かめ、納得した材料を用いて物作りを行う。

 その行動は、前世で職人気質の強い日本人という人種であった俺には、なんとなく理解が出来るような気がした。


 

 ――っと、閑話休題それはともかく



 朝市はとにかく色々なものが並ぶものだ、赴けば例え目的を持たずとも、その雑多な物品を眺めるだけで結構楽しめる。

 どうやら、その楽しみを味わうためにソフィアちゃんはエアトスさんに引っ付いて行ってしまったらしい。


 別段約束をしていたわけでもないので彼女を責めることは出来ない、というか、非があるとすれば俺の方だろう。

 とはいえ、アルトさんに加え、ソフィアちゃんとも予定が合わないとなると、その間の悪さに溜息の一つも付きたい気分になってくる。


 いつも元気いっぱいで驚くほどにアグレッシブなソフィアちゃん。

 アグレッシブであるが故に一度タイミングを逃してしまうと、そのまま逃しっぱなしで次の日へ、なんてことも実は結構ざらな事だった。

 そしてざらであるが故に、しょっぱなからここまで見事にタイミングを違えてしまったとなれば、今日彼女に合流するのは絶望的なような気さえしてくる――勿論タイミング的な意味で。


 ――となると、今日のところはおとなしく家に帰った方がいいのかもしれない。


 俺はそんなことを内心で考えながら、ナチェットさんに別れの挨拶を告げて踵を返すことにした。




「それじゃあ、ちょっと出てくる。昼には戻る」



「はーい、いってらっしゃーい、あなた」



 するとどうだろう、今までとは打って変わって、実にナイスなタイミングで俺のすぐ近く――正確には右斜め前から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 もっと言うならば、我が家の方向から――

 


「アルクス? お前今日はアルトのところに行ったんじゃなかったのか?」



「――うん、行ったんだけど急に都合が悪くなっちゃったらしくて、今日は無しになっちゃったんだ。父さんはこれから詰所? いつもよりちょっと遅いね」



「ああ、俺としたことがウッカリしていてな、これを忘れていた」



 ロニキス父さんは手に持ったそれを俺のほうに見せてくる。

 水袋と布――あれは汗拭き用の布だ。


 今日という日は世間一般でいうところの休日に当たる日だ、というのは何度も繰り返してきたことだ。

 ロニキス父さんにもそれは当てはまるのだが、国に属する兵士という役職の父さんは、いつもその休日の前半半日分を己の武技を磨くための鍛錬に充てていた。

 

 その行為は兵士という役職に充てられた義務というわけでは勿論無い。


 だが、その役職に真に求められている意義――つまりは”国を守る”という役割を自分なりに受け止め、その役割を果たすために必要であると父さん自身が判断したからこその自己啓発行為。

 

 他人にも少しだけ厳しいところはあるが、自分に対してはそれ以上に厳しい。

 実直で真面目な人、それが目の前にいる今の世界の父さんだった。


 ――そんなロニキス父さんの姿を目にして、不意に俺は今日の未定だった予定を思いつく。



「――ねぇ父さん。僕もついて行っていいかな?」



 その行為は奇しくも、予定を違えたソフィアちゃんと同じ行動だった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「それでアルクス、アルトからの魔導教練のほうの調子はどうなんだ? フッ!!」



 両手で正眼のように構えた片手直剣を一気に上段に振りかぶり、一気に振り下ろす。



「う~ん、アルトさんからは確実に上達してるって言われてるけど、僕としてはあんまり実感がわかないんだよね」



 休日の一コマ――前の世界での親子のそれは、キャッチボールを行うのが通例だったような気がする。

 互いに野球ボールを受け投げを行い、それと一緒に言葉のキャッチボールを行う。

 同じ作業を行うことでコミュニケーションを図り、絆を深める――まあ、分かりやすく言えば「最近学校はどうだ」「まぁ、ぼちぼちかな」ってやり取りをするやつだ。


 だけど、当然この世界”イリオス”にはそのそも野球という競技はない――よって、非常に剣呑ではあるのだが、そのやり取りを俺は詰所から借り受けたナイフを振りながら、そして父さんは自前の片手直剣を振りながら行っていた。


 ちらりと横目で父さんの姿を眺めてみる。


 ――父さんはというと、剣先の軌道を振り下ろした先で一旦停止したかと思えば、剣の刃を瞬時に返し、振り下ろしの軌道を逆になぞる様に目線の高さまで切り上げ、更に流れるような動作で刃を倒し片手だけで右から左に薙いでいた。



「ハァ!! ――そんなものだ、どんな事でも積み重ねってやつは大事だ」



 掛け声交じりで剣を振るいながら、俺に言葉を返してくるロニキス父さん。


 不思議と父さんのその言葉は説得力がある気がした。


 いや、スムーズに振るわれる剣を見ていると、不思議なことはないのだろう。

 ロニキス父さんの振るうその剣がまさにその言葉の体現だった。

 そんな修練の手を止めて、父さんは俺へと向けて言葉を投げかける。



「それに普段のお前を見ていれば、その成果が出ていることは俺にも分かる、お前が普段よく使っている篝火の魔導もそうだし、『シャワー』といったか? あれも面白いと思うがな」



 篝火の魔導――それは俺が夜本を読むときに使う魔導。名前はそのまま『蝋燭ろうそく』と名付けた。

 火の魔力線を空中に引き、少しずつ魔導を展開することで、文字通りロウソク代わりしている。

 一定の時間で燃える様にしているため、引く魔力線の長さで時間の測定も出来たりする。


 『シャワー』のほうはそのままで、無数の水滴を振らせる為の魔導だ。

 体を洗うときに使っているが、最近では温度が調節できるようになってきたことと、降らせた水滴が床に落ちる前に魔力に戻して消せる様になってきた。

 

 イリスさんとの魔導訓練の成果が出ているのだろう。


 両方とも両親――特にイリス母さん――にはとても好評な魔導だった。



「……確かに、父さんの剣技それを僕が身に着けるよりは、遥に上手くいってると思うよ」



「それはそうだ、残念だがお前にはこれの才能は全くないからな」



 ……言われずとも、それを一番痛感しているのは俺自信。

 だからこそ、詰所から剣ではなくナイフを借りてきて振るっているのだ。


 ――過去にも何度かロニキス父さんに引っ付いてこの場に訪れては、同じように武具を振るってはみたものだが、初めの数回、俺が剣を振り回す様――剣に振り回される様?――を目にして、我が父上様は俺にきっぱりと言い放った。



 ――ここまで才能のない者を見るのは初めてだ、と。



 ロニキス父さんは決して嘘を言わない、それは俺のことをちゃんと目にして、有りのまま正直に話してくれているということなのだけれど……


 ……なんというか、もう少し、もう少しだけ言葉を選んでほしいと思ったのは此処だけの話だ。


 その後も色々と試してみたものだが、どうにも俺には長物(剣や槍)を操る才能というものが、ほぼ壊滅的らしい。



「まあそう拗ねるな、お前は素手ならかなりいい動きをするし、刃物の扱いも短剣ダガーの扱いは悪くない。魔導しかり、武技しかり、人間には向き不向きがってやつがある、ならば可能性の無いものを練習するより、向いているものを磨いた方が遥に有意義というものだ」


 

 言いながらロニキス父さんは振るっていた剣を腰に吊るした鞘に納める。

 だが、訓練が終わったからというわけではないのだろう、父さんは、訓練場の片隅に置いてある弓や投げ槍の練習の際に使う的に視線を送っていた。

 とはいえ、現状何かしらの飛び道具を父さんが所持しているかといえば、それは否だ。


 だがまぁ、今の会話の流れから言えばおそらくロニキス父さんがやろうとしていることは、大凡の予想はつくというものだ。


 それすなわち――魔導。


 父さんの持っている魔導の属性といえば、俺と同じ”風”と”火”――そして上位属性の”雷”。


 そして同時に、剣と同等か、若しくはそれ以上に得意な属性もまた”雷”だった。





 ――瞬間、ロニキス父さんの右腕に紫電が迸る。





 瞬時に形作られた雷撃の形は棒状――否、あれは”槍”だ。





「――”ライトニング・ジャベリン”ッ!!」





 大きく振りかぶり、投擲。


 手から離れた雷の槍は目で捉えるのも苦労するような速度で飛来し、標的を飲み込んだ。


 ――標的にしたものは何も残っていなかった、的は”綺麗に無くなった”いた。


 ―― 一拍、唖然と眼前の光景を眺めていた俺は、ようやく何が目の前で起きたのかを理解する。


 ゾワリとした、背の産毛が総じて逆立っているように感じた――鳥肌が立っていた。



 

「……凄い」




 思わず言葉を零してしまった。でも、それは仕方のないことだと思う。

 何せ初めてだったのだ――初めてのことが己が眼前で起きたのだ。それも”複数”。


 ――”雷”の属性の魔導を目にすることが初めてだった。


 ――本気の攻撃魔導を目にすることが初めてだった。


 ――そしてなにより、ロニキス父さんが本気で魔導を使うところを見たのは初めてだった。


 ……――これが、上位属性の攻撃魔導。



「……アルクス、お前は強く在れ」



 不意にロニキス父さんが言葉を投げかけてくる。



「お前は、お前が出来ることをお前のペースで進めて行け、小さくても一歩一歩を着実に進めていけば、いつか途方もない圧倒的な高みにたどり着ける。それこそ、今の魔導など――いや、俺など足元にも及ばないほどの高みにな」



「で、でも僕には父さんみたいに剣を操ることは出来ないし、上位属性だって――」



「そうじゃない、俺は強く”在れ”といったんだ。強くなれとはいっていない。――ただ前を向いて頑張れってことさ」




 ”在れ”と”なれ”、その言葉の違いは何だろう。

 父さんが何を思って、どんな想いを込めてこの言葉を口にしたのかは、はっきり言ってわからなかった。





「そして、もし俺の身に何かがあれば、その時は家を頼む――イリスを、母さんを頼むぞ?」





 そうして父さんは続けざまにそんな言の葉を口にする。

 随分と突拍子もなく物騒なことを言うものだと思ったが、面と向かったロニキス父さんの表情はどういうわけかこれ以上ないほどに真剣な面持ちををしていた。

 だからこそ、これだけは解った。きっと明確な何かが、それらの言葉には宿っていたのだろう、と。




「……すまん、子供のお前には少し難しかったかもしれんな。今は理解出来なくても構わん、だが心には留めて置いてくれ」

 



 ロニキス父さんは目元に一筋の傷の入った強面の顔を、珍しくも柔らかく破顔させた。

 それは、なんというか……随分と印象に残る表情だった。
















 きっと、その表情はこの良く解らない父との会話を思い出すと同時に思い浮かべるのだろうと、俺はこの時、漠然と思った。






























 ――――そして、その機会は、僅か三年後に訪れる事を、今の俺は知る由もなかった。

 

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