混ぜるな危険?
――拝啓”前世の両親アンド兄妹。そちらの世界では確か、『光陰矢の如し』という言葉があったと思います。
俺の認識では月日が立つのは早いから、大切に時間を過ごしましょうみたいな意味があったようなきがする言葉。
時間が経つというのは本当にあっという間で、魔導属性を測定したあの日からまた二年という年月が過ぎました。
まぁ、時間の経過を早く感じるのは、ジャネーの法則ってやつなのかもしれませんね。
こちらの世界に生を受けて、未だ五年の年月しか経っていませんが、前世の時間も合わせれば二十年を超えるくらい。
『時間の心理的な長さは年齢の逆数に比例する』という法則に当てはめれば、普通の五歳児と比べれて四分の一から、五分の一までその感覚は短くなるのですから、なおさらです。
ただ、まぁ、体感的にはそんなあっという間の二年間でしたけど、それでも無為に過ごしてきたつもりは毛頭ありません。
具体的に例を挙げれば―― 一番大きな事は文字を覚えたということでしょうか。
俺が今日まで過ごしてきたここ王都『グランセル』、マルクス学園という学校はありますが、国内のみならず希望者を募り、試験を経て初めて入学できるのがそこ。
結構敷居が高い学園で、国民全員が入学できるわけではないらしいです。
地球の日本のように義務教育なんてものがあるはずもなく、それ故に識字率もそれなりの水準でしかありませんでした。
そんな環境の中、俺がどうやって文字を覚えたかというと――幸いなことに、本当に身近に文字の読み書きができる人がいたからです。
その人とは、母親のイリス母さん。
何でもイリス母さんはロニキス父さんと結婚する前は、冒険者ギルドの受付嬢として働いていたらしく、仕事のために覚えたそうです。
ちなみに魔導属性を測定したときに、俺を担当していたアルトさんはその時に仕事を教えた後輩なんだとか、世界は狭いと言わざるを得ないですね。
好都合といえば好都合だったのですが、文字を教えてもらうたびに受付嬢をしていた記憶が蘇るのか、それはもう盛大に父さんとの惚気話を聞かされました――それはもうこちらがうんざりするほどに。
まあ、それを逃れるため読み書きの習得に没頭したためか、思った以上に早く文字をマスターするに至ったわけですが……うん、あんまり考えないようにしたほうがよさそうです、話もそれてしまったので元に戻すことにします。
ただ、せっかく覚えた文字の読み書きですが、生憎とまだそれを生かせる場面には巡り合えていません。
正直なところこの世界の書物(特に魔導関係)を読んでみたいという欲求はあるのですが、印刷技術がないせいもあり本自体が貴重品みたい。
……活版印刷の概念が早く浸透してほしいものです。
どこかに都合よく魔導に関する教本か何かが落ちていないものでしょうか?
「――アルクス? さっきからブツブツ呟いて、どうかしたの?」
「っ!? な、何でもないよ」
「そう? ならいいけど、それなら洗濯するのを手伝って頂戴。それが終わったら遊びに行ってもいいわよー」
「うん、わかったよ母さん」
っと、物思いに耽っているのをイリス母さんに見られてしまいました。
それに、どうも俺には独り言をつぶやく癖があるみたい、ってこれは前世から引きずっている癖ですが……
大学に入学して、初めて独り暮らしを初めたくらいから、どうにもその癖が強くなっているような気がしますし、赤子の時分自我があるのに動けない(おまけに意志疎通も出来ない)という期間のおかげで、余計に強化されてしまったような気がします。
出来る事なら直したほうがいいのだろうなぁ――なんてことも考えながら、とりあえずイリス母さんの頼まれごとを為すことにします。
それではいったん――閑話休題。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「それじゃあ行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃーい、日が落ちる前には帰ってくるのよー?」
挨拶をかわしながら、家の扉を引き開けて外へと歩み出る俺。
扉を閉めると同時、「わかったー」なんて声を返して、俺は当初の予定通り遊びに出かけることにした。
勿論、イリス母さんからの頼まれごとは済ませている――といっても幼子の脆弱な腕力では、洗濯物をこすって汚れを落とすだけの力はないので、洗濯物を運ぶのと、洗濯に使用する
水を用意するくらいしかしていないのだけれども……
だが、その程度の手伝いでもイリス母さんは嬉しそうに微笑んで、お礼を言ってくれた。
特に水を用意するのには魔導を使用して用意しているため、魔力の節約ができて助かるらしい。
この世界の魔導というのは効果を発現させるだけならば割と簡単で、発現させたい属性さえ所持していれば念じるだけで出てきてくれる。
それこそほんとに『バケツ一杯分くらいの水よ、出ろー!!』みたいなことを考えれば出てきてくれるのだ。
これが攻撃に使用する魔導や、鍛冶や細工や鍛冶に使用する魔導になればその制御は格段に難しくなるみたい。
勿論そういった魔導に関しては、ただ水を出すだけの垂れ流しのような魔導と比べれば格段に難しいし、その上ちゃんとした手順を踏まなければ危険が伴うらしいのでまだ教えてもらえていない。
まぁそんな理由もあって魔導の教本が落ちてないかなんて、先ほど独り言ちていた訳なのだ。
……いやいや、攻撃の魔導なんて早々使う機会があっても困るか? でも工業用の魔導だけでも早く使えるようになりたい――何てことを歩きながらに考えてみる。
「――あっ、みんなぁ、アル君来たよー」
「やっとか! 遅いぞアルクス!!」
っと、魔導のことをいろいろ考えながら歩いていると、いつの間にか目的地に到着していたみたいだ。
子供特有の甲高く元気な声に出迎えられたことで、俺はようやく物思いという名の思考の海から帰ってくることができた。
到着した場所はここグランセルで最も大きい噴水前の広場。
この場所は国のほぼ中心に位置し、国に存在する大きな通りは皆この噴水を起点として伸びているのが特徴的な場所だ。
大きな通りは東西南北にそれぞれ一つづつ、それと南西と南東にも通りが伸びている。
それぞれの道の先にはこの国の主要な建物がそびえていたりもするのだが、今は関係ないので置いておくことにする。
俺が、噴水前に歩みを進めると、褐色赤髪の少女が駆け寄ってきた。
お隣のグレイフィールド家のソフィアちゃんだ。
「ごめんごめん、母さんの手伝いをしてたら遅れちゃったよ、一緒に来れなくてごめんね。ソフィアちゃん」
「あははー大丈夫だよ! それより早く遊ぼー、今日はねぇ皆で『かくれんぼ』しようって話をしてたとこなの」
「『かくれんぼ』か、うん、良いんじゃないかな」
「でしょー?」
広場に集まっていたのは俺と、目の前にいるソフィアちゃんを含めて合計六人。
俺の登場に文句を言っていたのは、ガキ大将的な存在のカムテッド君。
双子の弟、口数少ない気弱なファーベル君、弟と真逆でお喋りで好奇心旺盛な兄のフォルーク君。
そして、ソフィアちゃんと仲良しの女の子、物静かで控えめな性格のリーズちゃん。
たまに数の変動はあるけれど、基本的には同じメンバーでいつも遊んでいたりする。
今日の遊戯の内容は『かくれんぼ』らしい――ちなみにこの『かくれんぼ』は俺が皆に提案したのがきっかけで、俺たちの中で定着した遊びだ。
元日本人の俺にとって『かくれんぼ』は子供の遊びでは、定番中の定番なのだけれど、ここイリオスではどうも違うみたい。
グランセルは大きな街だし、それなりに物で溢れている場所ではあるけれど、子供の遊戯までその範疇に入ることはなく、結構この街の子供たちは娯楽に飢えていた。
そんな彼らにとって、日本の遊びというのはかなり新鮮なものであったようで、『かくれんぼ』を含むその他もろもろの遊びは、気が付けば波紋のように街中の子供たちに広がりちょっとしたブームとなっていたりする。
こんな事でブームの火付け役になるとは思っていなかったのはここだけの話だ。
兎にも角にも、既に何をやるのか決まっているのなら是非もない――案を否定する気もなかったので、とりあえずおに決めのための『じゃんけん』に俺も参加して、『かくれんぼ』を行うことになった。
『じゃんけん』の結果、初めの親はフォルーク君に決まった。
「今日の範囲は噴水前広場と東の大通りだからな、そこから出たら反則負けで3連続のおに役だぞ!!」
カムテッド君が今日の『かくれんぼ』のルールを宣言する。
「すぐに全員を見つけてやるんだからな!! 覚悟しろよーー」
意気込んだフォルーク君は、その場にしゃがみ込むと同時、両手で両目を隠し、そのままの状態で数を数えだした。
カウントは百がリミットだが、フォルーク君は口早に数をカウントしているので、実際それほどの猶予はない。
キャーキャー騒ぎながら散り散りになってゆく皆を傍目で追いながら、俺自身も隠れ場所を思案する。
はたして、どこに隠れるのが一番いいのやら……どうせならあまり労力がかからず、尚且つ出来るだけ道行く人たちの迷惑にならない場所が理想的。
そんなことを考えながら、皆に倣い東通りに歩を進め――……ようとして、俺は思いとどまった。
よく考えてみれば、東通りは商業区域だった。個人経営の店が多く並ぶと同時、結構な数の屋台も出ている場所だ。
それだけに物陰も多くあり、隠れる場所には事欠かさない場所であるが、同時に行き交う人も数もまた多い。
つまり東通りで隠れ場所を探すとなると、結構な労力がかかる上、道行く人たちと商業区域の人達の迷惑になりやすい。
……――うん、初めに考えた理想的な場所とは正反対な気がしてきた。
というわけで方針転換。
俺はカウントを続けるフォルーク君にばれないように、出来るだけ足音を殺して、フォルーク君から見えないように広場の噴水の裏に回った。
否、円形の噴水であるため明確に裏とは言えないのだろう。
正確には噴水を挟んでフォルーク君と対面になるように――もっと言えばフォルーク君の視点から、噴水で見えないように移動した。
そうしてそのまま聞き耳を立てながら様子を伺う――
「――きゅうじゅはちっ!! きゅうじゅうきゅうっ!! ひゃーーく!! もういいかーいっ!? って言っても良くなくても探すけどな!! そんじゃいくぜー!!」
大きな声のカウントが終了し、元気よく動き出すフォルーク君。
手始めに広場を見渡したり、怪しい物陰を探したりと奮起している彼には少しだけ悪い気がしたが、俺は見つからないように常に噴水の陰に隠れるように移動する。
そうしていると、やがて噴水広場を探すのを諦めたのか、フォルーク君が勢いよく東通りへと駆けていった。
その様子を噴水の淵から顔だけ出すように伺い、やがて姿が完全に見えなくなってしまうまで見送って、俺は立ち上がり噴水の淵に肘をついた。
「――さてと、うまく躱せたのは良いんだけど……この後どうしようかなぁ」
勿論『かくれんぼ』はこのまま続けるが、如何せん、ずっと隠れているというのは退屈なものだ。
何ともなしに視線を巡らせてみれば、広場で花を売っている露店のお姉さんと目が合った。
何やらクスクスと笑っている彼女――如何やら彼女は俺たちのやり取りを見ていたらしい。
俺の隠れ方はフォルーク君からは見えないが、露店のお姉さんの視点からはその全容はまる分かり。
はたから見ていればコントのようなものに近いのかもしれない。
俺はとりあえずそんなお姉さんに笑いながら手を振ってみる――お姉さんも微笑みながら手を振り返してくれた。
そうして俺は前を見る。
目の前にはいつものように噴水から勢いよく水が吹き出しては、重力に捕まり落ちてゆく光景があった。
噴水の水面はのぞき込む俺の顔を歪に映していた。
――そうしていると、ふと先ほど考えていた魔導についての事柄が再び頭の中に蘇ってきた。
攻撃用魔導、工業用魔導――そういった魔導は未だ使う術を知らない……でも今日洗濯のために水を出すくらいの垂れ流しのような魔導は使える。
魔導自体の使用を禁止されているわけではないのだ。
それならば、色々と試してみても問題ないのかもしれない。
――例えばそうだな……今は洗濯のために必要な水を出すとか、料理のために火をおこすとか、そういった生活の基本的なインフラの為にしか魔導を使っていることを見たことがないけれど、生活を楽にする電化製品のような役割の魔導を作ってみればどうだろうか?
今日でいえば洗濯だ――今日の洗濯で使用した魔導は”水を出す”というものだけ。
その後は洗濯板を使ってゴシゴシゴシ……これじゃあ時間と労力ばかりがかかる。
この洗濯のゴシゴシの工程を魔導で代用――それこそ洗濯機のような役割をする魔導を使うことができないだろうか?
――洗濯機といえば、ドラム状の樽の中で水が左右に回転している印象が残っている。
つまり水の流れを操ることができれば可能なのかもしれない。
――じゃあ、水に流れを作りにはどうしたらいいのか?
俺は噴水の水面に手を突っ込んで、グルグルと渦を作るようにかき混ぜてみた。
――魔導で生成した水の流れを直接遠隔で操作出来れば理想的だが、現状は遠隔操作する技能がないため不可能。
――丸い樽の側面に沿わせて勢いをつけて常に水を出し続ければ、水に流れが付いて回転するかもしれない、が、それだと水を魔導で出し続けなければならないし、樽から常に水があふれ出ることになり、排水を片す手間が増える。
――単純に考えれば水が渦を巻けばいい訳だけど、渦を巻くものって何かあっただろうか?
――渦を巻く…回転する……螺旋を描く……巻き上げる――――巻き上げる?
頭を捻って考えて――途中から連想ゲームのような思考になってしまったが、そこまで考えて一つ思いついた。
そういえば、俺の魔導属性の一つには緑の力があった。そういえば風の力で渦を巻くものがあるじゃないか。
「――竜巻か」
一言口から言の葉を零す。いつもの独り言。
だが、思い立ったら吉日ともいうし、早速それを試してみたくなってきた。
……これも、独り言に次ぐ俺の悪い癖。
興味のあることは試してみないと気が済まないという悪い癖だ。
だがまぁ、現在幸いなことにちょっとした時間もある事だし、試してみても問題ないだろう。
だから俺は想像してみる。掌の上で発生する風の流れを――旋回するにつれて中心から遠ざかるように吹きすさぶ渦巻きを――
そんな俺の想像は――掌から溢れだした緑の光によって形を成した。
想像していたのよりは若干風の流れは弱いが、それでもちゃんと形になってくれたことに喜びを覚える。
そして生れ出た風の流れが消えないうちに噴水の水面の中へと突っ込んでみる。
風の流れは噴水の水を動かして、小さな渦巻きを作り出した。
「風の流れで渦を作り、その回転で水を回す――うん、これなら逆回転も出来るしいけるかも、よしそれが分かれば次だ」
魔力で水を生成した時の感覚もそうだったが、もしかしたらこの魔導は、ある程度想像する力が必要になるのかもしれない。
ならば次はそれを意識してやってみよう。
「とりあえず、まずは水を用意して……と」
若干テンションが上がってきたせいか、口から再び言葉を零しながら、集中――思い描くのは掌の上で形になる水の球。
思い浮かべた想像に答えるように、右手の掌から今度は青い光が毀れ、水が出てくる。
そしてそれはゆらゆらと歪な丸を作って掌の上に静止した。
「よし、この水の球の中に巻き上げる風の流れを想像っと――」
水の球の想像と、竜巻の想像を一緒にするのは中々に難しいが、それでも何とかなりそうだ。
俺は水の球が漂う右手の掌から、先ほどと同じように、水の球に重ねて風の渦の発生を想像する。
そうすると、俺の掌からは青に交じって緑の光が溢れ――――なかった。
風の渦は出てこず、代わりに出てきたのは、ビキリッ!! という嫌な音だけ――
そして、音と一緒に俺の右手が盛大に裂けた。
「――は?」
目の前の出来事に思考が追い付かず、思わず間抜けな呟きを口から零す俺。
だが、それも一瞬のことで――次の瞬間には焼き付くような痛みが襲ってきた。
見れば、俺の右手からは盛大に血飛沫が噴出している。
手の形は保っているようだが、そこら中に裂傷を作っていた。
「――ぁぁぁぁあああああああああああああっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
――痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイッ!!
頭に浮かぶのはその言葉だけ――俺は喚き散らしながら、右腕を抑えてその場に蹲った。
……情けないことにそれしか出来なかった。
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